試験

「今から、試験を行おうと思います」


 一時間にも及ぶお説教が終わった後、ウィズが俺にそんなことを言ってきた。

 何でも合格したら一つ上のレベルの授業を行ってくれるのだとか。

 因みに今日は普通の座学だ。

 

 正直嬉しい。

 寝るギリギリまで本を読み込み、勉強に費やしてきた甲斐があったというものだ。


「やる!」


「…………ではこの魔法陣を構築してみてください。制限時間は十分。多少難易度は上がりますが、初級の内容が理解できていれば問題無く行えるレベルです」


「うっしゃ!」


 手渡されたのは魔法陣の見本。

 これが一体どのような技術が用いられているものかを分析し、自分の手で真似てみろと、そういう試験か。

 刻まれた紋様が特徴的なこの術式は見覚えがある。

 

「召霊魔法か」


 確かウィズが最も得意としている魔法だったはず。

 原作では『霊獣』と呼ばれる様々なモンスターを使役して戦っていた彼女が降霊魔法の試験を出すとは、俺のポテンシャル的なものが認められたと言っても過言ではないかもしれない。


「それでは試験、始め」


 タイマーのスイッチが押され、時間が刻まれていく。

 

 どんな魔法であろうと、分析の際に行うことは決まっている。

 中心、内輪、外輪。

 主にこの三つで構成されているのが魔法陣。

 分析の手順は陣を作る際の手順の逆算だ。


 まずは、外輪から。

 

「……………………うっし、次」


 終わった。一分もかからなかった。

 まあ外輪は魔法陣の中で最も単純なものだし、こんなものだろう。

 

 次は内輪。

 ここから少し複雑になっていく。

 とは言え中級、大したことはない。


「ラスト、と」


 最後は核となる陣の中心。

 これが魔法陣において最も重要なものだ。

 少しでも狂ってしまえば、その時点で陣は使い物にならなくなってしまう。

 

 当然その複雑さは陣の中で最も高い。

 最も慎重に触れるべき場所、焦ることだけはしてはいけない。


「……………………………………できた」


 これで分析は完了だ。

 後は用意された紙に魔法陣を構築すればいい。

 順番は中心、内輪、外輪だ。


 やってみればわかることだが、完成された陣を分析するのと一から構築するのとでは後者の方が遥かに難しい。

 ただ真似るだけとは言っても、どこかしらをミスれば作動してくれないからだ。

 最初はほんっとにイライラさせられた。


 だがそれも今日までだ。

 一週間の間に散々練習を積んで、さっき漸くまともに作動する陣ができた。

 その勢いのままいってやろうじゃないか。


「……時間です」


「オッケー、終わった」


 紙に刻まれた魔法陣は一見すると見本と同じに見える。

 だが注意深く見てみると、実は全然違ったりするものだ。

 慣れれば慣れるほど、それは鮮明に見えてくる。


 そして、今回は。


「――――良いでしょう。まずは合格です」


「――――っしゃ!!」


 思わずガッツポーズを掲げる。

 ウィズに、国家魔導士に認められた。

 間違いなく成功したんだ!


「それでは魔力を通してみましょう。これは紙、非常に破損しやすいですから気を付けて」


「大丈夫だって、そのくらい!」


「あなたさっきまで煤塗れじゃありませんでした?」


 構築の練習を何度もしているうちにコントロールの方法くらい身に着けてある。

 こちとらずっと紙でやってたんだ、必要最低限の魔力を捻出するくらい楽勝だ。

 楽勝になった!


「……素晴らしい」


「へへっ、どんなもんよ!」


 魔法陣が輝き、その中心から紫の炎のような玉が出現する。


鬼火ウィルオウィスプ。召喚できるものの中では最底辺の存在ではありますが、非常に有用なものですよ」


「これどうやって戦うんだ?」


「魔弾のように相手を撃ち抜くんですよ。魔力コストが低い割には威力が出るので重宝しています」


「へー…………」


 フヨフヨと周囲を漂っている様子からは意志らしきものは感じ取れない。

 これも霊獣なのだろうか。

 どちらかと言えば当ても無くただ彷徨うだけの人魂に見える。


「ああ鬼火ウィルオウィスプは具体的には霊獣ではありませんよ。とある霊獣が自然と生み出す現象のようなものです」


「霊獣じゃないのに召霊できるのか?」


「魂の炎によって生まれたものですから。炎の形・特性を持つ魂の欠片と、そのように考えた方が正しいかもしれませんね」


「へぇ……?」


 何だかよくわからないが、ウィズが言うんだから間違いないのだろう。

 とにもかくにも、これで俺は次の段階に進めるわけだ。


「なあなあ、一つ上の段階って何するんだ?」


「そうですね……。まずはアサヒくんが今後どのような方向性の魔法をメインに据えるのか、それを極めるためにはどういった系統の魔法を習得していけばいいのかといったより将来を見据えた話になっていくでしょうね」


「なるほど、メインウェポンとサブウェポンを決めるってことか」


「まあ大まかに言うとそういうことです。とはいえ、アサヒくんの願望を叶えるんであれば選択肢は絞られてしまいますがね」


「へ?」


 俺は思わずウィズの顔を見つめ、間抜けな声を漏らしてしまう。

 選択肢が絞られる?

 それは一体どういうことなのか。


「魔道具をメインに扱うのであれば、一般的な攻撃魔法はリスクが高いと言わざるを得ません」


「雷とか炎とかは使えないのか?」


「使えはしますよ。けれど物質にかかる負荷が大きすぎます。ただでさえ魔力による負荷もあるのにそこに熱や電気といった物理的な負担も加わりますから。長く効率的に魔法を行使するなら、それに適した魔法を選ばないといけないと思うんです」


 ウィズの言いたいことはわかった。

 確かに魔法陣を介するとはいえ、少し使うだけで道具が壊れてしまっては非効率的だと言わざるを得ない。


 魔導士の魔法はより効率的でなければならない。

 魔導士の中で通っている暗黙の了解だ。


 手当たり次第色んな種類の魔法陣を刻むだけでは効率的な運用はできない。

 そのためできる限り負荷が低く、かつ十分な戦闘力を得られる魔法を吟味する必要がある。


 魔法の選択肢が大きく絞られてしまうのは魔道具の弱点とも言えるか。


「……そこで提案なのですが、私の召霊術は如何でしょうか?」


「え?」


「召霊術なら言ってしまえば呼び出すだけですから、そこまで大きな負荷はかかりません。勿論詠唱を用いるよりは幾分効率が落ちてしまいますが」


「……確かに」


「他の魔法よりも難易度は上がりますが……私ならより深く鮮明に教えることができる魔法でもあります。降霊術においてなら、私の右に出る者は一人も居ませんから」


 ウィズの提案を聞いて、俺は自然と頷いていた。

 まさにその通り、実に魅力的な提案だ。

 彼女の言う通り、最も簡単な魔法でさえ中級なのだから他の系統と比較して頭一つ抜けた難易度なのは間違いない。


 だが同時により強力な魔法でもある。

 それは原作でのウィズの活躍を見れば明らかだ。

 最終決戦において、主人公達に並ぶ怒涛の無双劇を繰り広げた彼女に迫る力を身に着けることができるかもしれないとなれば、断る理由なんて欠片も無い。


「勿論やるさ。よろしくウィズ!」


「はい。…………ありがとうございます」


「…………?」


 何でウィズが俺に礼を言うんだ?

 この場じゃあ普通逆じゃないのか?


「では今日はここまでで。明日から早速取り掛かろうと思います」

 

「おう!」


 ウィズは扉の向こうへ消えていく。


 やべぇ、早速ワクワクしてきた。

 今日は寝られる気がしない!

 

(それにしても……)

 

 ウィズがどこか不安気な顔をしていたのは、気のせいだろうか?

 というか魔法陣の構築を始めてからの彼女からはどうも妙だ。

 侮辱されている訳ではないが、だからこそ違和感を感じる。


 教本を片付け、部屋に戻る道中で俺はそんなことを考える。

 すると近くの部屋から話し声が聞こえてきた。


「おい聞いたか? この前のレイ嬢のご活躍を!」


「勿論だとも。何でも単身で異界から侵入した竜種を打ち取ってしまわれたとか」


「いやはや、竜種の討伐は専用の兵器が無ければ困難だとされているのに……。流石は産神次期当主といったところか」


「この国を牽引するのは産神家で間違いないでしょうなぁ! 大宮、胡蝶花、海神、虹村。その全てが敵ではあるまいて!」


 どうやらこの間のニュースの件で盛り上がっているらしい。

 地方の街に突如出現した巨大な魔獣をレイ、俺の姉が倒した事件だ。

 ここ最近はずっと勉強に打ち込んでいたからニュースを知るのは他人よりも遅れがちだったが、それでも家中の使用人が大騒ぎしていたためすぐに俺の耳にも入ってきた。


 確かにこれは偉業と言える。

 原作でも最強格と言われた産神レイの実力は十五歳の段階から発現しているらしい。


「それに比べて弟の方ときたら……、全く情けない。聞いたか? 何でも最近は魔道具の方に手を出し始めたのだとか」


「ああ知っているとも。伝統ある名家の血を引いているにも関わらず下職の道を歩くとは」


(チッ、うっざ……)


 誰に聞かれているかもわからないのに、大声でベラベラと悪口を喋りやがって。

 ウチに偶にやってくる来客だ。

 産神には大きく劣るものの、彼らもまた伝統ある名家の人間。それ故か随分と頭の固い連中ばかりだ。

 アイツ等だって魔道具に生活を助けられている癖にそれを作ることを下職呼ばわりとは、何とも連中だ。


 言われているのはわかっていたことだが、それでも実際に耳に入ってくると癪に障る。

 早くこの場を離れよう。


「魔法が使えないというだけでも価値を疑うほどの大恥だというのに……」


「彼もじき六歳。魔法を使えぬ人間がその道で生きていこうなどとは烏滸がましいと、気がついても良さそうなものだが」


 ああクソ、どれだけ離れてもどうしても聞こえて来やがる。

 クソ鬱陶しい……。


「今に見てろ……!」


 いつか俺が絶対にお前等を見下してやるからな……。

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