第60話 シュテルの信仰
私はレックス様に救われた。それは間違いのない事実よ。いま生きているという事実が、そもそも彼にもらったものだから。
故郷に居た頃、私は売られる直前だった。おそらくは、ろくでもない貴族か娼館か。そのあたりだったはず。
というか、売られては居るのよね。レックス様に。両親がレックス様のところに私を送ったのは、そういうこと。でも、今の状況は最高よ。美味しい食事も、暖かい寝床も、高度な教育も。何もかもを貰っているのだから。
「私は、レックス様に恩を返すのよ」
そのためなら、レックス様の妾になっても良い。ジュリアにも言ったけれど、間違いのない本音よ。レックス様なら、妾であっても、お優しくしてくれる。そんな打算もあるけれど。
きっと、性欲を解消するための道具として、私を抱いたりしない。私に気遣って、大切に抱いてくれる。そんな気がしていたのよ。後は、顔も良くて強くて。そして、悪い噂があるとはいえ、かなりの金持ちであるブラック家の跡継ぎ。優良物件どころの騒ぎじゃないわ。いや、結婚は不可能でしょうけれど。
それでも、レックス様は親しい人を大切にしてくれる。そう信じることができたわ。だって、ただの生徒にも、ちゃんとした環境を用意している。それだけじゃなく、私とジュリアは、目をかけられている。強く実感できたわ。だって、私達の質問には答えてくれるし、アドバイスもくれるもの。他の人とは、確かに違った。
だけど、そのご恩を返すことは難しいと言わざるを得なかった。感謝が本物だからこそ、お役に立ちたかったのに。
「今の私じゃ、レックス様の力になれないの……? 私を救ってくれたのは、レックス様なのに……」
どこの誰とも知らない相手に売られて、薄汚い路地裏で死ぬ。そんな未来が無くなったのは、レックス様のおかげだったのに。そんな恩を返せない恩知らずにはなりたくないのに。
でも、私は強くなれなかった。レックス様の足元にも及ばない。ならせめて、彼の手が届かない範囲で支えたいと考えたのに。それすらも難しそうで。
「ただの弓使いじゃ、力が足りない。そもそも、田舎者の私に学なんてない。どうすればいいの?」
知識や知恵でレックス様のお役に立つという道は、かなり難しい。彼は、貴族に生まれただけあって、高度な知識を持っていたから。ラナ様でも、生徒になりたいと言う瞬間もあったくらいに。
特に驚いたのが、物が上から落ちるのにも力が働いていて、それを打ち消すことで宙にも浮けるという話。空を飛ぶなんて、おとぎ話の話だと思っていたのに。レックス様は、実際に空を飛ぶ瞬間もあったもの。
何よりも感心したのは、レックス様にとって、その程度の知識や技術は、当たり前のように語れる程度のものだということ。特別な知識という様子でもなく、ただの世間話として語っていたという事実。授業の外で、何でもないことのように。
そんなお方の役に立つなんて、生半可なことではできない。それが、私を追い詰めていくことになる。このままでは、私はただ助けられるだけの人間になってしまうから。そんなの、許せない。
レックス様は、私に期待してくれている。それに応えられないくらいなら、死んだ方がマシなのよ。だって、恩知らずはクズなんだから。私の両親みたいに。
「せめて、魔法が使えたら……。ラナ様みたいに、レックス様を支えられるかもしれないのに。メアリ様やフェリシア様が魔物を倒したみたいに……」
ラナ様は、授業という形でレックス様のお役に立っていた。彼が目指すアストラ学園に、誰か1人でも入れるようにと、魔法や計算なんかを教えながら。
メアリ様もフェリシア様も、圧倒的な力を持っていた。私が百人いても勝てないんじゃないかってくらいに。魔法使いですら、子供扱いしてしまいそうなくらいに。
そんな日々の中で、どうすべきかを悩んでいると、ジュリアに変化が訪れた。メアリ様やフェリシア様にも負けないんじゃないかってくらい、強い力を手に入れていた。それで、レックス様のお役に立つんだって。
「ジュリア、魔法に目覚めちゃったのよね。でも、あたしは……せめて、同じ才能があったのなら……」
私の本音は、ジュリアに取って代わりたいというもの。レックス様に期待されて、鍛えてもらって、お役に立って、褒めてもらって。そんな日々を過ごしたいって。
自分で考えていて、笑えてきそうだったわ。どれだけ私は醜いのかって。
「だめね。私、ジュリアにまで嫉妬しちゃってる。親友なのに。そのはずなのに」
それからは、必死で訓練した。自分を追い込めば、レックス様は私を見てくれるんじゃないかと思えたから。本当に、訓練なんかで強くなれるって思っていた訳じゃない。
だけど、レックス様は私に魔力を注ぎ込んでくれた。それから感じたものは、魔力が私の中に息づいているって事実。それを使えば、炎の魔法を発動することができた。ただの人なんて、灰にできそうな炎を。
その瞬間に感じた喜びは、きっと誰にも分からないはずよ。
「レックス様は、私の悩みなんてお見通しだったんだ。だから、魔法をくれた」
1人になれば、思い返してニヤニヤしてしまうばかり。私は、レックス様のお眼鏡にかなったんだって。彼に、選ばれることができたんだって。魔法が使えない生徒は、他にも居た。だけど、私だけに魔法を授けてくれたから。
「そのご恩に応えるためなら、なんだってするわ。ジュリアを殺す以外のことなら」
レックス様が私の体を求めるのなら、当然受け入れる。力を貸せと言われれば、絶対に全てをかける。そうすることが、私の喜びでもあるから。
「私を大切に思ってくれているのは、間違いないもの。ただの道具に、魔法なんて与えないから」
魔法を使えば、多くの人に対して上に立つことができる。その気になれば、生徒達の多くを殺すことだってできるはずよ。だって、私が手に入れたのは、ただの魔法じゃない。少なくとも、クロノの土魔法や、ラナ様の水魔法よりも強かったから。流石に、メアリ様やフェリシア様ほどじゃなかったけれど。
そんな私は、間違いなく特別だ。分かっている。レックス様は、相応のリスクを背負って私に魔法を与えてくれたんだって。
「だって、魔法を与える手段があるのなら、もっと噂になってもおかしくないもの」
つまり、レックス様は特別だってこと。ただの闇魔法使いじゃなく、もっと素晴らしい人だってこと。そんな人に拾われた私は、気に入られた私は、どれほど幸運なのだろう。
今なら、これまでの人生で味わった苦しみなんて、全部許せる。レックス様と出会うための試練だったのだと思えば、軽いくらいだもの。
「レックス様は偉大だわ。他の誰かなんて、比べるのもおこがましいくらいに」
誰も使えない魔法を使えて、圧倒的な強さを備えていて、素晴らしい知識も持っていて。何よりも、私達のような存在にも優しい。そんな人、他に居るはずがないわ。
「私は、最高の主を得たわ。誰よりも素敵な人。きっと、女神ミレアルよりも」
そんな人に仕えられるなんて、私はどれほど恵まれているのだろう。きっと、貴族に生まれるよりも、王族に生まれるよりも、優れていると言える。
「ああ、レックス様! 私は、あなたに全てを捧げますから!」
私がお役に立てるのなら、素晴らしいと言うしかない。世界で最も尊い人のしもべになれる。そんな幸せは、私に圧倒的な心地よさを与えてくれるもの。
レックス様が望む全てを。世界を望むのなら、世界すらも。あなたのものにしましょうね?
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