第二章 本命だなんて聞いてません!
第10話 初対面、八億の男
「それでは、行ってまいります」
「気をつけて行くんだぞ、ミライ。アブジョダ伯爵にくれぐれもよろしく伝えてくれ」
「はい、お父様」
十二月九日の朝。ミライは上機嫌の父に笑顔を向けてから馬車に乗り込んだ。そして動き出した瞬間に作り笑いを引っ込める。
今日はピエール・アブジョダ邸に行く約束の日だった。
パーティーの日、それぞれ帰宅したミライと友人たちは支度金を回収することになっていた。ビアンカとベスはザイバット侯爵家からの追求に備えて金を回収後すぐにアイシャの屋敷に避難しているはずだ。
ミライはパーティーで素敵な人がおり、再び会う約束をしたと父に伝えた。彼はその相手がアブジョダ伯爵家の息子だと知ると大喜び。娘が格上で領地持ちの家に嫁げるかもしれないと終始笑顔だった。
「金や権力に夢中で、娘のことなんて何もわかってないんだから」
呟いて足元に置いた大きな鞄を眺めた。中に入っているのは五億アル分の紙幣とおまけの貴金属だ。
鞄について問われたミライは、父に着替えが必要になるかもしれないと話した。その返事は「期待しているぞ」だった。使用人とキスしただけで烈火の如く怒り狂った父は、格上相手であれば嫁入り前の娘の貞操などどうでもいいことなのだと知る。そのおかげかこれから起こす事への罪悪感や、わずかに残っていた実家への未練が一切なくなった気がする。
考え事をしながら外を眺めているうちに、馬車はゆっくりと停車した。目的地に着いたのだ。
「ようこそ、ミライ・マクトゥル様。お待ちしておりました」
「アブジョダ様。本日はお世話になります」
馬車を降りると、門の前にピエール・アブジョダが立っていた。執事のような格好をした彼は深々と腰を折って挨拶し、静かな笑みを讃えている。
「私のことはどうか気軽にピエールとお呼びください。今後はお互い実家の身分差などを気にするような関係ではなくなりますよ、ミライ様」
「ありがとう、ピエール」
あなたは私の主人の妻となるのだから。口の端を上げるピエールがそう言っているような気がして、ミライは思わず女主人の如く振る舞った。
「それでは、中に入りましょう」
ピエールに案内され彼の屋敷に足を踏み入れる。応接室に通されると、すでに友人たちが集まっていた。
「「ミライ!」」
「みんな、よかったわ。無事集まることができて」
自然に三人と抱き合うミライ。これから実家を裏切り、ともに生きて行く運命共同体。友情よりも強い絆で結ばれようと、互いに誓い合った。
「美しい友情、と言ったところか」
ふいに応接室のドアが開いた。ミライが入り口を注視すると男性がパンパンと手を叩きながら立っている。その傍らにはピエールだ。
「ファハド・アル・シャラマン殿下ですね」
「いかにも」
ファハドがミライを見て目を細めた。よくいる黒髪黒目なのに、その整った顔立ちや逞しい肉体が彼を唯一無二だと主張しているようだ。男性としての魅力はもちろんのこと、王族という生まれ特有の気品や優雅さも醸し出している。八億払っても彼と結婚したい令嬢は大勢いるのではないかとさえ思った。
「さて、誰が私の妻となるのだ?」
ミライや友人たちを見渡すように、ファハドが含み笑いを向けた。
>>続く
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