第356話 ほんの少しの敬意

 ホワイト家に攻め込もうとする敵の軍を打ち破って、とりあえず大きな課題が一つ片付いたというところだろう。とはいえ、まだ終わった訳ではない。敵の当主であるユミルが居る限りは、敵は次の策を実行するだろうからな。


 根っこを絶たないことには、本当の意味で問題が解決したとは言えない。だから、やるしかないだろうな。恐らくは、後で王女姉妹の手助けも求めることになるだろうな。相手の動きがあったとはいえ、家どうしの小競り合いだからな。


 それに、アイボリー家をホワイト家が支配するにしても、人材が必要だろうからな。まあ、その辺りのことは俺が考えても仕方ない。ルースにだって、当然考えがあるのだろうし。


 俺のやるべきことは、戦力に徹底することだ。変に自己判断すれば、大きな問題を起こすだろう。


「さてと、いよいよ本番だな。ユミルは、中心部に居るみたいだな。どうする?」

「私としては、いくらか頭を狩っておきたい気もするけれど。そうすれば、ルースさんが楽になるでしょ?」


 ミュスカの提案は、納得できるものではある。戦後の統治に人が必要だとはいえ、明確な敵は殺しておいた方が後が楽だろうな。


 とはいえ、無軌道に殺してしまえば、色々なところで困るだろう。少なくとも、感覚で殺すのは論外だよな。


「なら、相手の動きを探らないとな。少しくらい、時間がかかりそうだ」

「大丈夫、私も手伝うから。ふふっ、驚くんじゃないかな?」


 ミュスカが微笑みながらこちらに手を向けると、急に視界に別の景色が映った。家の中の様子に見える。イメージとしては、ホログラムに近いのだろうか。とにかく、空中に別の映像が映っているような感覚だな。


 その気になれば、ミュスカは人の視界を乗っ取ることができる訳だ。無関係な場所の映像を見せて、混乱させたりとかな。応用の幅が広そうで、恐ろしい魔法と言える。


 とはいえ、今は調査が楽になるだけだろうな。さて、どうやって当たりをつけたものか。


「これは……。アイボリー家の中の光景か?」

「そうだよ。レックス君の魔力を通して、視界を映してみたんだ」


 なるほどな。転移のマーカーや罠の実行のための土台として、アイボリー家の全域に俺の魔力を侵食させておいた。それを通して、アイボリー家の中を映像として出力しているのだろう。


 俺は、そこまでハッキリと魔力の周辺を探知できていた訳ではなかったのだが。なんとなく感覚で魔力の周辺の動きが分かるという程度。いつの間にか、ミュスカはとんでもない魔法の技術を身に着けていたみたいだな。


「俺でもできないことを、よくもまあ。俺の魔力だというのにな」

「ふふっ、魔力奪取ブラックシーフの応用だよ。人の魔力を自分のものみたいに使う、ね」


 確か、敵の魔力を奪って自分のものにして、それを攻撃に使う魔法だったはずだ。とはいえ、以前はカウンター技みたいな能力だった気がする。敵が撃ってきた魔法を吸収して、自分の魔力も足してぶつけるみたいな。


 今のミュスカは、全然違う技を使っているようにすら思える。ただ、今ウソを付く理由もないし、大きく成長したんだろうな。


「その割には、俺の魔力が奪われている感覚がないな。使い方次第では、メチャクチャできそうだな」

「こっそり、レックス君のふりをして誰かに攻撃できたりしてね。なんて、ね。そんな事をしたら、レックス君に嫌われちゃうよ」


 そんな事を言いつつ、アイボリー家の中にあるものを動かしてこちらに見せてくる。その中には書類もあり、誰がどういう指示を受けているのかが分かるものもあった。


 ということで、狙うべき相手は分かったと言える。ただ、顔と名前と居場所を一致させる作業が待っているんだよな。そこも面倒なところではある。まあ、犠牲を減らすための手間を惜しむべきではないよな。いくら敵を殺すのだとしても、理性的でいたいところだ。


「できないとは言わないんだな。しかし、書類まで動かせるのか。密偵も思いのままなんじゃないか? 侵入する必要すらないじゃないか」

「ほら、重要人物は分かったでしょ? 後は、私が終わらせてあげるね」


 ミュスカがそう言うと、明らかに存在を感じなくなった人が居た。場所によっては混乱が起きている。察するに、目の前の人が消えるという異常事態に困惑しているのだろう。駆け回る人や倒れる人、人が居た場所をずっと叩いている人も居る。


 というか、さっきまでの時間で顔の特定まで済んだのか。恐ろしい話だ。いくらでも重要人物を暗殺できる怪物が生まれる瞬間を目撃しているのかもしれない。


「確かに、何人かの気配は消えたな。さっきやっていた、体ごと魔力を奪うやつか?」

「そうだね。ユミルも、このまま倒しちゃおうか」


 ミュスカは笑顔でそう語る。俺が頷けば、実行するのだろうな。ただ、俺の中には迷いがあった。


「最後の言葉すら残せないのは、少し可哀想だな。なんて、ただの自己満足か」

「それも、レックス君の優しさだと思うよ。じゃあ、目の前に転移する?」

「まあ、相手の顔くらい見てから終わらせるとするか」


 ミュスカが頷いたので、ユミルの目の前に転移していく。そうすると、ユミルは目を見開いていた。腰を抜かしそうになっていたが、落ち着いた顔でこちらに話しかけてくる。


「……レックス君。どうやってここに? いや、手段を聞いても仕方ないね。まったく、勝ち戦だと思ったのだがな」


 まあ、目の前に敵が現れたのなら、詰みだと思うよな。アイボリー家に侵入するには、相応の手段が必要なのだから。とはいえ、俺の転移を知らなかったのか。知っていたら対策されていたのだから、ありがたいことではあるのだが。


「そう言うってあたり、魔法使いとしての練度は低そうだね。ルースさんひとりにひっくり返される程度の策なんだもん」

「まあ、そうか。俺やミュスカでも、ひとりで対処できただろう戦力だからな」

「……は? 何を言っている……? まさか、我が軍も……?」


 明らかに困惑した様子で語っている。まあ、ひとりで軍勢をまとめて殺せるというのは、この世界でも異常事態に入る方ではあるからな。


 ユミルの策は、圧倒的な強さの魔法使いさえ居なければ有効だったのだろう。カールに暴走させてホワイト家をガタガタにし、その後にアイボリー家がホワイト家を支配する。ルースがただの小娘だったのなら、詰んでいたのだろうな。


 ただ、俺やミュスカというイレギュラーが居たから、あっけなく終わる。そう考えると、とても残酷な話だ。


「連絡も取れていない様子みたいだな。なら、今がどういう状況かは分かっただろう?」

「レックス君が現れた時点で、察していたともさ。では、さようならだね」


 ユミルがそう言って笑うと魔力が膨れ上がって、ユミルの体が弾け飛んだ。防御魔法を貫かれはしなかったが、天井にも壁にも大きな穴が開く程度の爆発だった。せめて相打ちに持ち込もうとしていたのか、あるいは敵の手にかかるくらいならという判断だったのか。


 いずれにせよ、俺が戦ってきた敵の中では、ちゃんとした敵だったと言える。少しくらいは敬意を払えるような。まあ、ルースの敵である限り、仲良くなる道はなかったのだが。


「自爆か。面倒なことをされたものだ。ホコリが口に入ったりしていないか?」

「大丈夫。ルースさん達も順調みたいだけど、戻って手助けしよう?」

「ああ。さっさと終わらせて、また日常に戻りたいものだな」

「アイボリー家の後始末もあるし、時間はかかりそうだけれど。でも、私も楽しみだよ」


 ミュスカの笑顔を見ながら、俺達の言葉を現実にするために動き出した。ルースに手を貸してカールを討ち取れば、ひとまずは終わりだ。その後も大変だろうが、また穏やかな日常を過ごすために、全力を尽くす。そう決意して、魔力を込めた。

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