第326話 カミラ・アステル・ブラックの答え

 あたしの家に、傭兵たちが襲いかかってくることになったわ。まずは、あたしが敵を皆殺しにしてやったの。むかついてたし、その感情を叩きつけるためでもあったわ。


 やっぱり、バカ弟を攻撃しようとするやつなんて、死ぬべき。そう思っていたわ。あたしの大事な大事な弟なんだもの。傷つけようとするやつなんて、居なくなればいいのよ。


 そうやって敵を殺していくと、これまでに切ってきた時とは違う感覚があったわ。


 なんというか、胸の奥が熱くなるような。あたしの心が、燃えたぎってくるような。剣を振るたびに、魔力を込めるたびに、力がこもる。そんな気分になったのよ。


「ふふっ、バカ弟の敵を切り捨てていく感触、悪くないわ」


 いつもより、本気で取り組めている。ザコ相手なのに、退屈だとは思わなかったわ。バカ弟と戦っているときとは違うけれど、確かな高揚感があったの。


 バカ弟の顔を頭に思い描くだけで、全身全霊のさらに先に進めているような感じよね。それで、実感したことがあるわ。


「やっぱり、あたしはお姉ちゃんなのよね。弟のために戦うのだもの」


 バカ弟のことを思って戦う。そんな日が来るなんて、思っていなかったわ。あたしは、あくまであたしが強くなるために、バカ弟をギッタンギッタンにしてやるために強くなるつもりだったもの。


 でも、バカ弟を大切に想う気持ちは、確かにあったのよ。まあ、当たり前ではあるわよね。愚かで情けなくて、それでも可愛い弟なのだもの。ずっとあたしを大切にしてきた、ね。


 あたしの剣も、バカ弟に贈られたもの。ずっとずっとあたしの力になってくれた、大事な剣よ。雷閃サンダーボルトは、他のどんな剣よりもあたしの手に馴染む。それって、バカ弟の気持ちの証だものね。


 今だけは、ありがとうって言いたいわ。レックスのおかげで、満たされているのだから。この剣は、ずっと大切にするわ。きっと、折れてからもね。


 あくまで武器だから、使えなくなったら代わりを用意する。でも、きっとバカ弟以外には、いい剣なんて作れないわよね。そう思うわ。


 だからこそ、今は雷閃サンダーボルトを使い込みたいわよね。もっともっと、使いこなせるように。


「もっともっと、殺さないといけないわね。バカ弟に、もう手出しされないように」


 あたしの剣の、サビにするためにね。この剣が血で染まるのは、あたしの想いの証なのよ。バカ弟を、傷つけさせないっていうね。


 なんだかんだと言いながら、あたしはレックスが大好きなのよ。それは、間違いのない気持ちよ。ずっと、そばに居るんだから。大切な弟として、ずっとね。


「ほんと、バカ弟は泣いて感謝していいのに。良いお姉ちゃんを、持ったものよね」


 こんなに弟を愛する姉なんて、きっと居ないわよ。バカ弟の敵は、絶対に許さない。そう思っているんだもの。殺しが苦手なバカ弟の代わりに、殺してあげてもいいって思えるもの。


 なんて、良い姉なのかしら。もちろん、バカ弟だって悪い弟じゃないけど。だからこそ、大事に思っているのだもの。


 バカ弟のために戦う。そんな事をしてくれる姉なんて、他に見つからないんじゃないかしら。なんてね。


「それにしても、力がみなぎってくるわ。ただ敵を殺してきたのと、違う」


 これまでより、ずっと強い力を叩きつけている実感があったわ。バカ弟のためにって思うと、力が湧いてくるの。こんな感覚、知らなかったわ。


 姉の愛って、本当に強いものよ。こんなに愛してくれる姉なんて、最高でしょ。ね、レックス。


「この調子で進めば、何かが手に入れられるかもね」


 その感覚を忘れないように、あたしは訓練を続けていたわ。バカ弟の笑顔を、苦しむ顔を、悲しむ顔を、そして、あたしに抱きしめられて安心する顔を思い描きながら。


 単純なことだけで、これまでよりも出力が上がったの。目の前の的を切ることに集中しているのに、バカ弟のことで頭がいっぱい。そんな不思議な気分を味わってもいたわ。


 それで、実力を試そうと思っていたのだけど。次の機会は、メアリに奪われちゃったわね。ま、いいわ。敵は無惨に死んだんだから、目的の半分は達成できていたもの。


「バカ弟に逆恨みするなんて、間抜けよね。傭兵なら、依頼は選ぶべきなのに」


 偽情報で釣られる時点で、傭兵としては間違っているのよ。死ぬのなんて、所詮は自業自得。勝つための状況を整えられなかったのが悪いだけ。


 かつてのあたしだって、バカ弟に助けられなければ死んでいたわ。でも、戦いってそういうものでしょ。弱いことは、罪なのよ。それを逆恨みして、挙げ句に死ぬ。バカバカしいものだわ。


「ま、いいわ。あたしはバカ弟の敵を代わりに切ってやるだけ。それだけよ」


 単純なことよ。バカ弟を守る。そのために戦うのよ。バカ弟の敵は、あたしの敵。そんなの、いまさら考えるまでもないわ。


 あたしは、バカ弟が好き。他のどんな人よりも。それだけは、確かなんだから。


「あたしの魔力は、この気持ちに応えてくれるわ。何よりよね」


 その力を、いずれバカ弟に思い知らせてやるのよ。あたしがどれだけ強くなったのかを。あたしの想いが、どれだけのものなのかを。


 だから、立ち止まってなんていられないわ。くだらない問題なんて、さっさと終わらせてしまいましょう。


「この調子で、もっと強くならないとね」


 そうして訓練を続けながら、黒幕が明かされるのを待っていたわ。その結果は、ベージュ家が黒というもの。だから、あたしはバカ弟と一緒に戦いに行ったわ。そして、あたしの敵を殺してやったのよ。


 この胸に宿る愛と怒りと反骨心を、全部叩きつけてやったわ。そうしたら、見えてくるものがあったの。


「バカ弟の敵は、片付いた。後は、バカ弟との時間を取り戻すだけよ」


 バカ弟と、もう一度戦う。その興奮だって、あたしの力を高めてくれた。だから、見えていたのよ。バカ弟を打ち破る未来が。それを確かなものにするために、あたしはバカ弟とぶつかる必要があったのよ。


「この感覚があれば、届くかもしれないわ。待っていなさいよね」


 そうして、バカ弟と戦ったわ。結果は、負け。でも、確かな手応えがあった。今は制御しきれないけれど、暴れ狂う力を。


 あたしが目指す剣技の形は、はっきりとした映像として見えたのよ。


「見えた。あたしと魔力が、ひとつになる道が」


 魔力を自分に溶かし込む。闇の魔力も、つまりバカ弟の魔力も取り込んで。あたしと魔力が溶け合って、その先の一撃は、きっとバカ弟にも通じる。そんな気がしたのよ。


「剣と魔力とあたしが混ざり合えば、バカ弟にも届くはずよ」


 あたしそのものが、剣技。そんなものよね。あたしは雷で剣で、それを振るう身体。本来別々のものであるものを、ひとつにする。そうすれば、きっとどんなものでも切り裂ける。


 だから、バカ弟だってあたしに屈服するでしょ。あたしが笑っているのは、鏡を見なくても分かったわ。


「バカ弟のことを考え続けるだけで、こんなにも魔力のことが分かる。面白いものね」


 心のすべてが、バカ弟で埋まっていた。それくらいには、バカ弟のことを考えていたんだから。ほんと、愛情深い姉よね。自慢していいわよ。


「さて、この感覚を忘れないようにしないと。そうよね、バカ弟」


 そして、あたしはバカ弟に勝つ。そうして泣かせて、抱きしめてあげる。甘やかしてあげる。どんな女よりも、愛してあげるわ。


「あんたをギッタンギッタンにして、あんたにあたしの全てを刻み込んでやるわ。骨の髄まで、全部にね」


 あたしそのものを、あんたに刻み込むのよ。あたしが溶け合った魔力を、あんたの体に刻み込んでね。


 つまり、あたし達はひとつになるの。泣いて感謝しなさいよね、レックス。

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