第203話 モニカ・エーデル・ブラックの罠
レックスちゃんの母として、わたくしは息子を守るべき。そう理解していても、心が付いてこない。そんな状況に、しばらくは悩んでおりましたわ。ただ、今のままではダメだと理解する瞬間がやってきたのです。
それは、王家から使者がやってきたことから始まりました。続いて、旦那だった人の弟、シモンさんとその息子がやってくる。
つまり、何もしないで指を咥えて見ていたら、レックスちゃんは遠くに行ってしまう。そう、心の底から理解できたのです。
何よりも恐ろしいのは、レックスちゃんと離れ離れになること。そう感じているのは、レックスちゃんを大切に感じ始めてからずっと。だからこそ、わたくしは動き始めなければならなかったのです。
「レックスちゃんに、王家の手が伸びています。これは、大変ですわ」
親戚であるチャコール家の優先順位は、ハッキリ言って低いもの。どうせ、実力も権力も、人望さえも持ち合わせていないシモンさんですもの。何を企んだところで、限度が知れているのです。
それよりも優先すべきは、王家にレックスちゃんを奪われないようにすること。なにせ、王女であるミーア姫もリーナ姫も、レックスちゃんとは親しいようですから。それに、わたくしの旦那だった人が死んだことによって、距離を縮めたとも聞きますから。
つまり、王家はレックスちゃんに好意的に接しているのです。おそらくは、国王であるアルフォンスさんも。レックスちゃんの力を知って、引き込もうとするなど当然のことなのですから。
王家が知っているかは怪しいですが、レックスちゃんはただ強いだけではないのです。わたくしに使ってくださった美容魔法。それが、証明。ずっと若さを保つ魔法など、どんな女だって求めるでしょう。目端の利く人間なら、応用の手段だって考えるでしょう。
運用方法次第では、老将を全盛期の体に戻すことすらできるかもしれません。そんな事が知られてしまえば、王家は絶対にレックスちゃんを手放さない。つまり、私はレックスちゃんを失ってしまう。
「もしレックスちゃんを奪われでもしたら……。すぐにでも、動かないと……」
だからこそ、まずは王家の情報を集めることに決めましたわ。そのためにちょうど良い相手も、傍に居る。程々に愚かで、脇の甘そうな相手が。ちょっとおだててやれば、口を滑らせそうな存在が。
もちろん、ひとりから情報を集めて満足するわたくしではありません。これまでブラック家として動かしてきた人員も、最大限に活用するべきでしょう。王家に潜り込ませた密偵なんて、ちょうど良い存在ですわよね。
「そうですわね。まずは、情報を集めませんと。幸い、わたくしは今でも美しい。それを利用すれば……」
そうして、マリクさんに対して誘惑を仕掛けた。幸い、軽く褒め言葉を与えるだけで、簡単に情報を漏らしてくれました。あるいは、わたくしに惚れているのではないかと思うほど。
本当に、都合の良い相手です。どこまでも情報を引きずり出して、出がらしになったら捨ててあげましょう。
そう考えていると、レックスちゃんはわたくしを心配してくださったようでした。わたくしの部屋に訪れて、様子を見てくれたのです。
良い機会でしたから、前から望んでいたことを実行しました。親子として、一緒にお風呂に入ることを。レックスちゃんは、わたくしの髪を、とても優しく洗ってくださいました。少し未熟ではありましたけど、だからこそ心が満たされたのです。わたくしのために、全力を尽くしてくれている。そう伝わりましたから。
「本当に、レックスちゃんは素敵だわ。わたくしを、どこまでも大切にしてくれますもの」
そんな相手など、これまでのわたくしの人生では、ひとりも居なかったのですもの。だから、絶対に離れたくない。それだけが、わたくしのすべて。
わたくしを大切にしてくれるレックスちゃんがいる。それだけのことが、胸に温かさをくれるのだもの。なら、どこまでも求めるのは、当然のことじゃない。
「マリクさんもシモンさんも、最大限に利用させてもらわないと。わたくしとレックスちゃんの未来のために」
そう。マリクさんもシモンさんも、それ以外の男も。わたくしとレックスちゃんが幸せになるための踏み台でしかないのです。
だから、わたくし達がより高くへ登れるように、良い足場になってくださいね。
「レックスちゃん以外に好かれたところで、嬉しくはないですわ。でも、都合が良いのです」
他の男を利用するだけで、レックスちゃんが私を見てくれる。素晴らしいことじゃありませんか。わたくしが苦しんでいないか、心配してくれる。あるいは、嫉妬してくれるのかもしれない。そんなの、最高ですもの。
「そうよ。レックスちゃん以外の男なんて、ただの道具に過ぎませんもの」
わたくしを好きになったところで、報われることはない。哀れなものですわ。でも、それが役目でしょう? わたくしを幸せにできるのだから、感謝してほしいくらい。あなた達のすべては、わたくしが使い潰してあげますからね。
「ふふっ。レックスちゃんに尊敬してもらうためにも、頑張りましょう」
仕事ができる女だと思われることは、きっと素敵なこと。だって、わたくしに頼ってくれるということですもの。信じてくれるということですもの。それ以上の喜びなんて、ありまして?
「わたくしは、何があったとしてもレックスちゃんとは離れたりしないわ。そのためにも、もっと……」
もっともっと、利用できる存在を増やしていきましょう。わたくしの美貌を利用して。男というのは、単純なものですから。ただ美人に褒められただけで、都合良く動くだけの存在なのですから。もちろん、レックスちゃんは違いますけれど。
だから、皆わたくしのために踊ってくださいな。そうすることで、レックスちゃんとの距離が縮まるのです。そして、きっと……。
「いつか、レックスちゃんがわたくしの愛を受け入れてくれるまで」
ただ、今すぐというのは無理でしょうね。レックスちゃんは、わたくしを母として愛しているだけ。女としてではないもの。だから、距離を詰めすぎると避けられてしまうでしょう。そんな未来は、訪れないようにしないと。
「焦りすぎてはダメよ。役立つところを見せて、少しずつ距離を縮めていって……」
そう。レックスちゃんの日常に、少しずつわたくしを埋めていく。そうすることによって、だんだん女として見てもらう時間を増やしていくのよ。
わたくしが女であることは、レックスちゃんだって理解しているもの。わたくしを見る時に、照れる瞬間だってあるのですから。だからこそ、必ず機会はやってくるはずよ。その瞬間のために、今は土台を固める時。
そうよ。わたくしは、待てる女。これこそが、オトナの魅力というものですわよ。その魅力をもってして、レックスちゃんの心を射止めてみせますわ。わたくし自身の弱さを利用してでも。レックスちゃんと結ばれない未来への不安を利用してでも。
「きっとレックスちゃんは、わたくしの苦しみに寄り添ってくれますものね」
だから、幸せな未来が訪れることは、決まりきっているわ。その日を待ちながら、今は親子の愛を深めていきましょう。
「いつの日か、ふたりで幸せになるためにも。目の前の一歩を、大事にしましょう」
ねえ、レックスちゃん。わたくしは、必ずあなたと結ばれてみせますからね。
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