第4話 同伴登校
朝から若干重めな食事を終えた俺たちが次にやることといえば、登校の一言なんだが。
「ものすごく学校行きたくねえんだよなあ……」
高校生活が始まって一週間。思い入れができるよりも早く針の筵と化してしまった我がクラスの惨状を想像して、溜息を一つ。
これが他人の責任であったなら、八つ当たりもできたんだろうけど、引き金を引いたのは間違いなく俺なんだからどうしようもない。
クラスで一番の美少女、「孤高の雪姫」こと水上雪菜さんに告って玉砕、女子からの好感度は一気に底辺まで落ち込んだ……まではいいんだ、うん。
問題はそこから先の話でな。
「なに小学生みたいなこと言ってんの? あっそっか、恋人と一緒に登校するなんて初めてだから緊張してるってとこかな? うひひ」
「ははは、ぬかしよる」
足の進みが遅い俺の半歩先に踏み込んで顔を覗き込んで煽ってきた千歌を煽り返して、俺は再び溜息をつく。
なにが恋人と一緒の登校だ、お前とは小学校の頃から一緒に学校に通ってるだろうが。
だけど、問題の本質がそこにあるのは間違いなかった。
千歌が持ちかけてきた取引……俺が三ヶ月の間でこいつのことを一度でも「世界で一番可愛い」と言ったら負け、本当の恋人になってもらうというそれのおかげで、俺はクラスの男子からも恨みを買う羽目になったのだ。
だったら断ればよかったって?
俺もそう思うよ、だけど断ったら断ったでろくな結末が待ってないことは容易に想像がつく。
悲しいことに傷心の美少女と傷心の一般男子生徒では「可哀想」の度合いが違う。
もしもこいつの提案を断っていたら、傷心の千歌には溢れんばかりの同情票が集まって、俺は恐らくクラスの敵として一年を過ごすことになっていただろうよ。
そんな未来なんて、想像するだけでもおぞましい。
ああ、滅んでくれルッキズム。
美少女とイケメンが学生生活における免罪符になるこんな世の中じゃあ毒の一つも吐きたくなるというものだ。
もっとも、容姿で告白する相手を選んだ俺がいえた義理はどこにもないんだけどな。
「むー、こんな美少女を捕まえて文句を言うなんて本当に空って選り好みすごいよね……まだ雪菜のこと、気になるの?」
そんなことを宣う千歌の表情が少しだけ寂しそうに見えたのは、多分気のせいだろう。
それはそれとしてどうなんだろうな、実際のところ。
水上さんにフラれるのは正直、想定内といえば想定内だった。
よくよく考えなくてもわかることだ。
初対面の相手に愛の告白を受けたとして、それをはいそうですかと承諾するか?
いかに相手が美少女なりイケメンであったとしても、一ミリたりとて情報を知らない相手に自分の人生を預けられるか、という話だ。
じゃあなんで水上さんに告白したのかって?
人間っていうのは悲しいことに不都合な真実より都合のいい可能性を信じたくなる生き物でな、年末になると宝くじ売り場にやたらと人が並ぶのと同じだ。
もしかしたら、が膨らみ続けた結果、取らぬ狸の皮算用までしてしまうあれだよ。若気の至りそのものだったと、今は反省している。
でも、水上さんに未練があるかどうかを聞かれると、正直なところよくわからない。
「わからん」
「なにそれ」
「いや……断られるのはなんとなくわかってたし、フラれたときはそれなりにショックだったし」
「じゃあ、今でも空は雪菜と付き合いたいって思ってるわけだ」
千歌は不満げに眉をひそめて、唇を尖らせた。
そもそも俺は付き合いたかったんだろうか。水上さんと。
告白の原動力になったのは主に俺を裏切りやがった元非リア同盟の二人組に対する憎しみと、見返してやりたい気持ちが八割だった……っていうと自分でも最低だとは思うけど、事実だから仕方がない。
ただ、残り二割が自分でもよくわかっていないのは確かだった。
それもそうだよな。
考え直してみれば、俺は恋愛のれの字も知らない正真正銘の彼女いない歴イコール年齢の非モテだ。
誰かと付き合うといったって、漠然としたイメージがあるだけで、そこから先のビジョンは浮かんでこない程度には重度のそれに違いはない。
だから、わからないんだ。
俺は本当に水上さんと付き合いたかったのか。
本当に誰でもよかったなら、なんで千歌のことをそういう目で見られないのか。そしてなぜ、俺の脳裏に水上さんのあの切れ長の瞳が残像のようにちらついているのか。
「……ごめん。わからん。正直言って、彼女はほしいけど、そこから先についてはさっぱりなんだ」
だから俺は、千歌の問いにそう答えることしかできなかった。
相手が相手なら彼女を持ち物かなにかと思っているのかと詰め寄られそうなものだし、それについては謝ることしかできない。
でも、彼女が……俺を裏切りやがったあいつらみたいにお互いに幸せでいられる関係が欲しいのは、確かなんだ。
「じゃあ、雪菜とどうしても付き合いたいってわけじゃないんだ?」
「まあ、そうなるのかもしれない……」
否定する度に脳裏をよぎる水上さんの横顔を振り切るように、千歌から目を逸らしてそう答える。
「……よかった」
「なんか言ったか?」
「ううん、別に? あっ、そうそう」
「なんだよ……ッ!?」
言うや否や、急に二の腕へと柔らかい感触が押しつけられた。
慌てて逸らしていた視線を元に戻してみれば、そこには俺の二の腕に細い両腕を絡めて、いたずらっぽい笑みを浮かべている千歌の姿があった。
ぼんやり考え込んでいたせいで気づかなかったけど、周りにはぽつぽつと同じ制服を着た生徒たちが気だるそうに登校している様子がついでに目に映る。
──こ、この野郎、やりやがった!
「そんな不幸な空くんには千歌ちゃんから幸せの味をお裾分けだぜ、マイダーリン」
「誰がダーリンだこの野郎、お前!」
「ふふふ、ちなみに私、Fカップだよ」
うわ、でけえ……じゃなかった。
このどこからどう見ても浮かれたバカップルにしか見えない構図を作ったのは明らかに故意犯だろう。
いつの間にか二の腕に頬まで擦り寄せている千歌を一瞥して、俺は天を仰ぐ。
通りすがる生徒たちは俺たちのそんな浮かれた様子を見てひそひそと何事かを囁き合っているし、気にしてないのは同じようなことをしているカップルぐらいだ。
「うひひ、幸せかー? 幸せだよね、空ー?」
「差し引き考えたらそうでもねえよ!」
「じゃあもっと強く抱きついた方がいい? あっ、いっそ教室までこのままでいよっか! 幸せホルモン不足のマイダーリン」
だから誰がダーリンだこの野郎。
自ら踏み抜いて起爆した地雷の爆風に心を大きく煽られながら、俺は故意犯の幼馴染の掌の上で、負け惜しみを呟くことしかできなかった。
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