海神セイン
「セインか」
「覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」
海神セインは穏やかな笑顔を浮かべ、俺の頭に手を乗せる。
アズサの時も思ったが、どうやら俺のことを随分と子ども扱いしているらしい。身長差が似たようなものだから仕方がないが、それでも小学生のような扱いは止して欲しい。
「やめろ。……お前もここに居たのか」
「ああ。学園が休校になったらしいからね。少し予定の早い里帰りという訳さ」
「お前、普段から学校に居ないだろ」
そう、海神セインはただの学生ではない。
学籍は三年魔導科だが、同時にその世界的スーパーモデルでもある。そのため普段から仕事で海外に飛び回り、授業には滅多に出ない。大体海外で試験替わりの課題をこなし、それを学園側に送って単位を取得している。
それが許されるほどの能力が、彼女にはある。
ただ魔導士として優れているというだけじゃない。その美貌、そのスタイル。全てが人並どころか人の領域すら超えていると専らの評判であり、それは決して誇張ではないと行く先々で評されている。
彼女が気まぐれで着た服が流行になり、彼女が飲食したものが世界中でバズリまくる。
彼女がトレンドを作り出すのではない、トレンドそのものが彼女なのだと、どこぞの評論家は評したのだとか。
「…………」
こうして見てみると、やはりデカい。色々と。
艶やかな白髪と美女と美丈夫の境界にある中性的な顔立ち。そしてその下にあるのは素晴らしく健康的で、恐ろしいほど情欲を掻き立てるである肢体がついている。顔が小さい分、そのギャップが凄まじい。
「おや、どこを見ているのかな?」
顎に手が添えられ、視界が上にズレる。
揶揄うような悪戯な笑みを浮かべ、セインは俺の顔を見つめてくる。
「別にどこも。んじゃ、俺は行くから。お前はあそこの信者達に手を振っとけ」
顎を払い、視線を四方に向ける。
そこには多数の男女がセインに対し憧れの目を送っていた。
そして彼女が微笑みを投げれば、真っ黄色な声援がこの場に響き渡る。
(半端じゃねぇな。こりゃ宗教に例えられるだけのことはあるわ)
実際に人の名前を様づけしてるの初めて見た。
主人でもない赤の他人をだ。それが定着して違和感を持たれていない様はまさに神と信者だ。
「おや、どこに行くんだい?」
「どこでも良いだろ。ここは居辛くてしょうがねぇ」
そう言って俺はセインの隣を通ってここを出ようとする。
しかし次の瞬間俺は肩を掴まれ、壁際に追い込まれた。
彼女の肉付きの良い腕が俺の通り道を塞ぐ。
近づけられた顔に、俺はつい息を飲んだ。
「悪いがそういう訳にはいかない。私のプライドに賭けてね」
「はぁ?」
どういうことだ。
俺がセインのプライドに触れることなんて無いはずだが。
だが彼女は再び俺の顎に手を添え、覗き込む。
「酷い顔だ。ここは海神SOS、私のステージだよ? ここに居る人達には皆笑顔で居て貰わなくちゃ、オーナーとしての顔が潰れてしまうじゃないか。それはちょっと、許せないなぁ」
見抜かれた。表情に出ていたのだろうか。
正直なところ、俺はセインが苦手だ。言葉を交わしたのは今回を含めてたった数回。その前はもう五年以上も前になる。
無理矢理親に出席させられた社交パーティで五大旧家と呼ばれる家が一同に会して以来だ。
退屈で不愉快で、隅の方でジュースを飲んでいた俺に対し、セインは告げた。
「君はまるで蟹のようだね」
正直意味がわからなかったし、今でもわからない。
ただその時、俺は筆舌に尽くしがたい感覚を味わった。ウィズの時とは違う、自分も知らない中身を覗かれたような、そんな気持ち悪い感覚。
その時は出て行くわけにもいかず、暫く一緒に居たが、会話は交わさなかった。
彼女は俺にとってぶっ潰すべきキャラクターの一人であるとしか認識していなかった当時は交わす必要もつもりも無かったし、それ以降会うことも無かった。
「昔のことを思い出していたのかい? 折角だ、あの時余り深められなかった交友を、今ここで深めようじゃないか」
「良いよ。そもそも俺達が仲良くなったところでだろ。お前にメリットが無い」
「おや、随分と冷たいことを言うんだね。メリットデメリットなんて考えていたらつまらないだろう。私は私の思いに従う。私はここで、君を笑顔にする。そう決めたからそうするだけさ」
何というか、今日はやたらと強引な女に誘われる日だ。
「さあ、お手をどうぞ我儘プリンス。この私が直々にこの場をエスコートしてあげる」
「誰が我儘プリンスだ。良いからお前はファンにでも、おおい、腕を引っ張るな!」
仮にも大人気モデルが一人の男を連れまわしていたら問題じゃないのか。
そんな俺の言葉は意に介さず、セインはショッピングモールを出る。
パチンと指を鳴らすと、即座に巨大なリムジンがやってきた。
「折角のテーマパーク、歩くことでも感動を味わえるこの場でリムジンなんてものは無粋極まるんだが……、私の星々が天の川を作ってしまっていてね? だがこの無粋さえも吹き飛ばす最高の笑顔を君にプレゼントしよう」
「……そうかい。期待してるよ」
こうなっては仕方がないという事態を短時間で二度味わっている。
既に車の外には巨大な群衆が。それを避けるためにサイレンを鳴らさなければいけないほどの大人気ぶり。こうなるのは日本ではそれこそ十七年前で活躍した英傑と呼ばれる数人の魔導士くらいしかいないのではないだろうか。
文字通り世界を救った人間と同列の人気ぶり。そう考えると圧倒的だ。
「さて、まずは定番中の定番、水中コースターから行こう。絶叫系は平気かい?」
「今朝これ以上無いくらいの絶叫系を味わったからな……」
「む、それは聞き捨てならないな。私が直々にプロデュースしたものはそこらのものには負けないさ。楽しみにしておくと良い」
(あんなのがそこらにあってたまるか……)
何だレールガンに直接装填されるアトラクションって。
どこぞのゲームじゃあるまいし、普通に死んだらそれまでの世界だぞ。
「はいはい、妙なことを考えない。今はほら、楽しいことを考えるんだ。それが難しいなら私の顔を眺めると良い。心が現れていくだろう?」
「うっせぇこのナルシストが」
「ナルシズムじゃない。ただの事実さ」
まあそうだろうな。さっきのあれを見てただのナルシズムであると侮蔑する者はいないだろう。
「…………うげ」
「? どうしたんだい?」
「いや、別に何も」
窓の外を眺めていた時に目に入ってしまった。
凄まじい形相でこっちを睨んでくる謎の男を。
顔だけしか印象に残っていないが、放たれた憎悪は確かに俺を射抜いていた。
(こわぁ……)
どこにでもガチ勢という存在は居るものだ。
しかも宗教に例えられるなら尚のこと。
どうやらストレス発散はできなさそうだ。
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