第9話 他愛なき帰り道
その後も相変わらず視線の針山地獄に立たされていたこと以外は何事もなく授業は終わって、生徒たちは思い思いの放課後へと向かっていく。
真っ先に家に帰るやつ。部活に情熱を燃やすやつ。あるいは春の陽気に浮かされて、昨日の俺みたいに一目惚れした異性にアタックをかけるやつ。
なんだかんだで、こういう雑多な光景は嫌いじゃない。俺自身、部活とかにあまり情熱を燃やすタイプじゃなかったから、一年生のうちからレギュラーの座を狙って虎視眈々と練習に打ち込んでいるやつのことは素直に尊敬する。
とはいえ悲しいかな、ここはごく一般的な公立高校でしかない。
甲子園に出たこともなければ、インターハイは何者だって具合だし、文化部だって思わしい成績を残した話は聞いたことがないぐらいだ。
それでも、全力をかけられるのが、自分の時間を焚べて燃やす情熱を持てるやつが謳歌するのが、青春というものなんだろう……なんてポエトリーなことを考えているのは、単純に目の前の現実から全力で逃避したいからだった。
「うひひ、空ぁ、照れんなってぇ」
「……千歌、お前今日女バドの助っ人じゃなかったのかよ」
「それならパスしてきたから安心して?」
なにを安心しろっていうんだよ。
案の定朝だけで諦めてくれるはずもなく、千歌は俺の左腕に両腕を絡めて軽く体重を押し付けていた。
どこに出しても恥ずかしいバカップルの構図、その再来だ。
「普通に可哀想だろ、女バドの連中が」
「いうて私が呼ばれた理由なんて帰宅部で暇そうだからとかそんなんだし、練習試合とかでもないし、最初から当てにしてないでしょ」
練習試合とかだったらさすがにそっちを優先するけどさ、と千歌は唇を尖らせる。
よくわからないけど、乙女心とやらは千歌の中じゃよっぽど優先度が高いらしい。
予定をドタキャンされた女バドの部員たちに同情を寄せつつ、俺は左腕に押し付けられた柔らかな感触から、いかに意識を逸らすかを考えていた。
千歌は確かに幼馴染で、今のところそれ以上でも以下でもない。
今後も多分それは変わらないのだろう。
だけど、俺だってその、なんだ。色々持て余してる健全な高校生男子なわけでな。
……こうして改めて見てみると、「クラスで三番目に可愛い女の子」なんて言われちゃいるけど、そのあだ名も返上できそうだ。
ばさばさしている長いまつ毛はエクステの類を使っていないし、化粧だって校則の関係で最低限だというのに、それでも尚「可愛い」と誰もが思うような顔立ちをしているんだから。
水上さんは「クラスで一番可愛い女の子」といわれているけど、正確にいえば「クラスで一番綺麗な」だと俺は思う。
千歌と水上さんじゃ、顔立ちの質が違うのだ。
よくよく考えてみれば、そんな当たり前のことすら知らずに、考えずに、ただ「彼女がほしい」という理由だけで告白をかました俺の浅ましさよ。
親友二人に裏切られて焦ってたんだから仕方ないと、そう開き直ることはできるとしても、開き直ったところで余計惨めになるだけだ。
全く、若気の至りは恐ろしい。
「うひひ。照れてる照れてるぅ、私自慢のFカップの味わいはどうだー、マイダーリン?」
「誰がダーリンだこの野郎」
「そんな強がんなってー、なんならこっちは揉ませてあげてもいいんだよ?」
「俺の社会的生命を奪うつもりか、お前は!?」
こんなところで文字通り乳繰りあっていたら、先生なり他の誰かなりに見られて生徒指導質送りだろうよ。
その提案に思わず生唾を飲みかけたのを否定できないのが悔しいけどさ。
「んー、奪いたいのはどっちかっていうとど……」
「ところで千歌、お前水上さんと仲良いのか?」
全力で話題を逸らしにかかった俺の反射速度を誰か褒めてほしい。
なんだこの暴走特急は。今の今までただの幼馴染以上でも以下でもない関係でやってたのに、ここにきて急に「ガチ」になってやがる。
世界で一番可愛いと思うとかどうとかを通り越してそれはもうアウトなんだよなあ。そう考えると千歌のアプローチも結構ズレているのかもしれなかった。
「雪菜と? まあ私は仲良いつもりだけど」
「そっか、いや、昼休みにやたら仲良さそうに会話してたから、なんか接点でもあったのかと思ってさ」
千歌は割と誰とでも仲良くなれるタイプのコミュ力お化けだから、水上さんにもその調子で接しているだけなのかもしれないけどさ。
「んー、雪菜が私のことどう思ってるかは正直よくわかんないかな。でも私は雪菜のこと、友達だと思ってるよー?」
「なるほどな」
「……でも、もしかしたらライバルになるのかもね」
ぼそり、と千歌が最後に付け足した言葉の意味はよくわからなかったけど、水上さんは孤高なイメージが付き纏っているから、少なくとも一人は友達でいてくれる誰かがいるっていうのはいいことなのかもしれない。
他人の仲を詮索して勝手に心配するなっていわれたらそこまでの話だけど。
でも実際、この一週間で水上さんが誰かに自分から話しかけに行ったところなんて、今日の昼休みぐらいだ。
いつもは大体氷像のような無表情で、カバーのかかった本を読んでいることが多いから、意外だった。
「ところでさ、空」
「なんだよ、千歌」
「せっかく帰宅部の男女二人が、彼氏彼女が暇してるんだからさ、やるべきことがあるんじゃない?」
うひひ、と含み笑いをして、千歌は俺を上目遣いで見つめてくる。
帰宅部で暇を持て余した男女にやるべきことがあるとするならそれは明日の予習と復習なんじゃねえかな。
実際のところ、俺はそこまで徹底するほど優等生ってわけじゃないけどさ。
「やるべきことってなんだよ、帰宅部のやるべきことなんて家に帰るだけだろ」
「ったく鈍いなぁマイダーリンは」
「誰が」
「空が」
「……」
今度は不満げに頬を膨らませて、千歌は抗議の意思を示す。
「こほん。そう、カップルの放課後といったらおデートだよねおデート! そんなわけで私をどっかに連れてってよ、空!」
かと思えば一転、満面の笑顔でそんなおねだりをしてくる千歌の表情はさながら万華鏡だ。
秋の空と万華鏡。
くるくる回る乙女心に翻弄されながら俺は、溜息と共に少ない引き出しを必死に漁って、彼女(仮)の要望を叶えるために首を捻った。
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