邪道で良いんだ
そもそも、一体どうしてアサヒは悪役と呼ばれるような立ち位置に身を堕としてしまったのか。
それは彼に本来あって然るべき才能が無かったことが一番の原因だろう。
その才能とは魔法の才能。
この世界は一見すれば俺が前世で過ごしていたようなものと同じに見える。
しかし最大の相違点は魔法、そして魔力の存在だ。
この世界は魔法が全ての中心と言っても過言ではない。
電化製品の類は存在せず、一見そう見えるものも全て魔道具という括りに分類されている。
一般家庭にあるようなテレビも車も携帯電話も、全て魔力によって動いているのだ。
そんな世界であるからこそ、魔法はあらゆる分野で絶対的な地位を築いている。
この世界の人間、それ即ち魔法使いであり、そうでないとなれば何もできない存在と言っているも同義なのだ。
基本そんな人間は存在しないが。
そしてその『何もできない存在』に分類されるアサヒの性格はそれはもう歪みに歪んだ。
自身が相当の名家に生まれたという事実も相まって、周囲への劣等感は加速するばかり。
それが矯正されずに成長した結果が、原作における産神アサヒという存在なのだろう。
彼の末路は才能も無い癖に逃げるという選択をしなかった愚か者の末路という他ない。
「ま、それを知っても尚その道を行こうとする
俺は自嘲気味に笑った。
どうしても抗えない肉体の衝動と言えばマシに聞こえるかもしれないが、実際は早々に抗うのをやめてしまっただけとも言える。
結局のところ、俺は自分が主人公を倒す未来を求めているだけなのかもしれない。
だがこの世界に生まれたからには強くなるべきという考えが間違っているとは思わない。
この世界は危険と戦いに満ちた世界。そこで生死を分けるのは、やはり本人の強さ次第ではないかと思うのだ。
「そうと決まればこれからどうするかが一番大事だよな」
現在の俺は五歳。
動くには早すぎるに思えるかもしれないが、俺の考えを実行するには早いに越したことはない。
「こいつを実現するには俺一人じゃ絶対無理。そもそも知識も碌に無いガキが何したって遊びの範疇を出ないよな……」
俺は紙に書いた計画書という名の箇条書きリストを見ながら呟く。
子供らしい雑な字で書かれたものは全て相応の基礎知識と高度な専門知識がいるものばかり。
これらを得るには独学では限度がある。
となれば必要なものは自ずと決まる。
「師匠がいるよな。それもとびきり優秀な師匠が」
当てはある。
ウチは代々続く魔導士の名家。俺が求める人材を集めることはそう苦ではない。
ただし俺のこの子供の妄想に等しい計画に付き合ってくれる奴がはたして居るかどうか。
まあこれに関しては俺が自分で本気度を伝えるしかないか。
仮に妄想だとしても、親として情熱のある子供の意見を無碍にしたりはしないと信じたい。
そうと決まれば行動だ。
リミットは原作が始まる高校進学まで。
早すぎて早すぎるということはない。
俺は立ち上がり、勢いよく扉を開いた。
▪▪▪
「家庭教師?」
「そう! できればめっちゃ優秀な人間で! レイにも専属がいるんだから俺も欲しい!」
俺が居るのは大きな書斎。
アンティークな雰囲気が漂うその場所の奥に座る一人の女性はいきなりの申し出に困惑しているようだ。
だが構わない。俺は身を乗り出して、顔を寄せる。
「それに俺このままじゃ生きていけないって! 魔力はあるけど魔法が使えない! 将来お先真っ暗じゃん! 碌な就職先も見つからないまま親の脛齧り続けるとかそんなのゴメンだぞ!」
「わかった、わかったから降りろ。机に脚を乗せるんじゃない……」
母、産神レオはどうにか俺を床に降ろすと椅子に座り直す。
そして困惑に歪んだ顔を即座に戻し、無表情にも思える顔で俺を見下ろす。
我が母親ながら顔立ちは本当に美しい。
艶のある長い黒髪に紫色の鋭い切れ目。本当に日本人かと疑いたくなるほどに白い肌。
肩に乗った黒猫の存在も合わさり、その雰囲気はまさに魔女。
もし服装が黒スーツではなくドレスで、とんがり帽子でも被った際にはもう完全に中世の魔女だろう。
「それで、優秀な家庭教師が欲しいという話だったか」
「そう!」
俺は頷き、母さんの顔を見る。
「まあ、お前の言うことは理解できる。私もお前のことはどうにかせねばならないとは思っていた。……だが……、その……」
母さんは少し渋い顔をしながらそう告げる。
言いたいことはわかる。
俺を気づかって言葉を濁してはいるが、母さんは極めて優秀な魔導士だ。
俺が魔法を使えないのは決して未熟だからではない。
使えない体質なのだと、気がついているのだろう。
こればかりは指導云々の問題ではない。幾ら優秀な指導があったところで、どうにもならない。
そう考えるのは何もおかしなことではなく、寧ろ一般的なことだ。
普通に考えれば、俺がこの世界で真っ当に生きていくことはとても難しい。
普通なら。
「母さんの言いたいことは何となくわかる。けど俺には俺なりの考えってのがあるんだよ」
「考えだと?」
母さんの顔が訝し気なものへと変化する。
「つまるところさ、魔法を使えさえすれば良いんだろ?」
「……何が言いたい?」
「魔道具を使えば解決なんじゃないかって話さ」
母さんの目が少しだけ開かれる。
その発想は無かったとでも言いたいのだろうか。
そんな訳ないか。
母さんだって何度も考えたことのはずだ。
その上で一旦保留にしていたのだろう。
「自分で作った魔道具を使えばさ、自分で魔法を使っているのと同じだと思わない?」
魔法の代わりに魔道具を使う。
それは自分では空を飛べないから飛行機に乗る、速く走れないから車を使うといったようなもの。
言ってしまえば当たり前、当然のことだ。
しかし魔導士の世界でそれを行う者は全くと言って良いほど存在しない。
誇りに欠けていると見なされるからだ。
魔導士の戦いにおいてはあくまで自身の魔力にて、自身が鍛錬を行い会得した魔法にて戦うことこそが本懐。
後付けの道具に頼るなどナンセンス。
魔道具はあくまで日常の生活を円滑にするためのものに過ぎない。
そういう考え方が主流にして当たり前の世界なのだ。
まあ気持ちはわからなくもない。
スポーツで言うなら自身を真っ当に鍛える以外でのパフォーマンス向上手段の使用(ただし違法ではない)、といったところか。
顰蹙を買うのは絶対に避けられない。
だがそれでも問題無い。
スポーツでは外部装置の持ち込みは禁止だが、魔導士の戦いにおいては禁止されていない。
暗黙の了解が魔導士間に存在しているだけであり、魔道具の使用自体は明確に許可されているのだ。
間違いなく合法、しかし紛れも無い邪道な手段。
だがそれでも構わない。
どうせ俺には実は魔法使えました的なイベントも無いんだ。
それでも強くなりたいというのなら、真っ当な手段なんか使っていられない。
「俺は世界初! 魔道具をメインに使う魔導士になってみせる!」
「…………!」
「別に何の問題も無いはずだぜ? 魔導士は魔法を使って戦う人間のこと。魔道具によって発生した現象も立派な魔法だろ?」
俺の言うことには筋が通っている。
しかし母さんは仏頂面を崩さぬまま、静かに顎に手を当てた。
(やっぱ、駄目か……?)
正直断られる可能性も考慮してはいる。
俺の考えは邪道も邪道。
これが普通の一家ならばそこまで問題では無かったかもしれない。
しかし、ウチとなれば話は別だ。
産神は代々、国家魔導士という国へ多大なる影響を与える優秀な魔導士を輩出してきたエリート一族。
歴史も古く、時間にして数百年もの長さを誇る家系だ。
そこの長男が誇りを全て投げ棄てたかのような手段を用いるなんてことになれば、どうなってしまうのか。
良い顔はされないだろう。
だから却下されること自体はおかしなことではない。
母さん個人の感情から来る判断ではなく、産神家の現当主としての判断ならばそうすることが正しいとさえ言える。
もしも断られたら、その時は俺が単身で師匠候補に突撃するしかないだろう。
そんなことを考えていると。
「…………わかった。手配しよう」
「……そっか手配……。…………え? マジで?」
「ああ。どの道、このままでは魔導士にもなれないだろうしな。せめて魔道具職人としての知識と技量を身に付ければどうにかなるだろう」
「っしゃ! やった!」
どうやら母さんは魔道具をメインに使う魔導士になるという部分については余り信じていないようだが、それでも構わない。
どの道、まずは魔道具を作る技術を磨かなければどうしようもないのだから。
これで第一関門突破だ!
さて、一体誰が来るのかな?
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