第88話 セルフィ・クリシュナ・レッドの共感

 私は、誰かの力になりたいと考えている。それは、きっと本当のこと。たとえ、家族から与えられなかった愛の代償行動だとしても。私の行動は、嘘にはならないはずだから。


 できることなら、私は誰かに恩を返してほしいと思っている。愛してほしいと思っている。そんな醜い自分がいることを、受け入れたくなくて、でも、目を逸らせないんだ。


 そんな日々の中で出会ったのが、カミラさん。彼女は、私とは違って、ずっと堂々としていた。一属性モノデカだからとバカにする周囲に見向きもせず、力だけで自分の価値を証明していた人。


 私は、自分が愛されたいばかりに、誰かの顔色をうかがってばかりだったから。余計にまぶしく見えたんだ。ただ、カミラさんに近づこうとしても、私は相手にされなかった。当たり前なんだけどね。彼女の速さに対抗するすべを、私は持っていなかったから。


 そんなカミラさんにとって、弟はとても大切そうに見えた。バカ弟と言いながら、貰ったらしい剣を大切にしていたり、優しげな瞳をしていたり、絆を感じさせるものがあった。とても、羨ましかったんだ。私にとって、家族は遠い存在だったから。


 だから、出会う前からレックス君のことは気になっていた。カミラさんが大事にしていること。そして、ひとりで立っていられそうな彼女に、信頼されていること。


 私の持っていないものを持っているような気がして、嫉妬もしていたけれど。会ってもない人に、バカバカしいことではあるんだけどね。


 でも、会ってみて印象は変わった。彼は、何かを抱えている。それは、見ただけで分かった。もしかしたら、同類だからかもしれない。そんな直感がよぎって、放っておけなくなったんだ。


「レックス君、カミラさんの弟。圧倒的な才能以外は、あまり似ている気がしないね」


 正確には、凄まじい実力以外には、といったところかもしれない。カミラさんは、迷いなんてないし、自分の進む道は決まっているように見えた。でも、レックス君はどこか、ひとりで迷子になっているように思えたんだ。


 理由は分からない。彼の態度は、ハッキリ言って悪かったから。それなのに、どうしても目が離せなかったんだ。なんというか、助けてあげないといけない人だという思いが、頭から離れなかったんだ。


「彼は、優しいのだろうね。それは、周囲の様子を見ていれば分かる」


 レックス君が苦しんでいるのは、優しいからだろうか。


 いつか、どこかの誰かに言われたことが、私にはずっと引っかかっていた。セルフィさんは、自然に誰かに優しくできる人だねって。そんな訳無いのに。


 だって、人に優しくするってことは、人の嫌なところを我慢して、本当はやりたくないことをして、自分の言いたいことより相手の求める言葉を優先して。そんな忍耐が必要なことばかりだったんだから。


 つまり、彼も同じように我慢を繰り返しているのかもしれない。だから、追い詰められてしまったのだろうか。


「だって、あの物言いで慕われるってことは、それ以上の何かがあるってことだからね」


 その事実が、彼の優しさの証明。我慢していることの証。つまりは、私と同じだって印。それなら、仲良くできるんじゃないかなって思えたんだ。


 私が優しさの中で苦しんでいることに、共感してくれるかもしれない人。だから、良い出会いなんじゃないかって。


「もっと気になるのは、レックス君の心が、悲鳴を上げているように見えることだよ」


 その考えが正しいとすると、せっかくの仲間が潰れてしまうことも、あり得るんじゃないだろうか。その未来は、ちょっとどころではなく困ってしまう。だって、私の苦労を理解してくれそうな人は、他には見つからなかったんだから。


「ねえ、レックス君。もしかして、いつもの態度は、弱い自分を覆い隠そうとしてじゃないのかな?」


 レックス君にとって、相手に強く出るのは、自分をごまかすための手段なんじゃないかな。そうでもしていないと、不安で潰れてしまいそうとか、周りが怖くなっているとか、そんな感じで。


「うん。私の考えは、きっと正しいよ。なら、放ってはおけないかな。きっと、他の人は彼を心配したりしない」


 彼は頼られているけど、自分から人に頼ろうとはしない。それは間違いないこと。そして、弱さを見せようとしない。だから、支えたいとは思われにくいんじゃないだろうか。そんな人の心が追い詰められているなんて発想は、かなり珍しいと思うよ。


「だって、レックス君は才能があって、自信満々に見えるんだから。それなら、私のやるべきことは決まっているよ」


 彼が弱さを見せていいと思えるようになること。それが、私の目標なんだ。うん、これまでと違って、私の心からの優しさだって信じられる。本気で、彼を助けたいんだ。


 きっと、彼は私を理解してくれる。だから、私だけが彼を支えるなんて未来は、来ないはず。


「レックス君の心を、私がすくい取ってあげること。それなら、心で泣いている彼を見なくて済む」


 私は、共感の他に、母性も刺激されているのかもしれない。なんとなく、彼が苦しそうな姿は、見ていたくないんだ。どうせなら、私の手で笑顔になって欲しい。そう思うよ。


「それに、きっと彼なら、私のことを信じてくれるはずだよ。おせっかいとか、言わずにね」


 私が自分から人を手助けした時に、何度もかけられた言葉。その苦しみは、彼なら理解できるはずだから。優しさの意味を理解できる、彼なら。


「みんな、私を慕っている子も、なんだかんだで距離を取ろうとする。それは、きっと……」


 私を遠い存在だと思っている。あるいは、上から施していると思っている。結局のところ、私とみんなは対等じゃないんだ。その事実に気づくまで、どれほどの時間を無為に過ごしたのだろう。


 誰かに優しくすることで、私が手に入れたものって何? そんな事を考えてしまうような時間を過ごしていた。だって、誰も私の悩みに気づいてくれない。助けてもくれない。そんな状況なんだから。


「きっと私達は似ていると思うんだ。表に出せない悩みを抱えているのは」


 そして、言ってしまえば嫌われてしまう。そう思っているんじゃないかな。仮に違ったとしても、自分を守るために、望まない誰かを演じているのは、本当のはずだから。私だけが知っている、彼の真実だから。


「そんな私達だからこそ、お互いを支えあえる。そうじゃないかな、レックス君?」


 一方的に施すだけの関係じゃない、お互いが対等と言える関係に、きっと、なれるはずだから。


「誰かを信じるのが難しいなんて、当たり前のことなんだよ? だから、私が受け止めてあげる」


 カミラさんは、自分が信頼されていないと怒っていたけれど。そんなの、当然のこと。だって、カミラさんは、レックス君に何かをあげたりしていないから。


 私なら、幸せを教えてあげられる。本当の自分をさらけ出す喜びも、共感してもらう感動も、なにもかもを。


「そして、レックス君には、私を受け入れてほしいな。そうすれば、お互いが救われるでしょ?」


 そんな未来が訪れたら、きっと最高だよね。だから、前を向いて進んでいくんだ。お互いにね。

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