第2話 護衛として意外と順応している

 3年後。

 イルゼはユージーンの生家であるフェルクス家で、警備兵に混ざって訓練したり、ユージーンの母君の護衛をしたりして過ごしていた。

 たまに学生の頃の様に、ユージーンと手合わせをすることもある。


 つまりフェルクス家お抱えの護衛として、雇われていた。



 本来なら入団式に出席するはずだったあの日、事情聴取から解放されて、城の前で呆然と立ち尽くすイルゼを、フェルクス家の執事が迎えに来て、そのまま雇ってくれたのだ。


 侯爵家のお抱えの護衛になれるなんて、平民出のイルゼにしてみたら大出世だ。

 ありがたいと思っている。


・・・・本来なら花形の第1騎士団に入団している予定だったことは、考えないようにする。



「この俺に勝てる人材がこんなところでくすぶっているとは、国家の損失だな。」


 今日はユージーンに誘われて、久しぶりに剣を交えていた。

 勝負は五分五分で、4本打ち合ったら2本勝って2本負けるといったところだ。



「君の母君の警護は、とても楽しい。やりがいのある仕事だよ。」


 イルゼは、すぐにユージーンの母に気に入られた。

 侍女のドレスを着ていたら、お茶会や買い物などに連れて行っても護衛などいないかのようで、女性同士の話もしやすいらしい。


 最近では、高位貴族の婦人の中で、女性騎士をそうと分からないように侍女に紛れさせているのが流行り始めている。


 王妃様の主催するお茶会にも何度か参加させていただいて、声を掛けていただくこともある。

 社交辞令だとは思うが、恐れ多くも、王妃付きの護衛にならないかと会うたびに誘われるのだ。

 その度にユージーンの母のマチルダが、『この子は一生うちにいてもらう予定です!』とふくれて見せるのがお決まりだ。

 



「そうか。母上も喜んでおられる。王妃にイルゼをとられないかと、ひやひやしているぞ。」

「まさか。王妃様が私に声を掛けてくれるのは、マチルダ様をからかうための冗談だよ。」





 手合わせは終わると使用人たちが、木陰にお茶を用意してくれた。




「そういえば、来週の王宮の舞踏会、護衛を頼めるか。ドレス姿のほうで。」

「もちろんだよ。」


 イルゼの仕事はフェルクス家の護衛なのだから、他に予定も入りようもない。

 ドレス姿という事は、またマチルダ様の付き添いだろう。


 フェルクス家の護衛になって、ドレス姿での仕事も増えた頃、仕事で必要だからと揃えてくれたドレスの中に、水色がかった白のドレスを見つけた時、イルゼは父親が捕らえられてから初めて泣いた。

 破れた袖も綺麗に補修された、父の買ってくれたこの世に1枚だけのドレスだった。







*****







 舞踏会当日、マチルダに指定されたドレスは、付き添いの侍女にしては華やかな物だった。

 しかし雇い主であり、大恩人であるフェルクス家の者に着ろと願われれば着るまでだ。イルゼに迷いはない。


 まあ本当にイルゼが嫌がるお願いはされたことはないのだが。




 今回のドレスも、実際に着てみたら誂えたようにイルゼにピッタリだった。



 マチルダと同じ馬車に乗るのかと思ったら、ユージーンの乗る馬車の方に行くように言われる。

 




 ユージーンがエスコートしてくれて、馬車に乗る。


 フェルクス侯爵夫妻の乗る馬車に比べると、比較的小さめの馬車の車内には、ユージーンが1人でいた。

 これから、パートナーのご令嬢を屋敷まで迎えに寄るのだろう。


「今日のパートナーのご令嬢は誰だ?」

「お前だが?」



 ユージーンの言葉にイルゼが固まる。

 ご婦人達には受け入れられつつあるイルゼだが、横領犯とされているローガンの娘であることは消せない。


 王宮での舞踏会のパートナーとして連れて行けば、ユージーンに迷惑が掛かってしまうかもしれない。



「ユージーン。それは困るよ。君の評判に傷がつく。」

「君の父君は横領などしていないのだろう?」

「当然だ。」

「だったら、堂々としていろ。」

「そんな簡単な話では・・・。」

「どのみち、これからパートナーを探しても見つかるはずもない。俺をパートナーも見つけられなかった男にするつもりか?」



 そう言われると、それ以上は反論できない。


 いつも通りポーカーフェイスのユージーンの横顔を眺める。

 16歳で騎士学校を卒業して3年。もう19歳だ。


 卒業時は少しだけ残っていた幼さも消え、精悍で男らしく、そして貴族としての優雅さもある。

 美しい銀髪は、訓練の邪魔にならないようにと短く切りそろえられている。


 何よりも侯爵家の次男で独身、婚約者ナシ。




 舞踏会の当日だろうと、1時間前だろうと。例え10秒前だろうと、声を掛けさえすれば喜んでパートナーになるご令嬢はいそうなものなのだが。


そう簡単ではないのだろうか。貴族社会のことなど分からないイルゼには、知る由もない。




 ふと、護衛以外で誰かと舞踏会に出るのは初めてな事に、イルゼは気が付いた。

 3年前のあの日、卒業パーティーでは、始まってすぐに第4騎士団に連れて行かれてしまったため、ノーカウントだろう。

 あの時のパートナーも、ユージーンだった。






*****






 王宮のダンスホールに入ると、拍子抜けなほど好意的に、イルゼは迎えられた。


 ユージーンが挨拶をしたり、話したりする相手は、騎士団関係者が多いのだが、イルゼにも優しく話しかけてくれる。


 父親のことに触れない者が多かったが、たまに『お父上にはお世話になりました』などと声を掛けてくれる者もいた。




 一応何曲かは踊るのがマナーらしく、挨拶がひと段落したところで、中央のダンスの輪に加わる。

 ユージーンのダンスの練習に何度か付き合わされた事があるので、困らない程度には踊れる。


 しかし踊り始めると、何故だか会場中から視線が集中するのを感じた。



「・・・私は何か間違った踊り方をしているだろうか?浮いているような気がする。」

「動きのキレが良すぎて浮いてはいるな。」



 珍しく楽しそうに微笑むユージーンに、まあマナー違反でないならいいか、とイルゼは思った。

 







「おい、ユージーン。そんな犯罪者の娘と踊るなよ。君の名誉に傷がつく。」



 3曲ほど踊って、ノルマは果たしたとばかりに踊りの輪から外れた時だった。

 そんな声が掛けられたのは。


 ついにきたか。むしろ少なすぎるくらいだ。

 この程度の批判は想定内だった。



 話しかけてきた者の顔を見ると、騎士学校時代に見かけた事がある気がする。


「イルゼは無罪であることが証明されている。」

 すかさずユージーンが答えた。



「所詮は犯罪者の娘だ。ローガンの奴も、庶民の出で第3騎士団の副団長になるなど、どうせ以前から汚い手を使っていたのだろう。ユージーン、君の友として忠告する。お優しい君は、学友をほおっておけないのだろうが、君の様な優秀な男が、そんな傷物と踊る必要はない。他にいくらでも相手がいるだろう。」


 随分、ユージーンと親しいらしい。

 なんとなく意外だった。

 ユージーンの友人達とはタイプが違うような気がして。


「・・・すまない。君の名前はなんだったかな?」

「・・・!!」



・・・やはりあまり親しくは無かったようだ。

 イルゼにも見覚えがあるので、騎士学校の同期な事は間違いないだろうが。




 絶句して言葉も出ない男。





クスッ


えー、やだ、誰あの人。

ユージーン様も知らないみたいよ。


クスクスクス




 訓練され鋭敏なイルゼの耳が、そんな声を拾う。

 目の前で羞恥に震えるこの男には聞こえていなければいいのだけど。



「・・!失礼する!後悔するなよユージーン!!」




 捨て台詞を吐いた男は、速足で警備の騎士たちの元へ向かい、そのまま警備に加わった。

 ちなみに侯爵令息のユージーンは今夜は非番だ。



「なんだあれは。職務中におしゃべりをしに来たのか。あの腕章は第4騎士団だな。後でうちの隊の団長を通じて忠告しておくか。」




 想定内、いや、想定していたよりもあっけない批判。

 なんてことのない出来事だと思っていたイルゼだったが、急に胸に湧き出てきた不安に、思わずユージーンに声も掛けずに歩き出した。


 目についた近くのバルコニーへ。

 薄手のカーテンが掛かっていて、外に出ればホールからは見えにくそうだ。


 幸いバルコニーには誰もおらず、イルゼは気持ちの良い夜風に触れて、深呼吸をした。



「おい、突然どうした。」


 ユージーンは追いかけてきてくれた。


「ここで少し休んでいるよ。ユージーンはパーティーを楽しんで。」

 先ほどから、何人もの令嬢が話しかけてきていた。

 ダンスの相手に困る事もないだろう。




「あんなアホのいう事を気に病んでいるのか?」

「まさか。騎士学校時代から、色々と言われ慣れているから。あの程度どうということはないよ。」



 そう言ってから、これは少しウソだなとイルゼは思った。



「・・・いや、やっぱり気になるかも。ユージーン、私と一緒にいたら君の評判にも傷が付いてしまう。給料も貯まってきたし、お世話になったけれど・・・・。」



 そう。イルゼは自分の事などどう言われても、今更心にさざ波すら立たない。

 でも今これだけ、胸がざわついているのは、ユージーンの事を考えてだった。

 自分の評判などどうでもいい。

 でも一緒にいることで、ユージーンの評判に傷がつくのなら、これ以上一緒にいることはできない。



「俺はバカではない。」

「あ、うん。もちろん知っている。」



 唐突にユージーンが言った。

 話の流れが読めなくて、イルゼは戸惑った。




「騎士学校の首席卒業生をお抱えにできるなんて、本来王族くらいだぞ。くだらない風評で逃すほどバカではないさ。」



 そう言って、ユージーンはイルゼの隣にならんで、バルコニーの柵に寄りかかる。


 2人で、豪華な庭を見るともなしに眺める。



「パーティーに、戻らないのか?」

「護衛がここから動かないからな。」



 それ以上の言葉は、いらなかった。












「ところでイルゼ。さっきのあいつ、名前何だったか覚えているか?」

「・・・・ゴメン。私も忘れた。」








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