第211話 ミルラ・ティーナ・オレンジの野望

 私はレックス様の右腕となるべく、彼に求められました。ですが、今の私はそれを実現できているとは言い難いのです。レックス様は、ブラック家の安定を求めていました。そして、身の回りの平穏を求めていました。


 ですが、私には叶えることができなかった。あまつさえ、足を引っ張ってしまったと言えるでしょう。それもこれも、私の選定した人員であるところの、グレンとダルトンのせいで。


 もちろん、選んだ私の責任は大きいです。というか、許されることではないでしょう。ただ、レックス様は私を慰めてしまう。私に失望するのでもなく、私を責めるでもなく。レックス様は、かつての口の悪さからは程遠いほどに、お優しい人です。


 だからこそ、私は彼の役に立たなくてはならないのに。彼への恩に、優しさに、報いるためにも。でも、そうできなかった。


「今回の件は、完全に私の失態です……」


 グレンとダルトンが死ねば解決するのなら、どれほど楽だったでしょうか。ですが、そうではない。ならば私は、さらなる活躍によって挽回しなくてはならないのです。レックス様のおっしゃったように。


 責任を感じて役職を退くことも、自刃することも、レックス様は喜んでくださらない。だからこそ、安易な手段を取ることはできないのです。彼の笑顔を見るためにも。


「今のままでは、レックス様に尽くすものとして、失格でしょう」


 何よりも、実績が足りていない。私にあるものは、アカデミーで優秀な成績を収めたという評価のみ。そんなものは、単なる称号でしかないのです。本当に必要なものは、レックス様の役に立つことなのですから。


 ハッキリ言って、私は何度も失態を犯してきました。今回の件はもちろんとして、アストラ学園でアイクの暴走を防げなかったことも、学校もどきでクロノの動きを察知できなかったことも。


 ですから、本来ならば信頼など失っていてもおかしくないのです。むしろ、当然のことでしょう。でも、レックス様は違う。


「彼は私を見捨てたりしない。だからこそ、愚かなままではいられないのです」


 そう。最初は、魔法を使えなくても評価してくれる方でした。それだけでした。ですが、今は違うのです。私は、彼を大切に思う者のひとりなのです。どんな手段を使っても、彼の笑顔を見たい者なのです。


 ならば、私はレックス様の望みを叶えるために、どんな手でも使うべきでしょう。たとえ、屈辱を味わうとしても。レックス様に、重用されなくなるとしても。他の誰かに、秘書の座を奪われるとしても。


 それこそが、私の果たすべき責任なのです。本音では、嫌です。私は、レックス様に必要とされたい。大事にされたい。頼られていたい。ですが、私は失態を重ねすぎました。今の私に必要なものは、何が何でも結果を残すことなのです。


 だからこそ、自分の強さと弱さを知っておく必要があるでしょう。各種の失態を分析すれば、出てくる答えは単純です。


「数字として人を操ることは得意でも、個人を相手にすることが弱い。それが、今の私」


 その弱点が分かったのなら、対策するのが当然のこと。私は、分析しただけで満足する愚か者ではいられないのですから。レックス様を幸福にするためにも、全身全霊をかけて努力するべきなのです。


「なら、もっと人を分析するか、あるいは得意な人の手を借りるか、ですね」


 とはいえ、私には経験を積み重ねるだけの余裕はない。それなら、できる対策は限られてきます。つまり、外部から補強すること。知識であれ、人であれ。そうなると、考えが浮かんできます。


「やはり、アカデミー時代の友人も利用するべきでしょうか」


 友人として、仲良くしてきたつもりの相手はいます。そして、相応に優秀なのです。ならば、利用する価値がある。友人として大切ではありますが、レックス様には負ける。ならば、私の取るべき手段は決まっています。


 どうあっても、レックス様のために利用する。そうですよね。友情より愛情と言いますもの。いえ、私の抱えている感情が恋愛感情とは限らないのですが。レックス様は異性ですし、魅力的ではあります。それでも、まだ子供でしかないのですから。


 いえ、彼を軽んじるつもりはありません。ただ、レックス様にとって、私は頼れる人のひとり。それを歪める感情なら、持つべきではないでしょう。それだけの話です。


 とはいえ、友人の数は多くありません。今でも連絡を取れる関係ではあるものの、重要な仕事についている者も居るようですし。


 私の母校であるスヴェルアカデミー出身の人間は、良くも悪くも能力が偏っています。ですから、吟味したいところではあるのですが。


「アカデミー自体に働きかけることは、有効ではないでしょう」


 いくら優秀な成績を収めていたとはいえ、私はただの生徒でしたから。アカデミーに大きな力を働かせることはできません。そうなると、個人としての付き合いがある者に限定されるでしょう。


 ただ、友人だからといって、誰でもいい訳ではない。そこは、しっかりと線引きをしないと。


「前提として、レックス様のためにすべてを捧げる者でないといけません」


 とはいえ、誰もがレックス様の魅力を理解できる訳ではありません。私にとっては最高の主ですが、他の人間にとっては違うこともあるでしょう。だからこそ、選び方を考える必要があるのです。


「そうですね。必ずしも、レックス様に心酔する必要はないでしょう」


 レックス様のために人生を捧げるだけでいいのです。理由が何であったとしても。そう考えてしまえば、後は簡単ですね。


「弱みでも何でも利用して、レックス様のために使い潰してもいいのです」


 結果的に、レックス様の役に立てばいいのです。私の友人だとしても、レックス様にとって大切な人間ではない。ならば、情を抱かせなければ済むのです。だって、親しくもない誰かが苦しんでいたとしても、気づかないのなら無いのと同じなのですから。


 レックス様は、身近な人が傷つけば悲しむ方。それは間違いありません。ですが、それだけなのです。あらゆる人類の苦しみを憂う方では無いのですから。当然ですよね。レックス様は聖人でなどない。だからこそ、仕える意味があるのですから。


 だから、レックス様に見えない犠牲なら、どれほど多くてもいいのです。どれほど苦しめようと構わないのです。


「それだけなら、レックス様に反骨心を抱く可能性はありますね」


 私を恨むだけなら、大した問題ではないのですが。ただ、レックス様の足を引っ張られてしまえば困りますよね。


「ああ、ちょうど良いものがありました。以前集めたならず者を、『下』として流用すればいいでしょう」


 そう。自分よりも苦しんでいる人が居る。自分よりも立場が低い人が居る。そんな物差しのために、使い潰せばいいのです。なんて簡単な解決策なのでしょうか。


「自分より下がいる。八つ当たりをしてもいい。それなら、誰に敵意を向けるでしょうね」


 下に怒りを叩きつけて、それで満足するのではないでしょうか。なにせ、魔法も使えないただの弱者ですから。私のように、レックス様に守られてもいない、本当の弱者。なんて都合の良い存在でしょうか。


「さて、そうと決まれば用意をしないと……。まずは、食事にでも誘ってみましょうか」


 まずは、友人との再会を喜ぶ人間として。それから、流れに合わせればいい。レックス様を慕うのならばそれでよし。違うのならば、無理矢理にでも。良い案が浮かんだものです。自分で自分を褒めたいですね。


「待っていてくださいね、レックス様。このミルラの人生は、すべてあなた様のために」


 ですから、ずっと私のそばに居てください。それだけで、私は報われるのですから。

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