なんとしてでも元の世界に帰りたい兄妹VSファンタジー

とりがら

第1話 願ってもない(意味:願っていない)

 突然だが、俺には遺産狙いで父さんと再婚したサキュバスの義母がいる。頭がおかしくなったわけじゃないし、夢の世界の話でもない。ここは現代日本で、一般家庭だ。サキュバスの義母がいる時点で一般家庭じゃねぇだろと思う人もいるかもしれないけど、少なくとも今のこの世界では一般家庭に分類される、と思う。


「あ、やっと起きたの?」

「……」

「顔洗ってきなさい。そしたら、もっとカッコよくなるから……♥」


 目を覚まし自分の部屋を出て一階に下りれば、サキュバスの義母が朝食をテーブルに並べていた。


 父さんは、遺産狙いだってことに気づいていないし、こいつがサキュバスだってことにも気づいていない。ちなみにこいつの恰好は乳首と股間を隠し、それ以外の肌は大体露出しているドチャクソエロい恰好で、再婚したから苗字は伊世になっているが、下の名前はサキュバス子。これだけでサキュバスだってわかるし、むしろサキュバスじゃなかったらなんだって言うんだよ。なんだよサキュバス子って。バカにしてんのか?


 サキュバスだってことは今ので十分理解できる。じゃあ遺産狙いってわかったのはなぜかと言えば、


「イサンイサンイサン。すごい寝ぐせね」


 笑い声が「イサン」だからだ。これで遺産狙いのサキュバスだってことが証明された。毎晩父さんを絞りつくして殺そうとしてるし間違いない。父さんがとんでもない精豪じゃなければ、とっくにうちにはサキュバス子に乗っ取られていた。


 サキュバス子に絆されるわけにはいかないから、無視して洗面所に向かうと、妹の麻衣がいた。今日も機嫌が悪そうで、そりゃサキュバスの義母がいて毎晩父さんとの遺産を巡るバトルを聞かされていたら機嫌も悪くなるだろう。


「おはよう、麻衣」

「おはよー……」


 麻衣は女の子だから、サキュバスが義母っていうストレスは俺よりデカいだろうなぁ。最近父さんまで嫌いになってきたみたいだし。ただでさえ父親が鬱陶しくなる時期なのに、そこにサキュバスの義母が現れたってなったらまぁ、無理もない。


 歯を磨いて顔を洗って寝ぐせを治し、髪を整えてリビングへ戻れば、にこにこした父さんとサキュバス独特のフェロモンを放つサキュバス子と、めちゃくちゃ機嫌が悪そうな妹がテーブルを囲んでいた。早くこの場から離れたいだろうに、父さんとサキュバス子が「ごはんを食べる時は家族そろっていただきますをしてから」という地獄みたいなルールを設けたせいで、俺が行くまで麻衣が離れられない。


 一刻も早く麻衣を助け出すために席について、手を合わせていただきます。もちろん俺と麻衣は速攻で食べ終えて、言わなきゃうるせぇから「ごちそうさま」と言ってから部屋にダッシュ。こんな家には一秒でも長くいたくない。それぞれ部屋に引っ込んだ俺たちは一瞬で制服に着替えて、二人そろって家を出た。


「……ま、いつも通りだよね」

「マジで夢なら覚めてくんねぇかな……」


 俺たちの家は住宅街にある。当然朝だから出勤する者、登校する者、色んな生物がいて当たり前。


 そう、生物。人間と言わないのは、生物っていう表現が正しいからだ。


 俺たちの視界に映るのは、エルフ、ゴブリン、オーク。その他異世界がお似合いな種族が、人間のようにスーツや制服を着て歩いている光景。

 そして、この世界は元々こんな世界じゃなかった。なのに、この異常に気付いているのは俺と麻衣だけ。


 世界は、現代日本の形を残しながら、異世界に溢れているわけのわからない状態になっていた。


 その原因は、3月。麻衣が俺の通っている高校に入学するその直前。亡くなった母さんにそのことを報告するために、墓参りに行った時のこと。






「お父さん、仕事ってほんと意味わかんない」


 母さんへの報告を終えて、最後に本堂へ挨拶するために歩いている道中。最近父さんに対してあたりが強くなった麻衣から漏れ出したのは、父さんへの不満だった。


 母さんは、2年前に病気で亡くなった。当時俺と麻衣は中二と中一。現実を受け止めるのに少し時間がいる年齢で、父さんは俺たちを支えながら、母さんが働いていた分も稼ぐために仕事人間になった。


 麻衣も心の中ではわかっていても、母さんの墓参りに「仕事で行けない」って言われたのは受け入れられないんだろう。ここで「父さんも仕事だから」って麻衣も自分でわかっているようなことを言っても鬱陶しいだけだから、「父さん、恥ずかしいんだろ。母さんのこと大好きだったから、俺たちの前で男の顔したくないんだろうぜ」と軽く返す。


「どうだか。お父さん、よく女の人にデレデレしてるし、私たちの知らないところでよろしくやってるんじゃないの?」

「いきなり知らねぇ人が義母になってるかもなぁ。もし意味わかんねぇ人だったら無視してやるか」

「……無視はかわいそう」


 ほら、いい子だ。麻衣が可愛くなって頭を撫でれば、「触んなゴミ」と手を弾かれる。照れ隠しにしては言葉が強いな……?


 そうやってじゃれ合いながら本堂に戻る。本堂を正面にして頭を下げて帰ろうとした時、ふと違和感を覚えた。というより、頭を下げる前にはいなかった女の子が目の前に立っている。


 年の頃は10歳あたりだろうか。真っ白な腰まで届く長い髪は日本人らしくなく、瞳は深い青。その瞳が点々と輝き、まるで宇宙のように見えた。

 直感した。この子は、人の姿をしているが人じゃない。もっと、何か、高次の存在。俺がクソ痛い中二病にかかっていなければ、それは間違いない。


その女の子は俺たちに見られていることに気づくと、口角を上げてにやりと笑う。


「貴様らの脳、覗かせてもらった。その願いは叶えた!」

「展開が早すぎんだろ。なんだって?」

「願いを叶える時って普通その願いを聞くフェーズがあるものだと思ってた……」


 願いは叶えた、なんていうとても信じられないような言葉を、俺と麻衣はすんなり信じた。いや、信じたくはなかった。なんだよ勝手に脳覗いて願い叶えたって。玉を7つ集めたら願い叶えてくれる龍はちゃんと願い事聞いてくれるぞ。


「貴様らは現代人らしく異世界が好きなようだからな」

「まさか、ここはもう異世界なのか?」

「いや、エルフとかゴブリンとかオークとか異世界っぽい生き物が社会の歯車を回すようになっている」

「思ってたのと違うんですけど」


 あれじゃねぇの? 異世界に転生もしくは転移して、すごい力を得て無双するとかそういうんじゃねぇの? エルフとかゴブリンとかオークとかが社会の歯車回してる世界って、異世界が好きなやつが想像する行きたい世界じゃねぇよ。現代社会にそんな生物がいたらただ恐怖でしかねぇじゃねぇか。


「安心しろ。その恩恵を受けられるのは貴様らのみだ。他の生物は、元々そういう世界だったという認識になっている」

「まだ体験してねぇけど、元の世界に戻してくれ」

「ふっ、そうかっかっかっかっかするな」

「かっかするなだろうが。どこをどう見たら笑ってるように見えるんだよ」

「貴様らは、母親を忘れられないように見える。家に帰ってみろ」


 麻衣と目を合わせ、言葉を発さずに家へと走って帰る。さっきの女の子、暫定神様が言ったことが本当だとするなら、母さんが生き返った!?


 早く! とせかす麻衣を追い越して家についた。鍵を差し込んで回そうとしてうまく回せず、痺れを切らした麻衣が俺を押しのけて鍵を回してドアを開く。


「ただいま!」

「母さん!」


 母さんとまた会える。その興奮と、色んな感情がぐちゃぐちゃになったまま母さんの姿を探せば、それはリビングから現れた。


「あら、おかえり。早かったわね♥」


 乳首と股だけ隠したほぼ肌色の、ドエロいダイナマイトボディの女が、俺たちの家にいて、俺たちを出迎えた。


 ドアを閉める。そして俺たちはまた全力疾走して神様の下へと向かった。


「なんだあの化け物は!!!!」

「なんだ、母親が欲しかったんじゃないのか」

「どう見てもサキュバスでしょアレ!!」

「ちなみに名前はサキュバス子だ」

「俺たちをバカにしてんのか!!」


 誰がサキュバスの母親を欲しがるんだよ!! 確かにドチャクソエロくて一瞬「ママ!」って言いかけたけど! よかったぜ、俺に理性ってやつが残ってて。理性がちぎれていたら今頃麻衣に絶縁されていた。クソ、想像はしてたけどサキュバスの魅力があんなものすごいものだったなんて……!


「今すぐ元に戻せ!」

「それはできない。元の世界に戻すには合計7人のファンタジーっぽい生物とめちゃくちゃ仲良くならないといけない」

「なんだそのめちゃくちゃな設定……」

「そして、その7人はこちらが設定している。仲良くなるのは1人ずつ、時が来ればそいつを見ればわかるようになるはずだ。そうだな、この7人を『エルドラド』とでも呼ぼうか」

「とってつけたようなファンタジーっぽい要素やめてくれません?」


 なんだって俺たちがこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ。なんだよエルドラドって。まだこの世界をちゃんと体験してねぇけど、理想郷どころか地獄だろうが。家に帰ったらサキュバスの義母って気まずいどころの騒ぎじゃねぇぞ。


「……ここで何言っても仕方ねぇか。本当にそのエルドラドってやつと仲良くなったら、元の世界に戻せるんだな?」

「約束しよう」

「わかった。帰るぞ、麻衣」


 神様に背を向けて、帰りたくない家へと歩き出す。


「あ、そうだ。貴様らが乗る電車は、1号車がゴブリン専用車両になっているから気をつけろよ」

「女性専用車両みたいなこと?」






 こうして俺たちは、現代社会でありながら異世界が存在するちぐはぐな世界を過ごすことになった。元の世界へ戻るための鍵は、神様が設定したらしい7人のエルドラド。バカみたいな話だと思っても、信じたくはないけどこれは現実だった。


「とりあえず、必要以上に仲良くならねぇようにするか」

「未練残っちゃうと嫌だからね」


 俺たち以外が異世界。日常であり非日常。非日常であり日常。

 これは、俺と妹が元の世界へ戻るために異世界を生きる奮闘記録である。

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