構築の天才

 この子は天才だ。

 私、ウィズ・ソルシエールがそう断言するまで、そう時間はかからなかった。


 最初レオさんからこの話を持ち掛けられた時は、余り期待していなかった。

 何せ前評判が最悪だったのだ。

 産神というエリート一家に生まれておきながら、詠唱魔法の使えない落ちこぼれ。

 膨大な魔力こそ持ち合わせているものの、生まれ持った体質のせいで腐らせてしまっている出涸らし。


 私の知り合いはそんな風に彼のことを評していた。

 あの吐き捨てるような口調は決して子供に向けるものではないと感じつつも、心のどこかで仕方がないと思っていたのも事実。


 魔導士の世界に身を置いていた者が魔道具の世界に行くのは逃げと見なされる風潮がある。

 私自身、実績が伴う前はそんな風に揶揄されていた過去がある。

 しかもその子は私と違って、幼いながらその選択をせざるを得なかった少年。

 正直憐憫の感情すら抱いていた。


 そんな見込みがないと評されていた子の家庭教師を引き受けたのは、昔とてもお世話になった先輩の息子さんだと言うことと、給与が高かったからだ。

 諸事情があって纏まった金額が必要だった私にとって、今回の話は渡りに船であり、即座に担当することを決意した。

 

 実際に出会ってみると思ったよりもポジティブな印象を受けた。

 まだ世界を知らないからこその態度かもしれないが、それでも卑屈になっていることを想像していたから少し意外だった。

 それでも将来どうなるかを考えると、やはり憐れみの感情が先に来てしまう。


 そんな私の感情を察してか、彼、産神アサヒくんは私に対して指を指して宣言した。


「言っとくが俺は道楽のつもりでアンタを呼んだつもりは無い。俺は自分で魔法を発動させることはできないが、それでも本気で魔導士になるつもりだ。……いつまでも見下ろせると思うなよ」


 そう言うと、アサヒくんは私に向かって手を差し出した。

 彼の目に卑屈さは無い。

 彼は本気で、自身の宿命に抗おうとしているのだろうか。

 

「よろしく頼むぜ、先生」


「……ええ。よろしくお願いしますね」


 だとしたら、少し面白い。


 そうして私とアサヒくんの関係が始まった。


 最初は普通に授業を行っていた。

 教科書に書いてあることを私がよりわかりやすく噛み砕き、アサヒくんが自身の疑問を質問する。

 授業に対して彼は非常に意欲的で、私としても教え甲斐のある生徒だった。

 魔導科高校などで偶に教鞭を取ることはあっても、小さな子供に教えるというのは経験したことがなかったために不安だったが、うまくいきそうだと安心したものだ。


 しかし私は一週間が経ったころ、私は気づくことになる。

 アサヒくんは天才であると同時に、少々アレなところがある生徒だと。


 その日も私は授業をするために産神邸を訪れていた。

 先輩に挨拶を済ませ、いつもの部屋の扉を開いた時だった。


「きゃあ!?」


「ふごっ!?」


 突如として私の身体が浮き上がる。咄嗟に全身に魔力を流すも、天井に叩きつけられる。

 どうにか受け身をとって身体への衝撃を抑えた。


「…………!?」


 一瞬思考が停止したが、反重力の魔法が発動したのだと理解するのは容易かった。

 問題は一体どうしてこんな場所でそんな魔法が発動したのかということだ。

 その答えは、私の眼前に転がっていた。


「何だ!? 何が起きた!?」


 私が天井にぶつかった衝撃によってたった今目を覚ましたらしい。

 寝ころんでいた身体をガバリと起き上がらせ、彼は立ち上がって周囲を見渡している。


「魔族か!? 残党が来たのか!?」


 …………夢でも見ていたのだろうか、煤に塗れた身体を右往左往させている。

 床には多数の煤が散らばっている。恐らくは没になった魔法陣だろう。素人が試しにと手ごろな紙に魔法陣を刻んだ際によく起こる。


「おはようございますアサヒくん。随分と楽しい夢を見ていたようですね?」


「ふぇ、ウィズ!? ……あ、もうこんな時間! …………いやその、何というか色々試してただけというか……」


 アサヒくんが苦しい言い訳を提示している中、私の関心は彼の周りに向けられていた。

 注目すべきはその煤の量。小さな山すら形成されている。


 明らかに異常な量だ。


「なんて魔力量…………」


 口から零れたのは感嘆の言葉だった。

 凄まじいという感想しか出てこない。

 一体どれだけの時間試行錯誤していたのかという点も気になるが、それ以上にここまでの煤を造り上げるほどの量の魔法陣に魔力を通し続けてきたというのか。

 

 並みの魔導士を優に超える圧倒的魔力量。


「あ……」


 魔法の効果が消えた。

 魔法陣が擦り切れたらしい。幾ら流す魔力が多いからといって、流石にこれは速すぎる。


 地面に降り立つとアサヒくんがビクリと肩を震わせた。


「…………とりあえず、片づけましょうか」


「うーす……」


 私は風の魔法を唱えて煤を一ヶ所に纏める。

 それにしても紙で良かった。

 もしも床や壁なんかに刻まれていたら、冗談抜きで全て貼り替える必要が出てきてしまうところだった。


 …………そんなことになっていれば、流石に私も怒るじゃ済まなかったかもしれない。

 あのクソ女を思い出すから。


「さて、どうしてこんなことになったのか、教えてくれますか? 私はあなたに反重力の魔法陣なんて教えていなかったはずですし、何よりこんな場所で汚れながら寝るなんて人としてあり得ないと思うのですが」


 片づけが終了したころには私の頭は幾分冷静になっていた。

 となると湧き上がってくるのは怒りの感情。

 魔法陣を刻んだものをそこらに放り投げるなど正気の沙汰ではない。


「ハハハハハハ……。……怒ってる?」


「あったりまえでしょうがぁ!!」


「ひいいいぃぃぃぃ!」


 適切な量の魔力を流しさえすれば強制的に効果を発揮するのが魔法陣だ。

 物によっては大事故に繋がりかねない。

 何かあってからでは遅いのだ。


「良いですかアサヒくん。あなたがやったことは外ならテロ行為と判断されてもおかしくないことですよ!? 来たのが私だったからまだ良かったものの! 使用人さんやあなたのお姉さんだったら怪我をさせていたかもしれないんですよ!」


「うう……」


「この件は先輩にも報告させて頂きますからね!」


「ええ、そんなぁ!!」


「そんなぁじゃありません! 」


 そこから一時間ほどお説教を開始した。

 しかしその最中でも、私の頭には彼が構築した術式が頭にチラついていた。


 魔法には一番簡単な初級から最も困難な絶級までの括りが存在し、魔術式に置き換えてもそれは変わらない。

 初級魔法を発動させる陣は単純で、絶級魔法の陣は複雑怪奇。

 複数の陣同士を組み合わせるなどするなら話は変わってくるが、それは決して変えることのできない不変の法則だ。


 そしてアサヒくんが構築した反重力の魔法陣は中級に相当するもの。

 これは一般的には高校生くらいの年になって漸くできるようになることのはずだ。

 彼にはまだ基本的な教本しか渡していなかったはずだが、部屋の奥に転がっている分厚い本を見て納得した。

 以前私が無くしたと思っていた本の中身を参考にしたらしい。


 だが真似るにせよ何にせよ、上の級の魔法陣を構築するにはそれより下の魔法陣をしっかりと理解しておかねばならない。

 そしてその数は膨大だ。

 それを彼は一週間ほどで会得してみせたというのか。


 まだ一度、一種類しか見ていないため断言できない。

 だがもし、もしもその通りだというのなら。


(天才、ですね……)


 流石は先輩の息子さんと言うべきか。

 アサヒくんのお姉さんもかなりの才を持っているが、魔法陣の構築という点では足元にも及ばないかもしれない。

 彼女は普通に詠唱魔法が使えるためどちらが優れているとかの単純な比較はできないが。


(少し、授業のレベルを上げてみましょうか)


 私の耳元で悪魔が囁いた気がした。

 

 何かを噛ませないと魔法を使えない代わりに、絶大な魔力と類まれなる構築の才能を持つ少年。


 もしかしたらこの子なら――――。


(…………)


 彼は私の悲願の礎になってくれる少年、かもしれない。

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