元ツンデレ現変態ストーカーと亡き公国の魔女
参
1章 新興国のツンデレショタっ子は魔女に懐かない
第1話 公国を失った日
ステラモリス公国は失われた私の小さい国だ。
国土の半分は自然に恵まれ、農業・畜産・医療で栄え、公国の主の娘として私は生まれた。大きな国と比べたら慎ましい生活だけど、特段不自由はない。
両親は私を愛してくれ、公国民とも良好な関係を築き穏やかに過ごしていた。いずれ公国の主として民に尽くし、良き相手を見つけ仲睦まじく過ごし、国の繁栄と共にこの身を公国の大地に還して終わる。そんな人生を歩むのだと思っていた。
予期しないことが起こったのは私が十三歳の誕生日を迎える一ヶ月前、しっかり雨の降る日に届いた一枚の書面から始まる。
特化していた治癒魔法と医療技術に目をつけられたのか定かではないけど、近隣諸国に武力介入し領土拡大中のウニバーシタス帝国に属国交渉の提案がきた。
私の国に武力はない。魔法を使えたところで治癒と日常の小さなことに使えるものばかりで戦う術はなかった。武力介入されたら一瞬でこの国は滅ぶだろう。
是しか選択肢がない中、帝国の求める内容には偏りがあった。
自国の騎士の治癒要員として両親と私の帝都行き
公国の医療知識と技術の無償提供
公国を解体、帝国領土とすること
父の公爵位剥奪、伯爵位とすること
これを求める代わりの見返りは一つだけだった。
公国民の生活の保障
両親は公国民の生活が保障されるならと帝国からの交渉を受け入れる意思を示した。
「御父様、対等な交渉じゃないわ。こんなのおかしい」
「クラス、公国民全ての生活の保障というのは存外難しいんだよ」
「それは、分かるけど」
「武力で急襲する事もなかったのは今代の皇帝が穏健派だからよ。彼が皇帝である間に和平交渉に応じるのは良い判断だわ」
「御母様」
納得がいかない。私には脅迫にしか見えなかった。
確かに今の皇帝になってから急襲からの武力支配はなく、必ず交渉があると聞いている。けど本当に良い為政者なら他国を潰して領土拡大しないはずだと思っていた。
あるとしたら先代の勅命が覆せずに残っているから? そんなもの今代がどうにでもすればいいのに?
「私達家族が一緒にいられるんだ。それだけで幸福だよ」
「私も貴方達と離れたくないから、三人で帝都行きは悪くないわね」
「御父様、御母様」
「貴方が素敵な旦那様と結婚式挙げるまで死ねないもの」
「それはまだ早いって」
「あら、私が十三歳になる頃はこの人と婚約してたわ」
だらしなく笑う父になにも言わず苦笑する。法律では十六歳から婚約ができるのに、両親は小さい頃から形式的に婚約に近い形をとっていた。許婚のようなものだ。
軽い冗談を交えつつ笑い合うこの時ばかりは、私は両親がいれば大丈夫だと思っていた。
「いってらっしゃい」
十三歳の誕生日が間近に迫る一際暑い日に、帝国代表を交えた晩餐会が公国で開かれる。
私は未成年で参加することはかなわず部屋に一人静かに過ごすだけ。周囲はとても静かなのに妙に胸の奥がざわついてあまり寝付けなかった。
公国にやってきたのは帝国第一皇太子と皇太子妃、第二皇子とその婚約者、第二皇子直轄の騎士部隊を護衛にした諸々、総勢十名。
友好的な空気なのに、どうにも落ち着かなかった。
この違和感は最悪の形で実現する。
* * *
「お嬢様」
執事長プロムスの青褪めた顔ですぐに悟る。
両親は来客用の部屋で毒を飲んで亡くなっていた。
「我が帝国に属するのを拒んでいたからな」
口角をあげ私を見下ろす男を見て、すぐにこの人間がやったことだと分かる。
父と母は昨日の晩餐会で属国了承の返事をしたはずだ。当初より不利な条件を出されたなら拒否もありえるけど、服毒自殺に及ぶとは考えられない。そもそも来客用の部屋で起きてる時点であからさまだ。
「兄上、昨晩の食事の席では了承を得ていたはずだが」
「ヴォックス、晩餐会の後に私と妻は夫妻に呼ばれてね。この部屋で我が国の提案を拒否してきたのさ。考え直すよう伝えた翌日がこれだ」
「とても拒否するようには見えなかったが」
「食事の席では我々を見て怖気付いたのだろう」
第一皇太子、この人だ。隣で同じように笑う皇太子妃も同じ。この二人が、両親を手にかけた。
「お待ち下さい」
「!」
背後から凛とした声が私にだけ囁かれる。
第二皇子の婚約者で女性騎士、元々は軍事に特化した公国に仕える身だったと聞いていた。
こちらを向かずに聞いてほしいと言われたので、第一皇太子と第二皇子の会話を黙って聞いている体で視線を外した。
「ステラモリス公のお怒り、どうかお納め頂きたい」
「なん、で」
「ステラモリス公のお考え通りの事が起きました。不甲斐ない私達に許しを」
「それは違、」
「いいえ、私達は抑止力として随伴しておりました。不覚です。ですが貴方は、貴方だけは生きている。どうかここは場をおさめ、ウニバーシタス帝国へ下って頂けないでしょうか」
応えられない。背後の女性を責めることはできないし、第一皇太子夫妻を今ここで許すのも嫌だった。
「ここで抵抗すれば貴方の命が危険に晒されます」
「そんなこと」
「貴方は公国の光です。公国の象徴を失う事が民にとってどれ程の損失かお考え下さい」
両親だって公国民のことを第一に考えていた。私も大切に思っている。
「生きていれば必ず好機がきます。どうか……生きて欲しい」
最後の言葉には私以外のことが含まれている気がした。この女性騎士の公国は、先代の皇帝が急襲し武力で制圧し戦禍に巻き込まれた国だ。
この女性騎士は大切な人を失ったのだろうか。私と同じで?
「貴方は?」
「ユースティーツィアです。ユツィとお呼び下さい」
「……ユツィさん、も、生きることを選んだの?」
「はい」
「……分かりました」
背後で息が詰まる。
同時、目の前で話す二人の会話の音が大きくなった。
「お前は黙っていろ」
「しかし兄上」
「私は帝国の王としてここにいる。私に全ての権限があるんだ」
「兄上」
「黙れ」
冷静そうに見える第二皇子も苛立ちを隠せなくなってきた。
「団長」
凛とする声が私の背後から第二皇子に届く。
私の肩にユースティーツィアの手が添えられた。ただ名を呼ばれただけで悟った第二皇子はぐっと歯の根を噛む。
「副団長」
「現在のステラモリス公は彼女だ」
「ふん、子供だが敬意を評し改めて話を聞いてやらなくもないぞ?」
「兄上!」
第一皇太子は笑う。この男の望むまま、私は帝国の条件を飲んだ。
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