第3話 初対面

「今日はどうです?」

「ああ、怪我人はいないな」


 私の仕事は治癒だから自然と騎士との接触が多くなる。幸いよくしてくれる第二皇子のヴォックスは騎士団長、ヴォックスの婚約者ユツィは副団長だから、この場所で不遇を味わうことはない。だからフードを目深に被って来る必要はないのだけど、つい癖で被ってしまう。


「クラス!」

「ユツィ」


 凛々しく美しい女性騎士が現れた。

 今日も眩しい。そして普段クールの割に私の前は満面の笑顔でいてくれるから嬉しかったりする。

 最初こそ公爵名だったけど、今ではすっかり名前も呼んでくれるようになった。特段主でもなんでもないのに敬語だけは抜けないのがネックだけど。


「クラス、体調はいかがです? お怪我は」


 毎回私の心配をしてくれるのはありがたいけど、怪我するなら圧倒的に騎士の方が確率高い。けどもう癖なのだろうと思って笑顔で応える。


「ないよ、大丈夫」

「貴方の大丈夫は信用できません」


 ユツィは過保護だ。自国にいた頃は王女の側付だったからか私に対する対応が前の主人へのそれと同じ。最初こそ故郷への思いもあるだろうと応えていたけど、三年も経つと彼女の気質なのではと思えてきている。

 そもそも身分や年齢はユツィの方が上だから、私に敬語を使う必要はないし、逆に私が二人に敬語を使うべきだ。二人が拒否したから砕けた話し方をしているけど、はたから見たら違和感すごいだろうな。


「そうだ。今日東の王国の子が招かれているんでしょ? 二人とも会った?」


 問うと頷く二人。表情や雰囲気から悪い子ではなさそうに見える。


「父上を交えて会食をする時に多少は話せると思うが」

「見たところ利発そうには見えました」

「ユツィ、あれはませている、だな」


 ふむふむ。

 一人で来た身だから多少虚勢を張らざるを得ないところもあるだろう。戸惑うことも多いだろうな。


「心配か?」

「勿論」


 騎士団長ヴォックスが目を細める。瞳の濃い色合いと眉間の皺も合わせて悩ましげな顔をするのは大概私がここに来たばかりの頃を考えている時だ。


「私に力がないばかりに君には辛い思いを」

「いえ、充分良くしてもらってるし、後見人にもなってもらってるもの」

「私が兄上と対等に渡り合えればいいのだが」


 ウニバーシタス帝国は長男の第一皇太子レックスが次の皇帝の予定となっている。彼は弟である第二皇子ヴォックスと第三皇子シレに主導権を握られたくないのか、こと何かにつけて制限をかけてくるらしい。

 今や無愛想だけど、孤児院や学校の設立、戦後の町の修繕復興等、誠実に国に尽くしている第二皇子兼騎士団長の方が帝国民に人気だから第一皇太子は気に入らないのだろう。


「私よりも今日来た子を守ってあげて」

「彼はシレが後見人で、我が国筆頭宰相イグニス様の息子だ。早々手は出せまい」

「え?」


 肩書がごつくない?


「公爵位を例外で継いでいますし、神童と呼ばれる子です。我々の出る幕もないかと」

「神童?」


 侍女たちが話していた情報が子供が来るぐらいだったから、今聞いた情報は驚きだ。御伽噺の主人公みたいな設定じゃない?


「おや、噂をすれば」


 ユツィの視線の先を見れば、シレに連れられた噂の子がいた。シレは兄であるヴォックスを視界にいれて顔を明るくさせる。挨拶に来たようだった。


「シレ」

「良かった。会食前に会えればと思ってて」


 第三皇子兼宰相のシレは第二皇子兼騎士団長のヴォックスと並ぶと小さくて細身だ。仕事のしすぎで肝を悪くしたけど、今ではだいぶ顔色がよくなった。


「ほら」

「……」


 少し後ろに控えていた例の子がシレの隣に立つ。唇を結んでむすっとした様子でヴォックスとユツィを見た。


「イリスサークラ・ソンニウム・アチェンディーテ公爵、イグニス様のお子さんだよ」


 アチェンディーテ姓は東の新興王国イルミナルクスの王族が王位を返納した際に得たものだ。さっきもイグニス様の子供と聞いていたけど、この子ったら本当に正統な血筋の子なのね。

 私がここに来た時すでにイグニス様は亡くなっていたけど、筆頭宰相として敏腕を振るっていた方と聞いた。人格者で穏健派の今代皇帝が非常に気に入っていたとされる有力者だ。


「イーラ、こちらが兄の第二皇子兼騎士団長のヴォックス・シェラ・プロディージューマ、副団長でヴォックス兄上の婚約者のユースティーツィア・マーネ・ユラレ伯爵令嬢だよ」

「令嬢はやめてくれ」

「まあまあ」


 二人を交互に見た後、軽く会釈して終わる。

 と、私に視線が向けられた。不思議そうに見上げられる。


「ああ」


 シレが紹介するところを目だけで断って、視線を会わせるために膝を折った。

 ほんの少し眦を上げて驚いてる。


「私はクラス、クラス・トラジェクトーリア・ドゥークス。よろしくね?」

「……お前、宮廷魔法使いか」


 おや喋った。思ってたよりもシャイじゃない?


「ううん。私はただの医療師かな。治癒魔法が使えるのと薬学に詳しいから、騎士様が怪我した時や、病気の治療のためにいる感じ」

「僕も治してもらったんだよ。すごく腕のいいお医者さん」

「私やユツィも世話になったからな」

「えへへ」


 褒めてもらえると嬉しい。照れつつも彼を見るとなにかを考えるように片手を口元に寄せていた。


「……ステラモリス?」

「え?」


 目の前の男の子から発せられたのは私の故郷、失われた国の名前、私が継ぐはずだった姓だった。

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