第50話 価値観を合わせて
フェリシアはしばらく滞在するようで、俺の家に泊まっている。そのため、話す機会も多い。他には、学校もどきに、よく来ている。視察もあるだろうが、関係もできあがっているな。メアリも一緒に来ることが多くて、交流が進んでいる。
とはいえ、まだ生徒達とフェリシア達の間には距離がある。価値観の違いが大きく出ていて、話が合わないことも多い。
「あら、服がほつれてしまいましたわ。新しいものに替えませんと」
「それくらいなら、まだ使えるじゃないですか。私が縫いましょうか?」
これなんか、代表的な例と言えるだろう。貴族にとっては、外に出るための服は、すぐに替えるものだ。みすぼらしい格好で外に出てしまえば、恥となるらしい。俺には馴染みのない感覚だが、分からない話ではない。
対して、ジュリア達は服を替える機会は少ない。生徒としてなら、着古すくらいまでは同じ服を使い回す。以前は貧乏だったっぽいし、もっとボロボロの服を着ている時もあったかもしれない。
その辺で話のズレが起こって、お互いに困惑するというのは、良くある流れだ。とはいえ、お互いに相手に合わせようとしている。それは感じるからな。安心して見ていられる。
「いえ。シュテルさんに差し上げますわ。これでは、外に着ていけませんもの」
「そんなに軽く渡して、後で必要にならないの?」
この流れでも、相手を責める空気にはならない。それは、ありがたい話だ。険悪になったら、とても困ってしまうからな。お互い、ちゃんと相手を理解しようとするし、分からないなら質問する。
まあ、みんな良い人だからだろうな。本気で悪人だったならば、もっとギスギスしていただろう。フェリシアあたりが見下した発言をして、シュテル達が反発する。そんな流れだってありえた。
「メアリも、服はすぐに替えるよ?」
「貴族なら、よくあることです。あたしも、ブラック家に来る前は……」
ラナの顔が、少し曇った。まあ、援助が必要なくらいに資金難でも、服を着回したりしない。そんな状況なら、嫌悪感を持ってもおかしくはないだろうな。実際、ラナは人質になる羽目になったのだし。俺なら、両親を嫌いになっていたかもしれない。
そう考えると、ラナには優しくしたいよな。まあ、表立ってというよりは、隠れてになるが。善人だと思われるのが面倒な状況は、やはり大変だ。
「ふーん。やっぱり、お金持ちなんだね」
「正確には、見栄っ張りなんですのよ。ほつれた服を着ていては、バカにされますもの」
まあ、そうだな。貴族がボロボロの服を着ていたら、平民だってバカにするだろう。貴族でもこんなものかと。そう考えると、平民も原因の一部くらいではあるのだろうな。
正直に言って、人間の嫌いな部分だ。高い服を着たら贅沢だと騒ぎ、ボロを着たらみっともないと騒ぐ。そんな人は、好きになることが難しい。俺の知り合いは、大丈夫ではあるが。父を除けば。
「私なんて、10年くらい同じ服を着回している人も知っていますよ」
「そんなに着ていて、ボロボロにならないの?」
メアリの純粋な疑問ではあるが、だからこそ怖い。言い方を間違えれば、嫌がられる可能性もある内容だからな。ここにいる人達なら、問題ないとは思うが。ただ、フォローは入れた方が良いかもしれない。
「メアリ、ボロボロになっても、他のものを用意できないんだ」
「レックス様、よく分かったね。貴族なんだから、分からないと思ったのに」
ジュリアの発言からするに、よくあることで納得しているのかもしれない。なら、放っておいても大丈夫だったかもな。とはいえ、他の人間がどう出るかは分からない。俺も、注意を払う必要がある。
「俺だからな。他の人より物を知っているなど、当然のことだ」
「私達に、寄り添おうとしてくれているんですね。やっぱり、レックス様は信じられます」
シュテルの考えが、多くの人に広まってしまうと困る。だが、本人には信じていてほしい。そのバランスが大変なんだよな。今は父だけ警戒しているが、ヴァイオレット家の当主も、かなり危険だったはずだ。そう考えると、あまり油断はできない。
おそらく、フェリシアは信じて良いと思う。自分からは敵に回ったりしないと。それでも、警戒を緩める理由にはならない。俺だけの問題じゃ済まないからな。下手をしたら、周囲まで巻き込まれてしまう。
「レックスさんは、良くも悪くも情が深い方ですもの。わたくしが居ないと、大変なことになってしまいますわ」
「メアリも、大事にしてもらっているの!」
「あたしも、人質とは思えない扱いを受けていますからね」
「やっぱり、ラナ様は人質だったんだ」
「あっ……。黙っていてくださいね。話が広がったら、みんな損します」
まあ、ハッキリ言って醜聞だものな。インディゴ家が落ちぶれているとなれば、良くない動きも起こる可能性はある。そう考えると、失言だったな。まあ、言ってしまったものは仕方ない。ジュリアとシュテルだけなら、まあ問題ないはずだ。
「レックス様も損するのでしたら、答えは決まっています」
「良いぞ、シュテル。これからも、俺に尽くすことだ」
本当に、懐いてくれている。だからこそ、ちゃんと未来を用意してやりたい。シュテルは、原作では魔法を使えなかったはず。それでも、幸せになれるように。
まあ、原作で使えなかったからといって、どうにもならない訳ではないかもしれないが。原作では、ほとんど出番がなかったからな。才能が目覚めるきっかけが無かっただけの可能性もある。
「もちろんです、レックス様。あなたのお役に、立ってみせますから」
「僕も、剣技でレックス様の力になるよ!」
「可愛らしいこと。レックスさん、慕われておりますわね。女を口説くのは、得意ですこと」
本当に、フェリシアは。毎回からかってくるな。まあ、嫌ではない。困りはするが。女ばかりの空間で女好きだと思われる。普通に怖いんだよな。変な目で見られそうだ。
「お兄様は素敵だもの。それは、絶対だから」
「これから先も、レックス様が変わらないか。あたしは見ていますからね」
「そのためには、アストラ学園に通えないといけませんわね。闇魔法が使える時点で、レックスさんは入学が決まったようなものですもの」
ラナは、原作では弱かった。ただ、病気というハンデがあったからな。もしかしたら、今の彼女なら強くなれるのかもしれない。どうだろうな。未来は変わるのだろうか。
変えられる部分が多いのなら、よく言われる原作の修正力を信じなくて良い。つまり、俺の死ぬ未来が避けられると思える。どのみち、生きるために全力を尽くすのだが。そうじゃなきゃ、厳しい世界なんだから。
「私達も、通えればいいですね。レックス様を、学校でも支えられるように」
「僕達も、頑張らないとね。もっと、強くなるんだ」
「でしたら、わたくしも協力して差し上げますわ。ね、レックスさん」
フェリシアが協力してくれる。それはつまり、ジュリアやシュテルを、ある程度は認めているのだろう。良い傾向だ。この調子なら、原作での敵だって、味方にできるかもしれない。それなら、本編の事件は、描写されているより楽にこなせるはず。
「良いな、お兄様と一緒で……。メアリも、同じ年だったらな」
「1年は離れ離れだけど、それからは一緒になれますよ。お互い、頑張っていきましょう」
「僕達の誰かが落ちたら、メアリ様とも一緒に居るよ」
「レックス様、あたしも手伝いますから、みんなで通えるように、協力しましょう」
俺達全員でアストラ学園に通えたのなら、最高だろうな。そんな未来にたどり着けるように、俺も努力を重ねなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます