ごめんなさい

 何かを作るということは生み出すということ。

 魔道具職人の修行に励んでいた時、私が師匠に言われたことだ。


 それは利便性であったり、幸福であったり、発展であったり、色々。

 しかしその全ての裏に付随するものがある。

 それは、『責任』。


「発展や進歩ってのはどんな形であれ、いつだって人を喜ばせる。けど覚えときな。光の裏に影があるように、喜びの裏には必ず悲劇が転がってるもんさ」


 師匠は皴がれた声で、常々そう言っていた。それはちょっと鬱陶しくなるくらいに、しかしきっと私の奥底にあるものを見抜いていたのだろう。

 私が進んだ先にあるものはたった一つの幸せと、それを引き換えとした多くの犠牲。

 それを受け入れる覚悟があるのかと、彼女は問いかけていたのだろう。

 

「はい。肝に銘じておきます」


「そうかい。なら、良い」


 師匠の下で修業を重ねて一年。これがお決まりのやり取りだった。


▪▪▪


「なあウィズ! この前言われた部分修正したぞ! 今回こそはお前の度肝を抜いてやれる自信作だ!」


 その日の昼下がり。いつものように休憩のためのティータイムをしにいく途中で、私の助手が設計図を片手にやってきた。

 服の汚れ具合からしてまた色々とサボって作成に取り組んでいたらしい。

 幾ら夏季休暇だからと言っても、最近の彼は少々目に余る。


「まずはお風呂に入ってください。全く、仮にも産神のご長男がそんな様子だなんて、先輩にどう報告すれば良いんですか……」


「そうだぞクソガキ。お前そろそろマジで臭いよ」


「……わかったよ。けど綺麗にしたら絶対見てくれよ!?」


「はいはい、わかりましたから早く入ってください」


 アサヒ君から設計図を受け取り、私は研究棟のテラスに向かう。

 毎日毎日籠っていると時間感覚が無くなってしまうため、毎日午後三時には必ず外でお茶を楽しむようにしている。適度に息を抜くことが長続きのコツだ。

 特に太陽の陽の下で飲むお茶は、私の心をとても安らかな気分にしてくれる。


 二人分のティーカップに二人分の茶菓子。

 アサヒくんがこちらに戻って来るまでの時間を考慮しつつ、私は湯を沸かし始める。


「ふふっ……」


 楽しい。誰かを待ちながら準備している時間がこんなに楽しいのだとわかったのは、『彼』に出会ってからだった。

 星導学園に在籍していた学生時代、レオ先輩にボコボコにやられて荒れていた私を食事に誘ってくれた彼。

 彼がいなければ、きっと今の私は居ない。

 どうなっていたかなんて想像もつかないが、きっと良い方向にはいかなかっただろう。


「おっ待たせー!」


 そんな波乱万丈、色々あった学生生活を懐かしみながら紅茶をカップに注いでいると非常に清潔になったアサヒくんと霊獣グランキオがやってきた。

 余程急いできたのは少々息が上がっている。相変わらず、妙にせっかちな子だ。


「まずはしっかりと休憩しましょう。糖分を補給して脳を休めて、紅茶で精神を落ち着かせましょうね」


「今日の茶菓子は……チョコレートか」


「有名なお店のものです。先輩に頂きました」


「ああ、そういやレイが何か大量に買って帰ってたっけ。まあ良いか、いただきます」


「いただきます」


 箱に詰められた小さなチョコレートは信じられない程に甘い。

 ビターなどどこにもないくらいに甘ったるい代物だ。私は少し苦手かもしれない。


「うん、旨い」


 けれどアサヒくんには好評のようだ。

 彼とのお茶も、気まぐれに選んだせいで幾らかのアタリとハズレがあったっけ。


「アサヒくん、学校の方はどうですか? お友達の一人でもできました?」


「うげ、何その急な世間話。やめてくれよ」


「別に良いじゃないですか。友人というのは大事です。特に星導の友人とのなれば一生涯の付き合いになることも珍しくありませんし、作っておくべきです」


「良いだろそんなの。俺が成果出せばそのうち向こうから寄って来る。俺は選ぶ側になるって決めてんだ、自分から行くなんて御免だね」


 これは駄目だ。普段の学校での態度を知っているわけじゃないが、この様子では絶対に居ない。というか誰にも話しかけず、また話しかけられない人間の見せる様子だ、これは。

 かつてそうだった私が思うのだから間違いない。


「いけませんよアサヒくん。そうやっていらないなんて態度を取っていてはそのうち本当に独りになってしまいます。そうなるともう、誰か奇特な人を待つしかなくなってしまうんですから」


「へーへー」


 心底面倒臭そうな態度でアサヒくんはチョコを口に放り込む。随分と気にいったらしく、既に三粒も平らげていた。


「とにかく!」


 私は四度目に伸ばされた手の先にある箱を遠ざけ、人差し指を立てて告げる。


「自分独りの世界に籠っていても良い事なんてありません! あなたにはどうもその傾向がある気がしますが、本当に良くないことなんですからねそれは!」


「何だよ、ウィズは俺の母親か?」


 人間、一人で見える世界なんてたかが知れている。それを広げるには他人の視点を借りて、その人が見ている世界を覗き見る以外に方法は無い。記録媒体でも一端を垣間見ることはできるが、流動する生者の価値観を共に見てこそ、学べるものがあるのだ。


 私は彼を教え導く者としての責任があるのだ。

 世間から冷遇されるであろう彼が、少しでも幸せな未来を掴めるように。


「あなたは私の弟子であり助手なんですから、そのくらいのことはして貰わないと困ります!」


「じゃあウィズのこと教えてくれよ」


「え……?」


 教育者の立場である者としての熱が入り、意気揚々としていたところに浴びせられる冷や水。

 勿論、普通なら別に冷や水でも何でも無い。ただ、私にとっては、それは冷や水も同然で。

 顔から色が抜け落ちていく感覚が広がっていく


「だって俺ウィズのことほとんど知らないし。いやそりゃ母さんから学生時代のこととかは多少聞いてるけど……国家魔導士時代の話は知らない」


「……ああ、まあ、そりゃあ……」


「世界を広げるなら、ウィズのことを聞くのが先じゃね? だってウィズ、色々教えてくれるし、生活態度が良くないとか気にかけてくるけどさ。自分のことは何も教えてくんねぇじゃん」


 ああ、確かに。私はどうしてこうもアサヒくんを気に掛けるのだろう。

 どれだけ手塩にかけて育てたところで、どの道私は彼を――――。


「ウィズはさ。なんで魔道具職人の道に行った訳?」


 それは、誰にも言えない理由です。言ってはいけない。

 この世界の禁忌を犯し、理を乱し、多くの人間を殺してでも一人の人間を蘇らせるためだなんて。

 ましてや、あなたを殺してでもだなんて、そんなの。


「それは、ほら、私の現役時代はその、機密情報ばかりですし? おいそれと人に話せるものじゃないんです」


 だからどうにか誤魔化すしかない。

 それはからく、苦しく、首を絞めつけられるような言い訳。

 口の中の水分が一気に乾いていくのを感じる。

 

 その中に紅茶を流し込む。

 甘いものを食べた後に飲むストレートの紅茶。

 それは舌の上の甘さを押し流し、より一層の渋みと苦さだけを残して、喉の奥に吸い込まれていくその感覚。


 まるで私を夢から叩き起こして、目の前には渋い現実と苦い未来が広がっているのだと、そう教えているようだ。


「さあ、休憩は終わりです! まずはあなたが描いた設計図を見せて貰うとしましょうか!」


 何かを作るということは何かを生み出すということ。


 それは犠牲であったり、不幸であったり、幾万もの人が絞り出す怨嗟であったり、等々。

 そしてその全ての裏に付随するものがある。

 それは『責任』。


 そして師匠は、こうも言っていた。


「その責任を負いきれなかった者の末路ってのはまあ、悲惨なもんさね。アンタも、覚悟しときんさいよ」


 アサヒくん。あなたが生み出そうとしている物も、私と似たような物です。

 あなたはまだ気がついていないのか、見ようとしていないのかはわからないけれど、それは命を傷つけ、奪う兵器しろもの

 だからこそ、それを作った者には重い責任が圧し掛かるんです。

 

 私は生み出す者としても、導く者としても、失格です。

 技術だけを与えて、自分の背景を理由にそれに伴う心構えを碌に教えず、自分が生み出した責任に押しつぶされる。

 何て哀れで、惨め。


「――――ごめんなさい、」


 駄目な師匠でごめんなさい。

 子供に命を奪わせるような、最低な師匠でごめんなさい。


「コウスケ――」


 約束を果たせなくて、ごめんね。


 さようなら。どうか、気を付けて。

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