第201話 カミラ・アステル・ブラックの執着

 あたしは、何度も何度もバカ弟と戦ってきた。結果は全敗。でも、あたしが成長していない訳じゃない。だからこそ、悔しいのだけれど。


 他の人と比べれば、あたしは爆発的な早さで成長しているわ。それでも、バカ弟の成長が、圧倒的すぎるだけ。自分でも言い訳だと思うけれど、事実でもあるわ。


 バカ弟の才能は、凄まじいなんてものじゃない。バカ弟が勝ったフィリスは、ゆうに数百年は生きているエルフ。その上、エルフの中で最強と言われているの。なのに、たった十歳の人間が勝ってしまった。それがどれほど異常なことか、分からないあたしじゃないもの。


 だからこそ、超える価値がある相手なのよ。そこらの有象無象に勝ったところで、何の意味もないのだもの。誰にも手が届かないと思える存在だからこそ、ギッタンギッタンにする意味があるのよ。


 その相手がバカ弟であることは、幸運だったわよね。ずっと、離れないで済むんだもの。ずっと、一緒に居られるんだもの。


 とはいえ、勝てる日がいつになるのかは、分からないけれど。今回戦った時も、実質的にはあたしの負けだったもの。ジェルドを巻き込まないなんて、ただの言い訳でしかないわ。いえ、死なれたら困るからこそ、止まったのだけれど。


「バカ弟、また強くなってた……」


 あたしがどれだけ強くなっても、差が縮まっているどころか、遠ざかっていると感じてしまう。屈辱でもあるけれど、どこか嬉しさを感じている部分もあったわ。


 そうよ。あたしが超えるべき壁は、こんなにすごいんだって。どこか自慢するような気持ちがあったことは、否定のできない事実。大切な弟なんだから、当然ではあるけれど。


 あたしはバカ弟に勝ちたいだけ。その上で、可愛がってあげたいだけ。決して、痛めつけたい訳じゃない。殺したい訳じゃない。だから、悪い気持ちじゃないんだけどね。


「この調子だと、まだまだ追いつけないわね」


 バカ弟は、どこまでも強くなっていく。限界なんて無いんじゃないかと思えるくらいに。フィリスに勝った瞬間から考えても、更に進化しているのだから。


 だから、そんなバカ弟を見ていると浮かぶ感情もあったわ。どこまでもバカ弟が進化するのなら、って。


「それなら、いつまでも追いかけていられる……なんて、弱気になるな、あたし!」


 浮かんだ誘惑は、とても魅力的だった。バカ弟と、ずっと戦い続ける。そんな日々は、きっと幸せだと思えたもの。でも、だからこそ怖い。バカ弟が手の届かないところに行ってしまえばと思うと、震えそうになるわ。


 あたしなんて遠い過去にして、ひとりで歩くバカ弟。そんな姿を想像すると、泣きたくなる瞬間だってある。バカ弟が遠くに行ってしまいそうで。そんなバカ弟が悲しんでしまいそうで。


 だからこそ、立ち止まる訳にはいかない。つまらない誘惑に、負ける訳にはいかない。それだけなのよ。


「あたしは、バカ弟に勝つ。そして、あたしのものにするのよ」


 そうよ。勝つ瞬間までは、この目標は変わらなくていい。まっすぐに、強くなることだけを見ていればいいわ。まあ、バカ弟が弱くなってしまいそうなら、話は別だけれど。


 あたしは、ただバカ弟に勝てばいいだなんて思わない。万全な状態のバカ弟に勝ってこそ、意味があるんだと思うから。だから、少しくらいは手を貸してあげてもいい。それで、バカ弟が強いままで居てくれるのなら。


 それでも、最後に勝つのはあたしよ。バカ弟がどれほど強くなろうと、ひとりにはさせない。そんなの、許せないんだから。


「そうよ。あたしは、姉なのよ。弟に負けてばかりなんて、恥なのよ」


 あたしは姉として、バカ弟に勝つ義務があるのよ。そうじゃなきゃ、生きている意味がないわ。弟の背中を追いかけるだけの人生なんて、空虚でしかない。だから、絶対に勝ってみせるのよ。そして、バカ弟の隣に並び立ってみせるわ。


 バカ弟は、きっと立ち止まったりしない。だからこそ、あたしだって立ち止まれない。弟に置いていかれる姉で居て良いはずがないもの。あたしは、バカ弟の姉なんだから。その立場に恥じるような存在になるべきじゃない。


「バカ弟があたしを見上げるようになるまで、寄り道なんてしないわ」


 そうよ。どこまでも強くなるだけ。あたしに必要なのは、バカ弟に勝つ未来だけ。それでいいの。金銭も名誉も愛も、何もいらない。バカ弟に勝てるのなら。その先の未来があるのなら。


「姉が弟の上に立つのは、当たり前のことなんだから」


 バカ弟の姉として、絶対に譲れないことよ。あたしがこの世界の一番で、バカ弟が二番。そんな未来が訪れるように、突き進むだけ。


 たとえ誰が邪魔をしようとも、止められやしないわ。道をはばむものは、全部切り捨ててあげるんだから。


「それにしても、バカ弟はいつ訓練しているのかしら。最近は、忙しいでしょうに」


 あたしは、人生のほとんどを訓練に注ぎ込んでいると言って良い。なのに、勝てない。才能の差は歴然よね。だからこそ、勝つ意味があるのよ。勝って当たり前の相手に勝つことになんて、興味ないわ。


「あたしも、もっと訓練しないとね。バカ弟の敵を、ついでに殺してあげても良いんだし」


 バカ弟が困っていたら、少しくらいは助ける。なにせ、姉なんだもの。弟の不幸を望むようなこと、しないわ。


「しかし、悪くないわ。ダルトンとかいうバカ、ちょうど良い口実よね」


 気持ち悪いとは思うけれど、別に八つ当たりしたいと思うほど嫌でもない。それでも、バカ弟と戦う上で良い材料よ。納得してくれたみたいだものね。


「これからも、バカ弟と戦うために利用させてもらおうかしら」


 そのためなら、少しくらいは話を聞いてやっても良いわ。どうせ、ダルトン程度の存在なんて、居ても居なくても変わらないのだもの。あたしの役に立てるんだから、光栄に思うべきよね。


「そうよね。邪魔になれば、殺せば良いんだし」


 あたしの足元にも及ばない強さ。バカ弟から軽んじられる程度の能力。とても褒められない人格。そんなやつ、どうなっても良いもの。あたしとバカ弟の邪魔をするのなら、身を持って償うのは義務よね。


 それでも、今のところは捨てるほどではないわ。


「バカ弟に勝つための糧になってくれるのなら、感謝してあげてもいいわ」


 あたしが強くなるだけじゃ、きっとバカ弟には勝てない。だから、バカ弟の研究だって必要よね。対策が分かっていて手を抜くのは、単なる甘えだもの。


「うん。バカ弟は、剣にまとわせる魔法、体を防御する魔法、遠くを攻撃する魔法、それらを同時に発動していた」


 つまり、それだけの魔力と、高い操作技術を持っている。剣の道を進んでいるだけでは、きっと勝てない。もちろん、剣技だって大事だけれど。少なくとも、エリナに勝てるくらいにはなるべきよね。あんなやつに負けたままでいるのは、絶対に許せない。


 だから、やるべきことは簡単よ。魔法と剣技を両方極める。それだけのこと。


「あたしが勝つためには、それ以上ができないとね。さて、魔法を複数発動するためには……」


 一歩ずつでも良い。確実に近づいていかないと。これ以上離される訳にはいかない。姉として、必ず。


「待ってなさいよ、バカ弟。あんたがあたしに負ける日は、必ずやってくるんだから」


 ギッタンギッタンにした後で、うんと甘やかしてあげる。その瞬間の姿は、きっと何よりも可愛いはずだもの。だから、待っていなさいよね、レックス。

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