第206話 命の価値
ストリガが殺されてから、明らかにブラック家に漂う空気が悪くなっている。まあ、当たり前のことではあるが。特に最近やってきた人達が顕著で、俺に疑いの目を向けてくる相手も多い。仕方ないと分かっていても、腹が立つ部分はあるな。
とはいえ、親しい人達は俺を疑っていない。それがあるから、俺は立っていられる。やはり、大切な人が居てくれる限り、俺は大丈夫だ。
ただ、誰が犯人なのかは、できる限り早く明らかにしたい。俺の能力で、どこまでできるかが問題ではあるが。極端な話、闇の魔力を人の頭に侵食させれば、思考を読める気がするんだよな。まあ、本当に最後の手段ではあるが。失敗したら、相手は廃人か死ぬかだからな。
そうなると、俺に取れる手段は少ない。各々の部屋に魔力を侵食させるという手もあるのだが、その証拠が信頼されるかは別問題だ。俺が罪をでっち上げたと疑われそうなんだよな。
さて、どうするのが良いだろうか。学校もどきでクロノが事件を起こした時は、周囲が俺を信じてくれていた。今回は違う。その差が、思っていた以上に大きいと実感させられる。
「レックス様、疲れているようですね。少し、休まれてはどうでしょうか」
「ご主人さまが困っているのなら、それはダメなんですからねっ」
事件について考えていると、メイド達から声をかけられた。やはり、悩んでいる部分はあるのだろう。だから、顔に出ていたということだ。ただ、いま休んでいる余裕はないんだよな。ミルラやジャンだって、必死で動いているのだし。
「いや、大丈夫だ。今は問題を解決しないと。お前達も、状況は理解しているだろう?」
「そうですね。ですが、良くも悪くも、ブラック家では珍しくありませんでしたから」
「わたしだって、前には死にかけましたからねっ。確かに、よくあることですっ」
俺が居る時にも、誰かを処刑しただの暗殺しただので、家族が集まっていたからな。それを思えば、人死など珍しくはないのは分かる。アリアもウェスも、俺より死が身近なんだろうな。
やはり、この世界は前世より命が軽い。悲しいことではあるが、世界を変えようというつもりはない。俺は、親しい人だけが幸せで居てくれたら満足なんだ。ただ、原作の事件には関わる必要があるだろう。そして、結果的に世界が変わる可能性がある。それ以上の興味はないが。
前世でだって、知らない人が知らないところで死んでいることに、いちいち心を痛めたりはしていなかった。だから、今の考えで良いんだ。そもそも、個人に世界を変えることなどできないだろう。そのはずだ。
だからこそ、親しい人だけは全力で守る。それが、俺にできる最大限だよな。
「お前達に何かあったら、俺は生きていけないからな。できるだけ早く、犯人を見つけたいんだ」
「ありがとうございますっ。でも、心配しないでくださいっ。わたしたち、結構強いんですよ?」
「そうですね。身を守る術くらいは、心得ておりますから。これでも、ブラック家で生き抜いてきたんですからね」
「なら、良いが。自分の身は、大事にしてくれよ」
とりあえず、メイド達は大丈夫そうだな。少なくとも、精神面では。人が死んで傷ついているとか、心を追い込まれているとか、そういうことは無い様子だ。
再び思考に戻ろうとすると、また声をかけられる。今度は、カミラとメアリだ。ふたりで居るあたり、ある程度の関係はできていそうだな。少し、安心できた。俺の居ないところでも、仲良くしてくれているようだ。
「お兄様、メアリにも手伝えることはあるかな?」
「こんなどうでもいいことに、時間をかけるんじゃないわよ」
あんまり、事件には関わらせたくないんだよな。人の死を見る機会なんて、少ない方が良い。いや、もう何度も見ているか。父が誰かを処刑する姿は、メアリやカミラも見ていたものな。
それなら、あまり遠ざけなくても大丈夫か? いや、慣れることはあったとしても、苦しさは感じるはずだ。だったら、俺が代われる分の負担は、代わってあげたい。
「メアリは、あまり知らない人に近づかないようにしてくれ。姉さんは、その辺は大丈夫だよな?」
「分かったの。変なことする人は、やっつけちゃうんだから!」
「誰に聞いているのよ。誰が犯人だろうと、あたしの敵じゃないわ」
恐怖に震えていないのなら、少しは安心できる。とはいえ、ふたりが巻き込まれないのなら、その方が良い。実力的には、容疑者が束になっても勝てないのがメアリとカミラだとはいえ。
誰かに襲いかかられるのも、人を殺すのも、精神の負担になるだろうからな。できることなら、苦しさなんて知らずに生きていて欲しい。そう思うのは、家族として当然だよな。
「ふたりがケガをしないのなら、何も問題はない。そう思っていてくれ」
「ありがとう、お兄様。でも、メアリは大丈夫なの」
「そうね。あたし達を傷つけられる相手は、そうは居ないわ」
「ふたりが強いことは知っているよ。でも、油断はしないでくれよ?」
「もちろん! お兄様と、ずっと一緒に居るんだから!」
「はいはい。何度も何度も負けたりしないわ。もう、気を抜いたりしない」
カミラは、一度死にかけたことがあったからな。それを俺が助けた。だから、本当に気を抜いたりしないはずだ。今回だけ油断しなければ良いというものではないからな。カミラの姿勢が、メアリにも良い影響を与えてほしいものだ。
ふたりとも別れて、また考え事に移る。そうしたら、また声をかけられた。今度はフェリシアだ。この感じからすると、俺は気を使われているのだろうな。沈んでいないかとか、悩んでいないかとか。
「フェリシア、悪いな。面倒事に巻き込んで」
「いえ、お気になさらず。わたくしとしては、面白いものを見れたと思っておりますもの」
人が死んでいるのに、平気で面白いという。そのあたりは、どうしても理解できない。だが、構わない。お互いが理解しあうことよりも、理解できないままでも協力することの方が大事なはずだ。それに何より、フェリシアは俺が人殺しを嫌っていると理解している。だから、問題ないだろう。
きっと、フェリシアが殺すような状況は、他に道がない時だろう。そう思える程度には、信じているんだ。
「そうか。なら良いが。引っかき回すのは、やめてくれよ?」
「もう、わたくしを何だと思っていますの? いくらレックスさんをを困らせたくても、限度がありますわ」
普段は困らせようとしているのは、認めるんだな。まあ、別に良いが。本気で嫌がることはしないでいてくれる。その程度の信頼はあるんだ。
「それは悪かったな。お前には言うまでもないかもしれないが、身の安全には気をつけてくれよ」
「もちろん。レックスさんのパートナーとして、相応の行動をしますわよ」
「なら、安心だな。お前がパートナーでいてくれて、ありがたいよ」
「まあ、珍しいこと。女を口説く快感に目覚めましたの?」
またこれだ。そんなに女たらしに見えるか? 親しい相手が女の人ばかりというのは、まあ否定できない。だが、口説いているつもりはないんだが。というか、男女の付き合いを考える年齢でもあるまいに。まだ早いぞ。俺にも、フェリシア達にも。
「そういうことではないが。言える言葉は、言えるうちに言っておかないとな」
「なるほど。では、今の言葉は本心と。良いことを聞きましたわね」
それから、フェリシアは鼻歌を歌いながら去っていった。事件を調査するために、改めて気合を入れ直していると、ジャンが駆け寄ってくる。
「兄さん、大変なんです! 今度は、マリクまで殺されたようなんです!」
少し、気が遠くなりそうな感覚があった。もはや俺は、平穏な生活などできないのではないか。そんな考えまで浮かぶくらいだった。
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