第48話 ジュリアの恩義
レックス様が僕達の授業の見学に来て、去っていく。それを確認したら、ため息が出た。本当なら、もう少し一緒に居たい。僕を大切にしてくれていると思える人は、シュテル以外では初めてだったから。
正直に言って、両親は怪しかったと思う。僕を道具か何かのように思っていた。そんな気がするんだ。だから、シュテルだけが僕の味方だった。そんな日々に変化をもたらしてくれたのが、レックス様。だからこそ、大好きだった。あの人のためなら、頑張りたいと思えるくらいには。
「あーあ、レックス様、もっと遊んでいってくれれば良いのに」
「相手を誰だと思っているのよ。様子を見に来てくれているだけでも、感謝するべきだわ」
確かに、当然の話ではある。貴族なら、思いついた計画なんて、誰かに任せていても不思議ではない。だから、レックス様が授業を見に来てくれることは、それだけで優しさの証だって思えるんだ。
基本的には、言葉は悪いけれどね。でも、僕達の話をちゃんと聞いてくれる。内容について考えてくれる。しっかりと回答してくれる。それは、僕の知っている貴族のイメージとは、かけ離れたものだった。
いや、ラナ様は、一度だけ僕達の町の視察にやってきたんだっけ。とはいえ、遠目に見ていただけだ。話した訳でははない。仕方のないことだと分かっていても、内に抱えたものはあったよ。
僕達は明日も怪しい状況で、それなのに、護衛に囲まれながら、美味しそうな食事を取っていた。クロノは、ラナ様は素晴らしいって言っていたけど、共感はできなかったかな。
とはいえ、今のラナ様は好きだけれど。レックス様の開いた学校で教師役をしている姿は、様になっている。
それもこれも、レックス様の計画があったからこそだ。ラナ様だって言っていたこと。他の人達も、噂をしていたこと。
だからこそ、シュテルの言うように、レックス様には感謝しないといけない。
「それはそうだけど……。レックス様と一緒に居るのは、楽しいからね」
「否定はしないわ。だけど、ダメよ。私達の食事まで用意してくれて、勉強の機会まで与えてくれる。そんな人に、もっと負担をかけるつもりなの?」
「確かにね。なら、もっと強くなるべきだよね。アストラ学園に入れるくらいに」
「まあ、私達の片方でも入れれば、御の字でしょうけど」
アストラ学園は、とてつもない難関だ。僕達のような平民でも知っている事実。だから、そこに入るための教育は、結構厳しい。だけど、僕達の過去に比べれば、どうということもないかな。
子供でさえも、獣を狩りに行かされた。僕が剣を使えるのも、シュテルが弓を使えるのも、そのためだ。獣に返り討ちにあった子もいる。魔物に殺された子もいる。とにかく、明日があるってことすら、信じるのが難しかった。
だからこそ、難しいとしても、アストラ学園に入学したいんだ。ご恩のことを抜きにしても。
「そうなんだよね。魔法に目覚めないことには、どうにもならないよ。どうすれば良いのかな?」
「私は、レックス様の妾でも何でも良いわよ。お役に立てるのなら」
シュテルは真剣だ。それは、顔を見れば分かる。まあ、気持ちは理解できる。レックス様に貰うだけ貰って、何も返せないのはイヤだ。それは、僕達に共通する考えだから。
「僕は、できれば力になりたいよ。ほとんど水みたいな汁をすすらなくて済むようになったのは、レックス様のおかげなんだから」
肉の切れ端が入っていれば、とても豪華。基本的には、芋がちょっと溶けているだけ。そんな汁ばかりだったから。あの頃に戻れって言われても、絶対にイヤだって返すだろうね。
「よく分かるわ。妾になったところで、破格の待遇だもの。弄ばれて、捨てられる。そんなのだって、よく聞くのにね」
どこぞの貴族に売りに出された若い娘が、いつの間にか死んでいる。そんな話は、僕達の故郷でも良く聞いた。顔を知っている人が売られたこともあったけれど。それっきり話を聞かないとかはザラだった。
「だからこそ、レックス様は優しい人だと思うよ。ブラック家の評判が、ウソみたいに思えるくらいに」
「油断はしないことね。やっぱり、当主には良くない話も出ていたもの。レックス様だけが、特別なのよ」
「あー。ラナ様が人質って話、本当なのかな?」
噂になっていた。ラナ様は金のために売られたのだとか、借金のための人質だとか。僕が見た感じでは、レックス様には好意を持っているように思えたけれど。
「少なくとも、レックス様のお役に立とうとしているわ。だから、レックス様は違うのよ」
「そうだよね。今日も、僕達にアドバイスしてくれたし」
剣を腕だけで振るな。全身を使え。そう言われて意識してみれば、確かに剣が鋭くなった感覚があった。だからこそ、レックス様が期待してくれているって伝わる。何も持たなかった僕でも、見ていてくれるのだと思える。
「曲射、必ず覚えないとね。私に期待してくれているんだもの。裏切れないわ」
「僕も、もっと強くならないと。せめて剣技だけでもレックス様に勝てなきゃ、意味がないんだから」
レックス様は、強大な闇魔法を使えるのだという。それなら、魔法で勝つのは難しいはずだ。だからこそ、剣技だけは。お役に立つのなら、彼にできないことをできなきゃ、仕方ないんだから。
「そうね。私達は、必ず強くなってみせるのよ。レックス様のご恩に報いるためにも」
「美味しい食事も、暖かい寝床も、訓練の時間も、全部もらっているんだからね」
具なんてない汁をすすって、獣の皮だけを頼りに夜を過ごして。そして、実戦で技を磨く日々。それを考えれば、レックス様のくれたものは、大きすぎるくらいだ。
肉も野菜も魚も食べられて、3食出てきて、ベッドの中で眠れる。その上、魔法も剣技も教われる。そんなこと、想像したことすら無かったんだよ。だけど、今は思い描いた以上の生活ができている。全部全部、レックス様のおかげなんだ。だから、恩返しをしたい。そんなの、当たり前のことだよね。
「あのまま過ごしていたって、私達に未来はなかった。だから、ね」
「時間の問題だったよね。飢えて死ぬのが早いか、獣に殺されるのが早いか。どっちだっただろう?」
少なくとも、成人を迎えることはできなかっただろう。それだけは、確信できていたんだ。でも、今は未来を考えることができる。レックス様のお役に立つ未来を。
「そんなこと、考えなくてもいいのよ。レックス様は、私達に希望をくれた。だから、返すだけよ」
「確かにね。もしものことなんて、考えても無駄だよね。よーし、頑張っていこう!」
どんな敵でも、打ち破ってみせるから。だから、僕達をずっと見ていてほしい。言葉の割に、優しい瞳。それに見つめられる幸せは、きっと他の誰にも分からない。でも、それで良いんだ。レックス様が居てくれる限り、僕は幸福だから。
だから、レックス様の敵は、みんなみんな殺す。故郷が同じだろうと。シュテル以外の人間なら、誰だって殺せる。
お願いだよ、レックス様。僕に期待していてほしい。暖かく見守っていてほしい。それだけで、何だってできるから。強くなれるから。
シュテルともども、人生をかけて仕えるよ。だから、ずっと、一緒に居てほしいんだ。どんな未来でも、ずっと。永遠に。
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