第7話 会場からの脱出

 ドアの脇でしゃがみ込んでいる人物に驚くミライ。ベスこと、エリザベス・ドワイリは友人だった。ドワイリ男爵家の娘で彼女はまだ十三歳。パーティーに参加するような必要はないはず。どういうことだろうと首をひねる。


「ミライ〜!」


 ベスは立ち上がるとミライの胸に飛び込んで泣きじゃくった。半裸の男、鍵のかかっていた部屋。状況を察するには十分だった。


 すると尻もちをついていた男がミライたちに向かって怒鳴り始めた。


「なんだお前たちは! 取り込み中だぞ!」


 男はまだ立ち上がることができないのか座り込んだままわめいていた。ミライはベスを抱きしめ、彼女の頭越しに男を睨みつける。


「なんだはこっちのセリフよ! あなたこんな子供に一体何をしようとしていたの? 場合によっては警備に突き出すわよ!」


「失礼な! お前、私が誰だか知って言っておるのか? どこの家の娘だ!」


 男は一瞬ひるんだものの、引き続き喚き散らしている。どうやら地位が高いようだ。言い返そうと息を吸う。しかしその必要なくなった。


「うるさい! 黙れ幼女趣味の豚男がっ!」


「おぐうっ!!」


 ビアンカが怒号とともに男の顔面を蹴り飛ばした。豚男はその場に倒れ込み、鼻血を垂らして気絶している。彼女の蹴りは強烈だが気の毒とは思えない。


「今のうちにここを出ましょう!」

「「うん!」」


 ミライは友人たちに声をかけて駆け足で階段を降り、全員で急いでパーティー会場を後にした。


「ところでどこに行く?」


 馬車乗り場に向かう最中、ビアンカが言った。そういえば父の監視があってこのまま帰るのは難しい。ミライは両手を肩の位置まで上げて降参のポーズを取る。


「うちはまだ帰るには早すぎるからダメね。お父様にバレたら大変だわ」


「ミライもか。私もそうだ」


 ビアンカが眉間に皺を寄せて唸った。ベスはまだ泣いていて話せる状態ではない。するとアイシャがにっこりと右手を上げる。


「じゃあうちにおいでよ。今日明日は両親が留守なの」


 こうしてミライたちは馬車に乗り込み、アイシャの屋敷に向かった。


「しばらく会わないうちにみんないろいろあったみたいね。どういうことなの?」


 メルーリ家の屋敷に着くとすぐに私室へ。一番最初に口を開いたのは部屋の主アイシャだった。確かに、いつもなら貴族のパーティーなんかに参加しないビアンカやベスまでもがいたのは意外だ。どうやら事情があるのは自分だけではないらしいと思いながら、ミライは右手をあげた。


「じゃあ、まずは私から。実は父に結婚相手を探すよう最近パーティーに参加させられてて。けれど興味がないからテラスで時間を潰して帰ろうと思っていたの。その途中、突然ビアンカが部屋から出てきた。それからアイシャ、最後にベス……現在に至るって感じね」


「ああ、そういうことだったの。そういえば噂で聞いたけど、使用人のアミルが隣国の貴族と逆玉婚したって……」


 アイシャは少し気まずそうに唇を結んだ。ビアンカも同じ表情だ。彼女たちはミライとアミルの関係を知っている。


「ミライ、本当に残念だ。なんと言っていいのか」


「ありがとう。もういいの、私は……。それよりビアンカはなぜ退役を?」


 ビアンカは眉根を寄せて息を吐いた。彼女はリバティ男爵家の長女だ。趣味で武術の心得があり、さらに結婚を避けるために軍に入隊した。適齢期を過ぎるまでは退役しないと言っていたはずなのにどうしたのか。


「実家の圧力だ。内戦の影響で軍部も派閥争いが激しくてな。心配した親が勝手に見合い話を承諾し、除隊を申し出ていたんだ。それで今日あの屋敷の一室で見合いと聞いてやってきた。そうしたらあの有様だ……」


 項垂れるビアンカ。貴族の子女など結局は家のために都合のいい結婚をさせるための道具なのだ。憤りを通り越して呆れと諦めが心の中に澱んでいく。ミライは彼女の肩をポンと軽く叩いた。


「お、お気の毒ね」


 ビアンカに同情し、次にアイシャに視線を移す。彼女は「私?」と自分に指差して首を傾げた。

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