第110話 捨てたくないもの
カミラと和解でもないが、ある程度は距離を縮められたと思う。少なくとも、普通に会話しても大丈夫になった。そこで、ちょっと家族に会いたい気分になったんだよな。ホームシックというやつかもしれない。
普通なら、帰ることなど無理だ。ただ、俺は実家に闇の魔力を侵食させている。つまり、自宅に転移することも可能なわけだ。
学園に戻ってくる手段としては、ウェスやミルラの存在がある。他にも、カミラの剣とかフェリシアの杖とか、誰かに贈ったものも。いずれも、俺の魔力を注ぎ込んでいるからな。そこを起点にして、転移すれば良い。
情けないかもしれないが、せっかく力を持っているんだから、便利に使ってやれば良い。俺にだって、家族への情はある。少なくとも、妹や弟には。あるいは、父にすらも。
そうなんだよな。ミュスカの件といい、アイクの件といい、できれば敵対したくないと思ってしまう。それは、弱さなのか、優しさなのか。自分では、判断できない。というか、結果でしか答えは出ないだろう。
結局のところ、前に進むしか無い。それ以外のことをしようとしても、停滞してしまうだけだろう。ということで、まずは帰るか。その前に、メイド達には報告をしておかないとな。急に居なくなったら、心配させてしまうはずだ。
「ウェス、アリア、ミルラ、少しここから離れる。人が訪ねてきても、ごまかしておけ」
「分かりましたっ。何のご用ですか?」
元気に駆け寄ってくる姿を見ると、ほっこりするな。うさぎの耳も相まって、とても可愛らしい。この子は、俺が居なかったら、死んでいた可能性が高いんだよな。救えただけでも、俺が転生した価値としては十分なはずだ。
「ウェスなら知っているか。一応、俺は転移ができるからな。家族の顔でも見ておこうと思っただけだ」
「ご主人さまに、それで助けられましたからねっ。ごゆっくりどうぞ」
「流石でございます、レックス様。転移は、どこにでもできるのでございましょうか」
ああ、その情報があれば、ミルラなら便利な使い方を思いつくかもしれない。というか、フィリスに相談するのもいいな。俺のできることは、全部知っていて良い2人だろう。頼りになる人達だよな。
「いや、それはないな。ミルラのように、俺の魔力を侵食させた何かがある場所になら、な」
「では、楽しんできてくださいね。それでも、数日だと困ってしまいますが」
いくらなんでも、数日はないな。授業に出ないのは、普通に問題だろう。俺の本分は、学生として自分を磨くことだ。それを邪魔する事件が多いだけで。
「今日中に帰ってくる予定ではある。あまり、待たせはしないさ」
「ご主人さま、いってらっしゃいっ。部屋を、とてもキレイにしておきますからっ」
ということで、自宅へと転移していく。すると、すぐにメアリの顔を見ることになった。俺の部屋に転移したのだから、彼女は寂しがっていたのだろうな。
遠くまで行ってしまった俺のことを考えて、といった感じだろう。気持ちは、分かる気がする。というか、帰ってきた俺も、同類だよな。
メアリは目をまんまるにして、すぐに顔をほころばせる。とても嬉しそうで、俺まで嬉しくなりそうだ。やはり、可愛い妹なんだよな。
「お兄様!? 帰ってきてくれたの!? メアリに、会いに来てくれたんだ!」
「ああ、そうだな。お前の顔を見られて、嬉しいよ」
「いつまで居るの? しばらく会えなかったから、お兄様を感じたいな」
なんというか、聞き方によっては大変な意味に聞こえそうなやつだ。メアリのことだから、素直に家族のぬくもりを求めているのだろうが。
どうも、俺以外に甘えている姿は見ないからな。他に信頼できる人は、少ないか居ないのだろう。そうなると、何でも叶えてやりたくなる。
「とりあえずは、今日だけだな。明日も授業があるんだ」
「じゃあ、今日はいっぱい一緒に居てね! 約束だよ、お兄様」
「そうだな、約束だ。父さん達にも会わないといけないから、また後でな」
「うん! またね、お兄様。絶対に会いに来てね」
俺としても、メアリに一番会いたかったと言っても過言ではない。なにせ、よく懐いてくれる可愛い妹だからな。素直な好意をぶつけられると、どうしても好きになってしまう。
まあ、他の人と比べるような考えは、あまり良くないからな。メアリに会えて嬉しい。他の人にも会えて嬉しい。それで良いはずだ。
ということで、次は父の元へと向かう。家に帰ったのだから、当主には報告しないといけないよな。流石に、無視をしたらデメリットが大きすぎる。
「よく帰ってきたな、レックス。昼食は、良いものを用意させておく。楽しみにしておくと良い」
「ありがとう、父さん。俺なら簡単に帰れるから、顔を見るくらいは良いかなと思ってね」
「いつでも歓迎だ。お前は、我が家の誇りなのだから」
嬉しそうに歓迎されてしまうと、困ってしまう。敵視されているくらいの方が、心情的には楽だ。まあ、本気で敵だと思われたら、暗殺の危険もあるのだが。
本当に難しい。俺は両親の好意を稼ぐべきなのだろうが、その分、俺の側にも情が湧いてしまう。実際、ジャンやメアリが敵に回ったとして、殺せない気がするからな。
同じくらい両親を好きになってしまえば、とても問題だ。まったく、どうすればいいのだろうな。
父は昼食を用意してくれて、家族みんなで集まって食事の時間になる。料理の豪華さを見て、愛されているという事実が伝わってしまうんだよな。
俺は、父を悪だと思っているくらいで良いはずなのに。どうしても、父としての面も見てしまう。ただの悪役だと考えていられたら、俺はもっと楽だったのだろうが。
ただ、情を抱えていなければ、メアリやカミラとは仲良くなれなかったはずだ。それを思えば、俺の迷いも、悪いことばかりではない。だから、余計に困るのだが。
「さあ、今日はレックスが帰ってきたことを祝って、乾杯だ!」
「おかえりなさい、レックスちゃん。元気そうで安心したわ。あなたが元気で居れば、それがわたくしの幸せなんですのよ」
母も、俺の顔を嬉しそうに見ている。やめてほしい。俺を大切にしてくれている人を殺す未来を、考えてしまうから。
実際、嬉しい部分もあるんだ。だからこそ、困る。この調子で敵対してしまえば、俺は立ち止まってしまうだろうから。
「兄さん、今のところ、来年にもアストラ学園に誰かを入学させられそうです。この形を作るなんて、流石ですね」
せめて、ジャンとメアリだけは、俺の味方で居続けてほしい。家族みんなが敵になる未来など、悪夢でしか無い。そして、全員が味方になる未来は、きっと無い。だから。
「お兄様、メアリを抱っこして? お兄様の膝でご飯食べるの、きっと最高なの」
「みんなも元気にしているようで、何よりだ。こっちは、まあ順調かな」
失敗もしたが、致命的なものではなかったからな。むしろ、成長につながったとも言える。そう考えると、今のうちに失敗できたのは、悪いことではなかったな。もっと重要な場面でなくて良かったと、喜ぶべきことだろう。
「お兄様、食べさせてちょうだい? メアリ、お兄様が取ってくれたら、嫌いなものでも食べるの」
「レックスちゃん、本当に好かれていますわねえ。ちょっと、嫉妬しそうですわ。わたくしの、可愛いレックスちゃんなのに」
「ブラック家の希望。それがレックスだからな。私としても、喜ばしいよ」
「流石は兄さんです。人望の面でも、素晴らしいんですね」
こうして愛されているのを実感すると、いつか敵対する時のことが怖くなる。これは、成長なのだろうか。退化なのだろうか。
いずれにせよ、覚悟を決めるべき瞬間はやってくる。その前に、割り切りたいものだ。
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