第8話 犯人と雑魚とガキと壊し屋
「――あれ......我は......なにしてたんだっけ?」
魔王はぼんやりとした意識の中立ち上がろうとするが、手足を固く縛られているからかその場に転んでしまった。
薄暗く、埃っぽい一室。唯一の出口と見える扉の前には十数人の男達がたむろしていた。
「チッ......目ェ覚ましやがったぞこのガキ」
集団の内の一人が魔王が目を覚ました事に気が付き、無造作に座り直させる。
「ここはどこだ? とうやは?」
「あぁ? お前はな、俺たちに誘拐されたんだよ」
「“ゆうかい”? それなに?」
「このガキがァ......折角優しく話し掛けてやってるのに一々人の神経を逆撫でやがって!!」
「我はガキではない! まおうだ!」
「テメェみたいなガキが魔王な訳あるか! 二度とそんな口をきけないようにしてやろうか!? アァン!!?」
抵抗出来ない小さな体を押し潰すように蹴りが繰り返される。
痛みという情報でようやく自分の置かれている状況に察しがついたのか、魔王の心には恐怖が塗り拡がっていく。
「止めてやれ。大事な商品に傷が付いたらどうする?」
「でもよォ“サイリス”さん! このガキは――――」
「止めろと言ったんだ。ウチのルール、忘れた訳じゃないよな?」
「っ......すみません......」
このグループのリーダーだと思われる男。サイリスの一言で魔王に暴力を振るっていた男は不満そうな顔を浮かべながらも下がったのだった。
今度はサイリスが魔王の目の前でしゃがみ、優しく頭を撫でる。
「大丈夫か坊主。怖い思いをさせちまったな」
「我をゆうかいしてどうするつもりなのだ......」
「それは俺も良く知らないんだ。俺はただこうやって子供売って金を貰う、ただそれだけだよ......」
「我はしんじゃうのか......?」
「そんな顔するな。な? 安心しろ恐らく殺されたりはしないから! 魔力量によって売値が変わるって事は生きてる事が重要――って、子供には分かんねぇか」
サイリスの言葉はもう魔王の耳には届いていない。
まだ幼い魔王の心に整理出来る情報は「頼れる存在がいない」事と、「痛み」のみだった。
それらの情報から生まれた底無しの不安は、心の堤防を易々と決壊させる。
「うぐ......うわぁぁぁぁぁん!!!! おどうざぁぁぁぁぁん! じいぃぃぃぃぃ! どごなのぉぉぉぉぉぉ!!!!」
涙と共に溢れ出すのは今まで自分を護ってくれた者たちの名前。しかしその場に彼等はいない。
誰も助けに来てはくれないと言う事実が、魔王の心をより一層押し潰す。
「ありゃ......泣かない子だと思ってたが無理もないか......」
「どうしますかサイリスさん。もう一度魔法で眠らせますか?」
「泣き疲れたら寝るだろうし好きなだけ泣かせておけ。俺達は引渡しの準備を進めるぞ」
これが普通の子供であるならサイリスの対応は間違えていなかった。しかし今その場で泣き叫ぶのは幼いながらも正真正銘の魔王である。
涙が溢れ落ちる度にゆっくりと、ゆっくりと空間が歪んでいる事に気が付かなかった。
絶大な魔力から生成されたドス黒い深淵が、徐々に魔王の体を包み込んでいく事に気付くのが遅れてしまった。
「なんだぁ......この捻り潰されるようなオーラ......まるで大魔族......それこそ魔王でも目の前にしているような――――」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!! トウヤァァァァァァ!!!!」
魔王の自我が途切れ、完全な暴走状態に入る寸前。最後に名前を呼んだのは、
彼をこれから護る者の名前だった。
ドッゴォォォォォン!!!!............
レンガ造りの壁をぶち破り、魔王の目の前へ立つのは、この世界では珍妙な部類に入る学生服を身に纏い、死にかけの女性を背負う青年であった。
「こんにちわァァァァ!!!! 異世界壊し屋さんでぇぇぇす! 本日は御日柄は良い癖にクッソイライラするのでェ、お前ら全員ぶっ飛ばしに来ましたァァァァァ!!!!」
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