第53話 喜びの感情

 ジュリアが主人公なのかどうなのか。本当に主人公だとして、どう接するのが正しいのか。頭を悩ませ続けていた。


 答えが出るようなものでもないのかもしれない。それでも、どうしても考えを止められない。あるいは、愚かな行為なのだろうか。難しいな。


「仮にジュリアが主人公だとすると、魔法に目覚めてもらうのは、とても大事だ」


 無属性の魔力は、主人公のものだけあって特別だ。いずれは、とてつもなく強大な存在までも倒せるようになる。


 そもそも、悪役に多い闇属性に対して、特効とも言える有効性を持っている。それだけでも、目を離せない。


 だから、無属性の魔力が目覚めるかどうかは、今後に大きく関わってくるんだ。


「それでも、原作と同じ手段はありえない。親しい誰かの犠牲なんて、つまりシュテルが死ぬってことなんだから」


 そんなこと、絶対にさせない。他の誰かがシュテルを殺そうとするのなら、どんな手段を使ってでも止めてみせる。それこそ、殺してでも。


 俺にとっては、シュテルは身内と言っても良いくらいに大切な相手だ。もちろん、ジュリアも。だから、シュテルが傷つく手段は、検討する気はない。ジュリアだって悲しむだろうからな。


「無属性が目覚めるのは、強い感情がきっかけだったはずだ。じゃあ、強い悲しみじゃなくて、喜びは?」


 原作では、感情がきっかけだと明言されていたはず。だから、シュテルの死が理由になったはずだ。だが、強い感情なら、必ずしも悲しみじゃなくて良い。その考えは、当たっているのだろうか。少なくとも、検討する価値はあるはずだ。


「だが、どうやってジュリアを喜ばせれば良いんだ? 軽い喜びじゃ、絶対に足りないだろうし」


 本人に聞いても、良い答えが返ってくるかは怪しい。というか、喜ばせようとしていると認識されると、本来より喜びが減る可能性もある。強い感情なら、サプライズの方が良いだろう。


 俺は、プレゼントの類なら、相手に欲しい物を聞くタイプだ。ただ、それは予定通りに喜ぶだけで、無属性魔法が目覚めるほどの強い感情は生まれない。経験的に、分かり切っている。


 とはいえ、自分だけで考えるだけでは、難しい。ということで、周囲の人間に頼ることにした。


「フィリス、お前にとって、何よりも大きい喜びは何だ?」

「……魔法。これ以上ない最高の魔法を見ることができれば、それが一番」

「なら、簡単だな。俺を見ていれば、それだけで達成できるだろう」


 最高の魔法使いと言われながらも、さらなる魔法を求める。その姿勢は、俺も真似すべきものだろうな。どこまでも強くなって、みんなを守るためにも。


 それに、どうせなら師匠に恩返ししたいものな。素晴らしい魔法が見たいのなら、俺の手で見せてやりたい。


 ただ、直接的には参考にはならないな。ジュリアは、フィリスほど魔法に執着していないから。まあ、相手の中心にあるものを気にすれば良い。それはあるだろうな。


「エリナ、お前がこの世で一番嬉しいと思うことは何だ?」

「それは、レックスが己の剣技を完成させることだな。そうすれば、私の生きてきた証が残る」

「だったら、すぐだろうさ。俺は天才なんだからな」


 完全に、師匠としての心に目覚めてくれている。だからこそ、その想いに応えたいものだ。俺だって、誰かの記憶に残れるのなら、素晴らしいことだと思うし。


 とはいえ、口にするほど簡単ではないだろうな。俺の剣技は、闇魔法と合わせてこそ完成する。その先達は、今のところ居ない。カミラの剣も参考にしているが、属性が違うからな。つまり、たった1人で探し続ける必要がある。大した難題だ。


 誰かに何かを託す。ジュリアにとっては、まだ早いだろうな。そうなると、こっちも参考にはならないな。だが、エリナの思いは受け取ったつもりだ。


「アリア、お前だったら、何があれば一番喜ぶんだ?」

「そうですね。ブラック家が、かつての輝きを取り戻すことでしょうか」

「俺が当主になれば、過去と比較するのが馬鹿らしくなるだろうよ」


 エルフだから、昔のブラック家も知っているんだよな。俺は知らないが。原作では描写されていなかったし。とはいえ、今のブラック家は好ましく見えないようだ。俺と同じだな。なら、達成できるのかもしれない。難しい道のりにはなるだろうが。


 ジュリアは、過去の何かを取り戻したいと思っているのだろうか。どちらにせよ、俺に叶えるのは難しいか。


「ウェス、お前が望む、一番の幸福は何だ?」

「ご、ご主人さまと、ずっと一緒に居ることです」

「安いものだな。だが、俺は俺は最高なんだから、当然の話だよな」


 安いなんて思っていない。大切な人と一生を過ごすことは、俺と同じ望みなのだから。だが、その方向性では、ジュリアの魔力を目覚めさせることは難しいだろうな。


 ただ、ウェスの気持ちはとても嬉しい。叶えてやりたい願いだよな。というか、俺にとっても幸福になるはずだ。


「メアリ、お前なら、どんな状況が幸せなんだ?」

「お兄様の魔力を感じる時なの。暖かくて、幸せ」

「なら、俺の魔力を見せてやるよ。凄まじいだろ?」


 メアリの手を取って、手のひらに魔力を集めていく。そうすると、とてもいい笑顔を見せてくれた。大切な人の存在を感じるなら、それは嬉しいよな。共感できる。


 ジュリアにとって大切な人は、シュテルだろう。それを利用するのは、まあ無理だろうな。


「フェリシア、お前には、自分の幸福は見えているのか?」

「また、誰かを口説くきっかけを求めているんですの? 当然、私の幸福は決まり切っていますわ」

「答える気はないんだよな。仕方のないやつだ」


 自分の内にだけ秘めていれば良い。それも大切なことだ。とはいえ、それだと察する能力が大事になるな。


 フェリシアのことだから、かなりハッキリ自分の幸せは決まっているのだろうな。羨ましいような、そうでもないような。


 やはり、言葉にならないところにこそ、本当の幸福があるのかもしれない。


「ラナ、お前がされて嬉しいことは、いったい何だ?」

「そうですね。あたしなら、大切にされることでしょうか。他は、いまいち分かりません」

「誰かに求めるだけの人間なら、大切になどされないだろうさ。身の振り方を考えることだな」


 当たりの悪い言葉を言ってしまった。本心も混ざっているのだが、他人に言うべきことでもない。レックスのキャラ的には、言いそうではあるが。


 ラナの言っている事自体は、まあ分かるんだよな。当人の過去というか、今というか。人質に送られて、大切にされているとは思えないよな。そうなると、いま持っていないものを求めるわけか。ジュリアに無いもの。考えの取っ掛かりになりそうだ。


「ジャン、お前は、自分が何に喜ぶのか、分かっているのか?」

「もちろん、兄さんの役に立つことですよ。最高の当主になる人なんですから」

「なら、精進することだ。簡単なことではないと、分かっているんだろう?」


 ありがたい話だ。尊敬できる兄で居られているのだろう。誰かに認められること。あるいは、誰かに喜んでもらうこと。それも幸福の形だよな。


 一通りみんなに聞いてみたが、良い答えまではたどり着けないでいる。ただ、ヒントは貰ったので、1人で考えていた。


「聞いた感じ、本人に直接尋ねたところで、歓喜みたいにはならないだろうな。となると、喜ばせる方法は難しいか」


 ジュリアの心からの望みを察する。それが必要になる。原作では、温かい家族を求めていた。誰も失わないことを求めていた。だが、今の状況とは違うからな。何とも言えない。


「いや、剣を贈ることを試しても良いか。無属性の魔力に合わないのなら、また贈り直せば良い」


 やらないよりは、マシだろう。本人の望みを叶えるというのも。前に、剣を贈られたいと言っていたからな。


「ついでに、シュテルにも弓を贈るか」


 流石に、2人の扱いに差をつける気はない。他の人ならいざ知らず。


 ということで、剣と弓を用意した。父に知られてもごまかせるように、数打ちみたいな見た目にした。


「ジュリア、シュテル。お前達に、褒美をくれてやろう」

「うわあ、剣だ! レックス様、もう使っても良いですか?」

「私には、弓ですか。大切にしますね、レックス様」


 2人とも、喜んでくれている。とはいえ、シュテルの言葉で少し不安になった。命よりも大切にされると、まずいんだよな。それは俺の望みではない。


「貧乏性を発揮して、捨て時を誤らないことだ」

「感謝いたします。その御心、忘れません」


 伝わっているはずだ。そう思いたい。剣や弓なんて、代わりはいくらでも用意できるんだからな。そんな物のために、2人は危険な目にあってほしくない。


 とりあえず、とても喜んでもらえた。とはいえ、狙いは達成できなかったな。ジュリアは、魔法に目覚めていないから。


「流石に、贈り物だけでは足りなかったか。まあ良い。喜んでもらえたのは、確かなんだから」


 喜ばせるという方向性は、今後も検討していきたい。単純に、喜んでいる顔を見れるだけでも、嬉しいのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る