第41話 妹の情
カミラがアストラ学園に向かってすぐ。メアリが俺の部屋へとやってきた。突然のことだったが、笑顔で出迎える。なんとなく、寂しそうに見えた。どうしたのだろうか。
「ねえ、お兄様。メアリのこと、ぎゅってして?」
メアリは、とても真剣な目で見てくる。よほどの事があったのかもしれない。なら、すぐにでも抱きしめた方が良いのだろうか。それとも、話を聞いた方が良いのだろうか。いずれにせよ、抱きしめる事に異論はない。メアリの望みなら、叶えるだけだ。
「突然だな。別に構わないが。何かあったのか?」
「お姉様が学園に行くでしょ? お兄様とも、来年には離れ離れになっちゃうから」
ああ、なるほどな。カミラが遠くに行くのは、確かに寂しくはある。来年には、カミラとは会えるだろうが、メアリとは離れ離れになってしまう。そう考えると、今のうちに色々とこなしておくのは、大事なことだよな。
「確かに、それは寂しいかもな。メアリと会えない時間があると思うと」
「お兄様も、同じことを考えてくれているのね! メアリ嬉しい!」
明るい顔を見せたメアリを、さっそく抱きしめていく。相手の方からも強く抱き返されて、体温を強く感じた。メアリは、小さい体に色々と抱え込んでいるフシがある。だから、しっかりと甘やかしてあげないとな。
なんというか、ブラック家だからな。カミラだって、結構歪んでいると言って良い。兄のオリバーは、家族を殺そうとした。父のジェームズは、情らしい情なんてない。そう考えると、かなり良くない環境にいるんだよな。だからこそ、メアリの心を守ってやらないと。
しばらく抱き合っていると、メアリの方から離れていく。満足そうな顔で、喜んでいるのが一目で分かった。
「喜んでもらえて、何よりだよ。メアリは大切な妹だからな」
「お兄様だって、メアリにとっては大切なお兄様なの!」
「ありがとう。そうだな。せっかくの機会だから、何か頼みはあるか? 何でもとは言えないが、聞けることは聞くぞ」
俺の提案に、メアリはまるで悩んだ様子もなく返す。
「それなら、メアリの道具にお兄様の魔力を込めてほしいの。どんな時でも、お兄様を感じられるように」
この願い事からするに、相当懐かれているな。だからこそ、絶対に雑に扱う訳にはいかない。俺がメアリの敵になってしまえば、誰が悪への道を止めるというのか。どう考えても、邪悪の方へ転がり落ちていくのが目に見えている。
そう考えると、何が何でも達成すべきことだよな。メアリを喜ばせるためにも、未来のためにも。
俺は、メアリとは敵対したくない。殺したくない。その程度には、情を感じているんだ。万が一死なれたりしたら、苦しむなんてものじゃ済まないだろう。だから、今のうちから、人の暖かさを教えていかなくてはならない。人を殺すことを当然と思わないように。人の大切さを学べるように。
「分かった。それくらいなら、大した手間ではないよ」
「じゃあ、まずはお洋服にお願い! いま着ているものに!」
「任せてくれ。行くぞ」
すぐに、メアリの服に触れて魔力を込める。杖を作った時のように、少しくらいは妹の役に立てるように。俺の魔力が、彼女を守ってくれるように。
「お兄様の魔力、あったかい……。ねえ、お兄様。他の服にも、魔力を込めてもらっても良い?」
服に魔力を込めると聞いた時から、そのつもりだった。メアリにとっては、きっと親しい人間は俺だけなんだと思う。だから、いつでも俺を感じられたら、心が癒やされるのだろう。自信過剰なようで嫌だが、おそらくは事実だ。
「もちろんだ。それくらいのことで、魔力が切れたりはしないからな」
「お兄様はすごいのね。メアリが同じことをしたら、ヘトヘトになっちゃう」
まあ、メアリはまだ幼いからな。原作では、相当強い敵キャラだったはずだ。その時点で、才能は保証されていると言って良い。とはいえ、油断は禁物だよな。俺ですら負けかねない相手も思いつく。だから、できるだけ強くなって欲しい。俺に万が一のことがあっても、生き延びられるように。
「メアリが褒めてくれて、嬉しいよ」
「お兄様、メアリもお兄様みたいになれるかな?」
メアリなら、きっと強くなれるはずだ。そう思う。カミラだって、とても強くなった。俺だって、相当な才能がある。同じ血が流れているんだからな。原作のことを抜きにしても、強くなれる要素は十分にある。
もちろん、メアリが努力を忘れてしまえば、その限りではないのだが。とはいえ、大丈夫だろう。俺の妹は、とても良い子なんだからな。
「ああ、きっとな。俺だって協力するよ」
「お兄様が手伝ってくれるのなら、きっと大丈夫ね!」
無邪気な信頼に、つい応えたくなってしまう。まあ、俺の目的にとっても、都合が良いことだ。メアリを俺と同じ道に引き込めれば、とても心強い味方になるだろうから。まあ、少なくとも今のメアリには、戦わせたくはないが。
「じゃあ、メアリの部屋に行くか? そこの服に魔力を込めれば良いんだよな」
「もうちょっと、お願いしても良い? 食器とか、ベッドとか、他のものにも魔力を込めてほしいの」
「分かった。可愛いメアリのためだからな。大した事じゃないさ」
「ありがとう、お兄様! メアリ、お兄様のこと、大好き!」
「俺だって、メアリのことが大好きだぞ」
ということで、メアリの部屋へと移動していく。元気に手を引っ張られているので、相当機嫌が良いのだろう。俺が喜ばせていると考えると、嬉しくなるな。そして、今からはもっと喜ばせられるはずだ。そう考えると、気分が良い。
「さて、魔力を込めていくか。……よし、こんなものだろう」
全体に魔力を広げて、部屋にある様々なものに込めていく。すると、メアリはすぐに笑顔になってくれた。
「うわあ、部屋いっぱいからお兄様を感じる! とっても素敵ね!」
なんというか、考え方次第では恐ろしいのだが。部屋中に写真を貼っているような姿を、一瞬だけ想像してしまった。まあ、メアリに限っては、ありえないだろうが。
「喜んでくれたのなら、何よりだ。俺は部屋に戻っているよ」
「ありがとう、お兄様! これからも、メアリのことを可愛がってね?」
「もちろんだ。大切な妹なんだからな」
ということで自室に戻ってから、今後の方針を考え直していた。
「メアリはずいぶん懐いてくれている。だから、この調子で軌道修正していきたいな。未来でも、悪にならないように」
新しい関係を作ることを重視して、今までの関係が壊れてしまっては意味がない。そう考えさせられる時間だった。味方を増やすことは大事だが、いま味方でいてくれる人を大事にするのは、当たり前のことだよな。
「それなら、メアリとの時間をもっと増やすべきだよな。しっかりと、時間を作っていこう。メアリにも、俺にも、良い未来がやってくるように」
メアリに悪に堕ちてほしくない。それは、俺の心からの想いだ。仲良くしていきたいし、できればずっと一緒に居たい。可愛い妹というのは、本音だからな。
だからこそ、メアリを幸せにするために、善行の良さを知ってもらうために、もっと頑張っていくべきなんだ。
「できれば、計画の学校もどきの人たちと、メアリが仲良くなってくれたらな。まあ、急ぎすぎても良くない。ゆっくりと行こう」
まずは、学校もどきをしっかりと形にする。そこを失敗すれば、何も得られない。だから、一歩一歩しっかりと。未来に向けて、頑張っていこう。
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