第18話 水上さんは相方がほしい

「驚いた」


 思わず口をついて出てきたその言葉が、嘘偽らざる本音だった。

 まさか何回も何回もリターンマッチを挑んでくる相手が知り合いだったってだけでも驚きなのに、それがクラスメイト──そして、「孤高の雪姫」な水上さんだったともなれば、天地がひっくり返る衝撃だ。


「はい、私も驚いています」

「俺が『ツナ缶三百円』だったことに?」

「ええ、まさかクラスメイトが何度挑んでも勝てなかった……私が目標としていたプレイヤーだとは思いませんでしたから」


 水上さんは淡々と語ってこそいたけど、言葉の端々からは憧れと悔しさが入り混じった、複雑な感情が滲んでいた。

 目標としていた、って話を面と向かってされるのはこそばゆいし、背中を追いかけられる側の人間が軽々しくいうものじゃないんだろうけど、水上さんの気持ちはよくわかる。


 俺だって、今でこそ店舗ランキング一位の座を不動のものとしているけど、始めたての頃はそりゃもうボコボコにされてたからな。

 あいつ許さん、という怒りといつか絶対に超えてやる、という憧れを燃やして、ここまで走り抜けてきたのだから。

 多分言葉に出していないだけで、水上さんも少なからず俺のことを、「ツナ缶三百円」のことを結構疎ましく思っているだろう。


 そう考えると、なんというかもう少しマシなハンドルネームをつけておくべきだったな。

 ツナ缶三百円の文字列が頂点に光り輝いている構図、冷静に考えたら嫌すぎるだろ。


「それで、水上さんは俺になんの用? 十先ルールで対戦でもやる?」


 驚きこそしたけど、俺に取って問題があるとするならそこだった。

 十先ルールというのはまあ、先に十回勝つまで対戦する儀式みたいなものだ。そこは大した問題じゃない。

 水上さんが今朝から妙に視線を向けてきた理由は理解できた今、問題はただ挨拶にきたのか、それともなにか明確に目的があって話しかけてきたか、という話だ。


「……怒らないで聞いていただけますか」

「あ、ああ……」


 その薄い唇が口ずさんだ言葉は予想してなかった返しだったけど、まさかこの前千歌と一緒に来たとき、正直結構イキってた俺のことが心底ムカつくから今すぐこの店から消えてくれとか、そういう話じゃないだろうな。


 いや、そう言われたとしても文句は言えないんだけど……代わりのホーム、行きつけの店を探す準備でもしておくべきか?


 などと、俺が狼狽えていると。


「私と、固定を組んでください。土方さん」


 水上さんはその小さな掌を差し伸べて、そう言い放った。


「……固定?」

「はい。私の実力があなたに及ばないことは理解しています。ですから、恥を忍んで言っています」


 いつも通りの淡々とした無表情だったけど、水上さんはどこか気恥ずかしそうに俺から目を逸らして呟くように言葉を続ける。

 固定か。そういえば非リア同盟が崩壊してからは久しくやってないな。

 全国行こうぜ、と意気込んでいたあいつらとの友情も脆いものだったな、と、少しだけ物悲しくなる。


 固定というのは、早い話がこのゲームのルールの一つで、二対二のチーム対戦を行う際、そのチームを組むことだ。隣に座る相方ってやつだな。

 それをランダムで決めるのがシャッフルというルールなんだけど……正直こっちはあんまりお勧めしない。

 やるなら固定かタイマンかの二択だというのがプレイヤー間の定説だった。


 話が逸れたな。

 ともかく、水上さんは俺と固定を組みたがっている、ということだ。

 前にタイマンで戦った感じ、基礎以上の動きはできているからそんなに卑下するものじゃないとは思うけど、これも俺がいえたことじゃないな。


「全然構わないよ。俺も相方探ししようかな、って思ってたとこだったし」

「本当ですか?」

「……昔組んでたやつらは今頃パフェでも食ってるだろうからな」

「はあ……」


 遠い目をして天井を見上げる俺の様子に、水上さんが小首を傾げる。

 いいんだ。これはただの感傷だから。

 悲しくなんかないんだからな。ちくしょう。


「ではお願いします、土方……いえ、ツナ缶三百円さん」

「そこは普通に土方でいいよ」


 やっぱりハンドルネームは付け直したほうがよさそうだった。




◇◆◇




「水上さん、今着地取れる!」

「了解しました!」


 そんなこんなで組んだ固定だったけど、できて間もないタッグにしては、元々水上さんの筋がいいこともあって、よく動けていた。

 画面の中で、ブースターゲージを使い切った相手の機体の着地に合わせて、水上さんが操っているロボットが、ミニガンの掃射を浴びせる形でトドメをさす。


 画面の左上に表示されている二つのゲージのうち、相手側のそれが空になったことで勝利条件は満たされた。

 よし、と小さくガッツポーズをしている間にも、画面には「WIN」の文字が浮かび上がっている。

 その脇に、でかでかと金色に輝く「10Wins」のエンブレムをつけて。


「よし、これで計二十連勝。大体こんなもんかな」

「……さすがの腕前ですね」

「水上さんが合わせてくれたおかげだよ」


 実際、二対二の戦いはタイマンとは勝手が違う。

 同じ画面に映る二機の前衛後衛の役割だとか、セオリーを理解した上で息を合わせた密な連携が求められるからだ。

 そういう意味では、比較的好き勝手暴れられる前衛をやっていた俺よりも、後衛としてこっちの動きに合わせてくれていた水上さんの方が貢献度は大きいだろう。


 またツナ缶の野郎か、だとか、小声で飛んでくる外野の野次が今は心地いい。

 でも「Yuki-7氏をはべらせやがって」ってのは大いなる誤解だぞ。

 俺だって怒るぞ、しまいには遺憾の意を表明するぞこの野郎。


「もうこんな時間ですか」


 俺がそんな他愛もない怒りを浮かべている間、特に野次を気にした様子もなく水上さんはスマートフォンの画面を一瞥して、そう呟いた。


「本当だ、そろそろ俺は帰ることにするよ」


 水上さんの言う通り、ここでもう一戦粘るには結構時間が経ってしまっている。

 別に門限とかがあるわけではないけど、夜のゲーセンは格段に治安が悪くなるイメージがあるから、長居はしたくないんだよな。


 しかし、百円で結構長い時間遊べただけでもコスパがいい。


「そうですね、私も帰ることにします」

「お疲れ様、また明日学校で──」

「まさか、送っていってくれないんですか」


 澄ました顔で、さらりと爆弾発言を投下した水上さんの前で、俺はただ目を白黒させる他になかった。

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