第113話 信頼を示すために
メアリとの時間が終わったので、次はジャンの様子を見たい。今のところは、この2人は味方だと考えていいだろう。だから、俺も相応に大事にする。それが、信頼を見せるということだと思う。
手探りではあるが、一歩一歩しっかりと。信じているというのは、言葉だけでは伝わらない。行動で示すのが、当然のこと。
だったら、任せるということも、大事になるだろう。ああ、そうか。だから、俺はカミラに信頼を疑われたのだな。自分で全部をこなそうとしたから。
今になって思えば、愚かなことだ。信頼しているというのなら、相応の行動がある。それを実行しないまま、言葉で信じているとだけ言っていたのだから。
だからこそ、その反省はしっかりと活かす必要がある。まずは、ジャンに信頼している姿勢を見せる。そこからだ。
ということで探すと、すぐに見つかった。よし、やるか。
「ジャン、学校もどきの様子はどうだ? というか、名前は決まったか? 正式名称もない、雑な運用だったからな。お前も大変だっただろう」
「名前は、まあ別に何でも良いと思います。学校もどきでも、分かりますからね」
まあ実際、俺が運用していた頃は、特に困っていなかったからな。俺としては、自分がアストラ学園に入学する時に、仲間が増えれば良い。そのための活動だったのだから。大きな事は、考えていなかった。
ただ、ジャンにとっては別だろう。一応、それなりに多くの人間が関わる事業になるし、長く続く可能性もある。俺の甘い部分まで引き継ぐ必要はない。それを、伝えておきたいところだ。
「正式名称があった方が、対外的には都合が良いんじゃないか?」
「それもそうですね。もっと大きくするのなら、外部との関わりも増えるでしょうから」
「まあ、お前に任せているのだから、判断はお前がすれば良い」
おそらくは、これが信頼を伝える姿勢のはずだ。丸投げにせず、かといって俺の判断に合わせさせもしない。俺には俺の意見があるが、それでもジャンに任せるのだと、そう伝えることが。
「ありがとうございます、兄さん。僕を信頼してくださって」
「当然のことだ。お前の仕事ぶりは、確かなものだからな」
「今日は見せられませんが、兄さんから引き継いだものは、悪くない方向に進んでいるのではないかと」
まあ、学校もどきと俺の家は別の場所だからな。もう午後だと考えると、転移を使わずに移動するのは大変かもしれない。
ただ、ジャンはうまくいっていると言う。その言葉を信じるだけだ。いくらなんでも、子供達を虐待する人間ではない。それは、効率が悪いと理解している。そう、普段の言動から伝わるからな。
今のところは、完全に任せておいて大丈夫だと思う。まあ、俺が干渉できるような状況ではないが。どうせジャンに任せるしかないんだ。疑う姿勢を見せるのは、どう考えても悪手だろう。
実際、ジャンなら悪いようにしないとは考えている。なんなら、俺よりも効率的に進められる可能性すらある。合理という面では、ジャンの方が優れているだろうからな。俺は、感情に振り回されすぎる。転じてジャンは、効率を感情より優先できる。
大勢を動かす計画なら、どちらに適正があるのか。俺の答えは、決まっている。だから、安心して仕事を預けることができるんだ。
「なら、安心だな。これからも、その調子で続けてくれ」
「もちろんです。兄さんの顔に、泥を塗る訳にはいきませんから」
表情を見る限りでは、俺の期待を裏切りたくないのは本音だと思う。なんというか、目がキラキラしている感じだし。だからこそ、失望されないように振る舞わないとな。尊敬している相手が大した事ないと知った時、人は相手を嫌う気がするから。
「そうか。生徒達との関係はどうだ?」
「兄さんほどではありませんが、慕われていると思いますよ。やはり、嫌われるよりは好かれた方が、都合が良いですね」
淡々と話す様子を見ていると、サイコパスではないかという疑問すら浮かぶ。感情を無視して、効率で動ける人間というか。相手に共感していないのに、親身になって話せる人間というか。
まあ、だからといって、ジャンが悪人という訳ではない。仮に人の心が分からなくても、善行をするのなら善人なんだ。それは、間違いのない事実だ。
「ああ、その通りだな。好かれた方が面倒になる相手も、居るには居るが。まあ、学校もどきに送られるのなら、そこまでではないはずだ」
「後学のために聞いておきたいのですが、どんな人間なんですか?」
「恩を恩と感じない人間。何でもかんでも相手のせいにする人間。一切の努力をしない人間。そんなところだろうな」
どの種類の人間も、頼られるだけ損をする。嫌なことばかり押し付けられて、相手はこちらに配慮などしない。それは、この世界でも同じだろう。
だったら、ちゃんと警戒するのが大事だよな。それを、ジャンにも知っておいてほしい。
「ああ、なるほど。理屈では、納得できます。では、今後は気をつけておきますね」
「そうだな。お前も、いずれは出会うことになるだろうからな」
「同感です。僕達が関わる人間は、今後どんどん増えていくでしょうからね」
アストラ学園で、友達となった相手。その人達にも、家がある。だから、事業に巻き込むことも、巻き込まれることもあるだろう。そうなったら、今より大きい案件に関わるはずだ。だから、今のうちから備えておく。重要なことだ。
「だからこそ、普段から自分を律することが大切になるはずだ」
「そうですね。弱みとなる部分は、少ないに越したことはありませんから」
「ああ。残念なことに、信頼できない人間も多いからな」
「兄さんのおかげで、ブラック家の行動が効率から遠いことは、よく分かりましたよ。むやみに敵を作るのは、損が勝ちますね」
ジャンは、善き心を持った人ではないのだろう。それは、なんとなく分かる。だからといって、ブラック家に同調もしない。仕える人間も、他の貴族も、領民も、みんな虐げるブラック家には。
だから、信じる価値がある。効率のためだとしても、善行を選べるのだから。味方になれば、心強い。それは確かなんだ。
「そういうことだ。本当の善人になる必要はない。それでも、善意を装うだけで、ずいぶんと違うんだ」
「分かります。僕だって、慈愛を抱えた人間ではないですから。それでも、愛情を演じると、いい感じなんですよ」
この言葉からして、良心から人に優しくしている訳ではない。だからこそ、正解を選べる可能性もある。俺なら、共感のあまり怒りに染まってしまう状況でも、冷静に判断できる。そう、期待したいところだ。
「よく分かっているじゃないか。お前は優秀だよ」
「ぜんぶ、兄さんのおかげですよ。これからも、僕に道を示してください」
「ああ、分かった。お前が俺を慕ってくれる限りは、な」
「なら、ずっとですね。ふふっ、今後が楽しみです」
ジャンが味方で居てくれるのなら、俺に最適解を示してくれる気がする。いつか、思い込みではなく本当になってくれたら。それが、今の俺の望みだ。
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