第2話
*
わたくしには婚約者がおります。お顔は少々恐いのですが、真面目な性分で不器用な優しさが伝わってくる殿方でございます。
お名前は
「何か?」
わたくしの視線に気付いた天童さまは無表情です。軍帽の下に見える目は力強く、その力強さに初めは肩が強張りましたが、今では微笑み返すことができます。
女学校の帰り道、偶然お会いしました天童さまが家まで送ってくださると、おっしゃってくださった時には今より頬がゆるゆるとしておりました。
天童さまに気付かれましたでしょうか?
「小夜さん」
男性らしい低い声で名前を呼ばれるのはまだ慣れず、心臓が胸の中で鞠つきを一つします。
「はい」
「明日は、その……」
大きなお身体に似つかわしくなく、言葉が口籠るのは常のこと。あまりわたくしとお話をされたくないのでしょう。
わたくしと天童さまの縁談は、祖父と天童さまの上司がお決めになったこと。初めてお会いした日に天童さまは『なかったことに』とおっしゃいました。
しかし『なかったことに』ならなかったのは祖父が押し通したからに他ならず。天童さまには申し訳がございません。
「――小夜さん?」
「え? はい?」
いけません。天童さまのお言葉を聞き逃してしまったようです。
「すみません」
「疲れましたか?」
「いえ。天童さまとお会いできましたので疲れは吹き飛んでしまいました」
「そ、そうですか」
天童さまが顔を背けてしまわれました。今の発言はもしかしてご不快にさせてしまったのでしょうか。
「天童さま?」
「……あの、明日ですが」
「はい」
「休み、なので」
「はい?」
「よ、良ければ」
天童さまと一度視線が会いました。しかしすぐに外れ、天童さまは道の先を向きます。
「一緒に出掛けましょう」
「はい!」
思わず大きな声で返事をしてしまいました。はしたない女だと思われたでしょうか。
心臓が鞠つきをやめません。
それから天童さまの無表情が少し柔らかく見えたのは気のせいでしょうか?
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