第2話 ミライ・マクトゥルは慎重さに欠ける
やや、慎重さに欠ける。
自分の短所を述べよと言われたら、今も昔もミライ・マクトゥルはそう答えるだろうと確信していた。
けれどミライは、この短所が思い描いていた人生を大幅に捻じ曲げてしまうほど致命的なものとは思っていなかった。
全ては結婚式の約二ヶ月前の出来事が始まりだった。
「ミライ様、こちらにいらっしゃいましたか。そろそろ風が出てくる頃です。中に入りましょう」
「アミル、ふたりのときは様をつけずに、ミライと呼んでって言っているでしょう?」
いつもの日の夕方。マクトゥル男爵家の中庭。ここでミライが使用人アミルとこのやりとりをするようになって二年ほどが経っていた。彼はいつも頬を染めて、必ず一度遠慮する。
「も、申し訳ございません。勤務中はどうも切り替えが難しく」
「もう、まじめなんだから!」
ミライは頭の後ろを掻いてごまかすアミルに一歩踏み込む。背伸びをして、そのしっかりとした首に腕を回した。
「ミ、ミライ様! 外ではいけませんっ」
「こんな場所、誰も見ていないわ。それにもうすぐコソコソする必要も無くなるのよ」
アミルが「え?」と両目を見開く。まん丸の茶色い瞳には恋人である自分の姿。彼はこのアラービヤ共和国では黒髪黒目の次に多い茶髪と茶色い瞳を持っている。ありふれたその瞳が、ミライは大好きだった。
「もうすぐ、隣国ステラ王国との取引がまとまりそうなの。あなたも手伝ってくれた植物原料の生地よ」
「なんと、あの生地が? さすがはミライ様です。本当に良かった!」
そうやっていつも自分のことのように喜んでくれる、労ってくれる。アミルは誰に対しても優しかったが、ミライにはとりわけ優しかった。端正な顔立ち、鍛えられた肉体。平民でさえなければ、と彼を見た貴族の子女たちは悔しがる。その度にミライは優越感に浸ったものだ。
「大口になるから、契約したらすぐにお父様にあなたとの結婚を認めてもらう」
「ミライ様……本当に良いのでしょうか? 私のような平民が、男爵家のあなたと結婚など……」
「そんなこと言わないで!」
ミライはアミルの首にかけた腕に力を込め、自分に引き寄せた。勢いのまま、口づける。
「ミライ……」
「あなたと生きていくことを誰にも文句を言わせないためにがんばったの。お願いだから、そんなふうに言わないで。愛しているのよ、アミル」
みっともないとわかっていながらも涙声で愛を乞う。そんな恋人をアミルは片手で抱き寄せる。
ミライは何年も前からアミルのことが好きだった。彼に思いを打ち明けてから二年間、自立のために必死になって働き、家業の手伝いをし続けた。
全てはアミルと結ばれるため。ただそれだけのためだった。
「私だって、愛しています。怖気付いてすみません。私だって、ミライと生きていきたいと思っています」
「アミル……」
アミルがミライの前髪を掻き上げ、隠していた方の目をあらわにした。それは劣等感の象徴だった。誰も見たがらないその右目を、彼は愛おしそうに見つめ、
「相変わらず、綺麗な瞳です」
「そんなこと言うの、アミルだけよ」
「私だけが知っているあなたのチャームポイントだ」
自分の唇にアミルの唇が重なる。何度か軽く触れ合って、どちらともなく口を開く。舌が絡み合い、もっともっとと、彼にしがみつく——。
これがミライの、慎重さに欠ける行動の一幕。
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