暴走激情
景色が見える。
私の視界に映る、私じゃない
煉獄が大地を駆ける。命の無くなった器が無造作に投げ捨てられている。
そこは黒とそれに同化する赤、そしてそれらを貪る朱色が蔓延る地獄絵図。閑散さと鬱々しさが巣食うその場所で俺は今日も剣を振るっている。
そこに意志など存在しない。あるのはただ殺意という名の衝動だけ。意思と表現するには余りに無機質で、しかし絡繰りと表現するには熱が籠っている。だから衝動や、外付けされた本能というのが正しいのだろう。
少し前までそこらの百姓だった俺がこうなってしまったのは全て空の裂け目が原因だ。近くの村に空いた裂け目。そこから奇妙な術を使う化け物共は這い出て、あらゆるものを貪っていった。
皆、皆死んだ。
母は生きたまま火の中に放り込まれ、親父は手足を捥がれて一晩かけて殴り殺された。
妹は慰み物にされた挙句原型を保てずドブ川に捨てられ、まだ三つと小さかった弟は柔らかな頭を踏み潰された。
そんな悲痛な死に様を奴等はゲラゲラ笑って見てやがった。まるで宴会の余興かのように。
どうしてこうなった? 俺達はいつものように畑を耕していただけだ。
何も悪いことはしていないし、僅かとは言え徳を積んできたという自負もある。
大きく報われることは無いと思っていたし、別に望んでいた訳でもない。ただ、今の生活がずっと続くことを願っていただけ。
どうやら奴等は俺達と同等の言葉を話すようで、一度聞いてみたことがある。どうしてこんなことをするのか。俺達が一体何をしたというのか。
答えは「弱い存在を甚振ることが楽しいから」らしい。げぇむという名の遊戯で、数々の種族を滅ぼしてきたのだと巨大な蜥蜴の力を持った女が言った。
許せない。こんな理不尽があってたまるか。娯楽なんかで今までの日常が壊されるなんてあってたまるか。
だから俺は決めた。理不尽には理不尽で。奴等が通るだけで世界を壊す災いだと言うのなら、俺も通るだけで奴等を壊す災いになってやると決めた。
そしてその思いはいつしか天に届いた。死体を見る度に身体の中で力が躍動していくのがわかる。化け物を見る度にその力が唸るのがわかる。剣が日に日に大きくなっていく。まるで伏した人々の思いを吸収しているかのように。
「殺せ」、「殺せ」、「苦しめて殺せ」。
皆の思いが伝わってくる。それは応える、「言われるまでもない」。
都では神の啓示を受けた女が居ると聞いた。彼女もきっと俺と同じなのだろう。奪われ、犯され、その怒りを糧に立ち上がる同士。
他の土地にも同じように威なる力を持つ者が増えている。今こそ俺達の反撃が為されようとしている。
血反吐に塗れ、臓物を喰らい、この身が異形に成ろうとも。幾重に背負いし恨みは絶えず、進み続けるは地獄道。
化け物共よ、震えて眠れ。諸行無常の言葉はあれど、語り継がるる思いは消えず。
地の果て時の狭間に逃げようと、我らが恨みの煉獄は貴様ら全員を逃がしはしない。何千何万費やせど、この刃が必ずや貴様らの魂諸共焼き払ってくれる――――!
▪▪▪
ドォンッ!!
何かすさまじい衝撃に俺、黄泉坂グリムは思わず上を見た。
上空には清々しいまでの青空が広がっている。だがその中に一点、清々しいの対極に位置するような漆黒の存在が天を賭けているのがわかった。
「何だアレは……?」
何であろうと只事ではない。
地上と空という凄まじいまでに離れている距離からでも伝わってくる、肌が焼け付くような禍々しい魔力。
そしてその奥にある神秘。
「…………まさか」
最悪の事態が頭をよぎる。
何も無い話じゃない。人はいつだって誤解しているが神は人にだけ味方する存在ではない。
超越者は気まぐれだ。戯れに与え、戯れに奪い、戯れに滅ぼす。
それが理解を超えた存在というもの。適当に行動しているというよりは、そもそもの思考回路が異なっているのだろう。
「リーパー!」
(お察しの通りだよグリム。だから言ったじゃん、あの時殺しとこうってさ。神の力を持っている人間に碌な奴は居ないんだ)
「あの時……? まさかアレは……」
(名前は知らないよ。神の血を引いてる人間なんて悍ましくて思うことすら御免だもん)
「何故言わなかった……!」
もう毒づいても仕方がないとは言えどうして何も教えてくれなかったのか。
リーパーめ、恨みつらみで行動するのは控えろとあれだけ言って聞かせたというのに!
(だって、私にグリムがあんなの思考を割くなんて耐えられないんだもん! そんな暇があるなら僕のこと考えてよぉ!)
「馬鹿か、余計な被害を増やせば魔導省の連中が駆け付けて来るだろうが! そうなる前に
(大丈夫でしょ。あの小娘が居ればどうにでもなるって)
「違和感を増やせば、それはそれで面倒なんだよ……!」
最悪の事態になってしまった。
上空で吼えているあの燃える怪物。恐らくその正体は俺について来たあの女子だろう。
ああなってしまったのは恐らく、カロンの仕業。
だがそれだけではあそこまでの存在にはならないだろう。
幾ら魔力が多いとは言え、これは流石に常軌を逸している。
「どこに向かうつもりだ……?」
(追うの?)
「当然だ!」
あの怪物の階級など考えるまでもない。
間違いなく絶級、それも脅威度で言えば相当上位の部類に入る。
それは先日現れたグランキオよりも遥かに上だ。
行動原理は不明だが放置しておけば大惨事を招きかねない。
ましてやアレは黒魔術で生まれた怪物だ。
「何としてでも仕留める。リーパー!」
(はいはい。接続行くよ)
俺の身体に力が漲る。いつもは刀に纏わせて使う死神の力。しかし今回は俺自身に纏わせる。
顔に黒い線が表れ、両の瞳が黄土に染まる。
着ていた服が死神を思わせるローブに変わり、刀は巨大な鎌へと姿を変える。
その姿は以前出現した死徒に似ている。しかしただの運び手とは比較しようもないレベルの存在。
それが死神。幽世と現世の境界に存在する、全ての命の行く末を定める正真正銘の神。
極楽へ行くも地獄へ行くも全てその指先次第。
それが俺と契約し、魂に憑いている存在だ。
「『浮遊する』」
死神の言葉は命の行く末を定める言霊。故に俺の身体を宙に浮かせるなど造作も無いことだ。
とは言えこれだけなら普通の魔法でも可能。
言霊の力はこの程度では終わらない。
「『止まれ』」
「アハハは――はは――?」
怪物が空中で止まる。それは文字通りの固定。
通常は翅が動かなくなれば堕ちるのが道理。しかし神の力の前ではそんなものは無力。
怪物は空間に繋ぎ止められる。まるでピンを刺されているように。
「アれ? 黄泉坂くン? 何で飛んデるの?」
「驚いたな、まだ喋れるのか」
「そリャあ口がつイてるからネ。で、何のヨウ?」
「お前の中にある
驚いた。以前の蜘蛛よりも遥かに濃い血の濃度を感じていたため、もうとっく理性なんて無いのかと思っていた。
しかし会話ができるというだけで危険度が下がることはない。
絶級霊獣グランキオは人を変わらないレベルでの流暢さを誇っていたが、人をわかり合うことは無かった。
俺のやることは変わらない。
「……ふーん。もしカシて最初カらそれが目的? でもおかシイよネ? それなら尚更君独りで来るハズないシ」
「…………」
「ナニに使うの? 教エてよ」
「何故お前に教える必要が?」
怪物との問答に付き合う気はない。
どの道一太刀入れればコイツは終わりだ。
「ダッて信用デキないじゃん。魔族の鬱陶シイけど権力振りかざすヤツも鬱陶シイよね。私ッテ田舎出身でね。開発事業トカあったからサ、その辺敏感なんだヨ」
言いながら怪物は翅を閉じ、再度開いた。
余計な会話をしたせいで拘束が撥ね退けられてしまったようだ。現世では死神の力を完全には活かせない。相手が神秘を内包している存在ともなれば尚の事。
そして放たれる熱波の斬撃。翅が動くと同時に視界を埋め尽くす程の刃が迫り来る。
「『消えろ』」
言うと同時に斬撃が消えていく。しかし完全ではない。
言った側から放たれていき、キリがない。
「それニ今君が使ッテる
(は? 何言ってんのあの蟲女? は? 魔族? ねえグリムちょっと降臨して良い? あの蟲に後悔という言葉すら生温い程の天罰下すから)
「お前天に居ないだろうが」
だがリーパーの苛立つ気持ちもわかる。よりにもよって魔族呼ばわり。
昔所属していた組織を追放された時に言われた言葉を思い出させる。
『魔族に魂を売った裏切り者めが!!』
あの権力で肥え太った豚の罵声の思い出させた罪は重い……!
「もしそうならサァ……。アハハハハ、私にとっての敵ダヨね!?」
「…………っ!」
奴は一分一秒とて油断できる相手ではない。
リーパーを降臨なんてさせていたら、その隙に灰となって終わりだ。
奴は強い。そしてそういう存在は得てして、相手が全力を出す前に完封するものだ。
「来い。お前の魂、俺達が刈り取る」
鎌で黒の煉獄の斬り進む。
それら全てが重く、纏わりつくようだ。まるでこちらが浄化されているかのような感覚。
不快極まりないが、取り込んでいる
『
そして『死』は全ての生き物にとって絶対的に忌避される災いだ。俺との相性は最悪。
俺が怪物相手に互角程度に立ち回れているのは奴が持っているのはあくまでその力を持っているだけの武器である点が大きい。
もしも同条件で刃を交えれば、先にこちらの鎌が破壊される。発生する焔でもそれは同じこと。
相性不利とは存外厄介であり、このままではどのような条件であろうと俺が負ける。
だがこちらの攻撃は一撃必殺。言霊を含め、大規模な範囲攻撃こそ無いものの、鎌の一撃を正確に当てさえすれば勝てる。
逆に言えばそれ以外では敵を殺せないのだが。
そして今、それは絶対的に不可能ではないのかと思わされる状況へと陥っていた。
「アハはハハははハハはハ!!!」
「しまった!」
災いを焦がす炎に焼かれ、鎌を落してしまう。
そうして焦れば言霊は間に合わず、俺もまた炎による一撃を喰らってしまった。
意識を刈り取るまではいかずとも、墜落は避けられない。
「グッ、…………。強い……」
怪物が地上まで降りて来る。
ぎょろりとした瞳が俺を射抜き、全身に悪寒が走る。
「さて、ドうシようカナ?」
久方ぶりの大ピンチだ。
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