力を持つということ
「さあ、ここからは君のステージだ! ここで君は何をする!?」
地面に放り出され、強制的に変身させられる。
後ろにはセイン。前には暴れ狂う怪物。だが俺の身体は戦闘態勢には入らない。
真っ先で感じるのは戸惑いだ。
「お前ふざけんな! 何で俺が……」
「ほら来てるよ!」
「ああぁ!?」
蜘蛛の脚が眼前に迫る。首を捻って寸前で躱し、距離を取った。
だがそれだけで攻撃が収まる程、今の怪物は安全ではない。既に人としての理性すら完全に無くなり、ただ暴虐を貪るだけの破壊装置と化している。
「アアアああアアアアアアああぁ!!」
奇声を発しながら怪物が突撃してくる。巨大な体躯を存分に活かし、勢いをつけた鋭利な攻撃をどうにか掴み押し合いに。単純な膂力では俺に勝ち目は無く、俺は身体を転がして足元に潜り込む。更に前転し、弾丸を三発。しかしどうにもダメージが通っている印象は無い。苛立った様子でこっちを見てくるだけだ。
「クソ、効いてるのか……?」
多分聞いてはいると思う。一応俺の攻撃は上級相手ならば余裕でダメージが通ると明言されているからだ。つまりこの怪物は単に神経が馬鹿になっているだけだと考えられる。どの道驚異的ではある。
「どうした!? そんな攻撃でこの怪物が倒せると思っているのか!?」
「ああ!?」
「そんな怪物に苦戦しているようではとても私達を超えるなんて不可能だな!」
「何だと!?」
いきなり何だアイツは。どう考えても外に出てからどうにか連絡するのが普通だろうに、何だってこんな場所に放り込むんだ。
しかもいきなり煽ってきた。マジで何がしたいのかサッパリだ。
「ギイイイイィィィィ!!」
「うおぉ!」
八本の鋭く固い脚を振り回し、怪物が再度突撃してくる。さっきみたいに力比べをしたって仕方がない。とにかく避けるしかない!
「霊獣はどうした!? その銃の
「いや、でもこれ使ったら……」
「怖いか!? あの怪物を、『遊園地狩り』を殺すのがそんなに怖いか!?」
アイツ何なんだ本当に! 怖いかってさっき言ったろ! みっともなく溢したじゃねぇか!
「怖いに決まってんだろ!? どこの世界に好き好んで殺しをする奴が居るんだよ! 別に俺は犯罪者に家族を殺された訳でも、命の危機に瀕したことも無い! もしかして殺す覚悟がどうとか言いたいのか!?」
そんなもん、ある訳無いだろうが!
「だが良いのか? 何をどう言い訳しようと今君は
周りを見ろ。怪物の顔面に一撃を入れた直後、セインの言葉が重く響いた。
言われるがままに見渡す。そこには砕けた景色と倒れる多くの人達。戦う術も無く、このまま放っておけばそのまま死んでしまうであろう無力な人間。
「……力を持つ者には、それ相応の責任というものが伴う。本人が望んでいなくとも否応無しに戦いの場に放り込まれる。それは個人が勝手に背負うものではなく、世界から背負わされるものだからね」
セインの言葉には実感が籠っているように感じられた。
彼女も五大旧家の次期当主。しかも歴代でも天才と呼ばれた存在。故に、周囲から受ける
「先天的なものであろうと後天的なものだろうと、それは変わらない。力の是非を決めるのは決まって強者だけ。弱者にとっては等しく『力』だ。ましてや今のご時世ならどんなものであろうと歓迎されるさ。そして背負わされる」
「……それは」
「今ここで君が逃げ出すのは簡単だし、それが悪いとは思わない。だけど私個人が許そうと、世界がそれを許してくれるかな?」
この世界には人を襲う魔族が居て、目の前に怪物のような存在が居る。
いつどこで、誰が襲われるかわからない。そしてその時、大抵の人間は無力だ。だからこそを持つ者に助けを求めるのは自然の流れ。
「覚悟を決めろなんてことは言わないし、言えないさ。だけど知っておいてほしかったんだ。こういうのは早い方が良いだろう?」
ふと実家のことを思い出す。
例えば姉のレイ。彼女は俺が小さい頃から既に戦場に出ていた。まだ成人もしていない年齢からだ。小さい時の俺は何も考えていなかった。何なら嫉妬してすらいた。
だが今になって思う。レイは本当にそれを望んでいたのか? 名家に生まれ、強い力を持った。しかしそれは彼女の心とは何の関係も無いじゃないか。
「………………」
「君は私達を超えると言ったね。だが私達を超えるということは私以上の責任を背負うということだ。それは辛いし、苦しいさ。甘えなんて許されず、ただひたすらに人心に応え続ける日々が待っているだろうね」
確かに、そうだ。それは人一人の力では到底抑え込めない願いの濁流。
ある時誰かが言った。
希望とは即ち敵の殲滅であり、勇気とは進んで地獄に行く度胸。その象徴となるのはいつだって力を振るう者。
「今、ここは君の人生最後の岐路だ。ここで絞り出した答えが、そのまま君の人生になる」
最悪だ。そういうのはもっと悩んで悩んで悩み抜いて出す答えだろうに。
何だってこんな場所で。ぼさっとしてたら人が死ぬ。だから考える時間なんてのは存在しない。
だけど良いのか、本当に。
殺すだけじゃない。そんな責任に、俺は耐えられるのか?
投げ出すことの許されない道なんて、本当に。
そんな時、聞こえた。聞こえてしまった。
か細く弱い、弱者の声が。
「…………たすけて…………」
「――――――――――――――」
それを聞いた瞬間、走り出していた。走り出してしまっていた。
「ギイイイイアアアァァァァァァ!!」
クソ、クソ、クソ、クソ!
最悪だ。最悪だ。最悪だ。考える暇なんて無かった。与えられなかった。俺はただ衝動の赴くままに、地獄の道を走ろうとしている。
「オオオオオオォォォオォォォ!!」
だけど、だけど仕方ないじゃないか。あれは多分子供だ。昨日と同じように子供が被害にあっている。子供の危険を放置して、誇れるも何も無い。
そんなことをしてしまえば、俺という人間に、存在価値が無くなってしまうじゃないか。
噛ませ犬でも無ければ、悪役ですらない。本当に無力で無価値な存在に、逆戻りだ。
それは、それだけは認められなかった。
思いと魂が、シンクロする。そしてその瞬間。
「…………!?」
見えた。何かが見えた。
怪物の中にある、無秩序で歪んだ何かの脈動。それを認識した瞬間、俺は直感的に悟った。
「………………」
手を、正確には鋏を伸ばす。それは一切の理性が介在しない、まるで何かに憑かれているような感覚。
鋏が肥大化し、開かれ閉じる。そして直後。
「え?」
「……ほう?」
切れた。すっぱりと、真っ二つに。
しかし殺したという感覚は無い。というか、多分死んでない。だって転がっている。小太りな男の身体が。
じゃあ俺が切り出したのは、一体何だ?
「緊急事態っすね!」
それを認識するよりも先に一つの影が俺を蹴り飛ばす。
割り込んできたのは吸血皇の眷属が一人、カロン。
奴の目的はあの男の保護、ではないだろう。
「まさかのこのこ出てくるとは。お高くとまった『
「失礼な。私は求められればどこででも輝くさ。何せ、主役だからね」
カロンの戦意の籠った視線にセインは優雅な言葉で返す。
しかしその視線は俺にも向けられている。戸惑いのまま戦おうとする俺。だがそれよりも先に奴も割り込んでくる。
「漸く出てきたなカロン。その魂、刈り取らせて貰おうか」
瘴気を孕んだ刀を携え、黄泉坂グリムが姿を見せる。
「厄介なことになってきたっすね……!」
「よそ見か、余裕だな!」
「まさか! ただ、俺は万全を期する慎重派なんすよ!」
後ろの方でパチンを指がなる音がした。
振り向くと、そこには巨大な輪が浮かんでいる。それが首輪だとわかったのは巨大な蟲が出現してからだ。
「んげ、魔蟲かよ!?」
その蟲は見ているだけで顔を顰めてしまうような気味の悪い形をしている。
多分苦手な奴はとことん苦手だろう。そして俺は苦手寄りだ。
召霊術以外の召喚魔法も習ったが、魔蟲にだけは手を出せなかった。キモイのが多すぎるんだよ奴等は。
「彼の技術力は想像以上っすね! ここで消しとくっす!」
出現したのは巨大な桃色芋虫。首輪と鎖によって縛られた何とも奇妙な姿だ。
芋虫は幼虫、つまり成長過程のうち最も未熟な個体。でありながら複数の人間のような足と幾多の目を持っているという点で不気味さは既に限界値を突破している。
『キョヒャアアアアアアアアア!!』
「行くっすヒャッハーちゃん!」
「ネーミング!」
ヒャッハーって何なんだよ!名づけセンスが終わってる!
だがその戦闘力は中々に侮れない。
突き出た紫色の角から放たれる悪臭は俺の膝をつかせるのに十分な物だ。
「うげっ、うおぇ!」
臭いだけじゃなく目もしょぼしょぼしてきた。
空気に触れたことで角から分泌された毒物が気化したらしい。
「毒か……。食や化粧品、人を輝かせる物全てを反転させてしまう醜悪な物……。私が嫌いな物だ」
動いたのはセインだった。彼女の幾らか毒を浴びているはずだが、意に介していない。
それは彼女の魔法からなる清らかな力によって無効化されているからだ。
「《遠くに在りしは水の神。悪濁への悲しみがその地に垂らせし
透明の水玉が弾け、周囲に雫が拡散していく。
発せられる透明な魔力が充満した毒気を消滅させ、清浄な空気に戻す。同時に俺の状態も元に戻った。
「アサヒ、トドメ任せる!」
「え? あ、ああ!」
『キョヒャアアアア!!』
芋虫が奇声と毒を含んだ悪臭を垂れ流しながら俺に迫る。
マジで気持ち悪いが、それ故に気楽だ。敵は正真正銘の人外。
そして危険物と敵意を持ってくるそれに情けをかける程、俺はお人好しじゃない。
「言っとくが、蟲に躊躇いなんかしねぇぞ!?」《CONNECT:Salamandile》
足を器用に操り、掴みかかろうとする芋虫の顎に弾丸を撃ち込み、蹴り飛ばす。
サラマンダイルの魂を鎧に装着したことによって、俺は今自在に炎を生み出すことが可能になっている。足に爆ぜる炎を纏わせたその蹴りはこの程度の魔蟲なら余裕だ。
「うっそぉ!?」
「………………ふん」
吸血鬼カロンは驚愕の声を出す。奴が驚いているのはきっと鎧に魂を憑依させたことについてだろうか。おかげで俺自身の戦闘力が格段に上昇しているが、これに関しては純粋な俺の技術とは言えない。
あくまでグランキオが俺にくれたもの。まだ俺の技術は及んでいない。
「セイン!」
「お嬢さんの治療は完了したよ」
「了解! おら、お前もこっちに来い!」
倒れているおっさんをぶん投げ、銃口を芋虫に向ける。引き金を押し続け、サモンツブッシャーと鎧を接続させる。
同時に鋏の形から変化したサラマンダイルの剛腕が炎を生み出す。それはまさしく灼熱の如し。
魂すら焦がす炎の拳が弾丸となり、銃口の前で肥大化していく。
《FINAL CURTAIN》
吐き出された紅蓮が芋虫を風に吹かれる灰へと変える。
普通に考えてオーバーキルだが、決める時はしっかり決めないと気が済まないのが俺なのだ。
「EXCELLENT! 素晴らしいよアサヒ!」
「…………情報の処理が追い付かねぇ」
「まあ少し休めば良いさ。さて、私はあの男を回収しておくとしよう」
カロンは未だ黄泉坂と戦闘中。死神の力を持つアイツの攻撃はどんな猛者でも冷汗ものだ。
「じゃあねグリム! その吸血鬼の相手は任せるよ!」
言い終わると、俺達はすぐにこの場を離れた。
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