第一話 戦慄の害獣被害調査


 「お呼びでしょうか、檜山課長」


 北海道の東にある町の一つ仮名標津かなしべつ町、ここは町役場の会議室。

 職員の青年波佐間駿はざましゅんは直属の上司檜山英雄ひやまひでおに単身呼び出されていた。


「やあやあ波佐間君、忙しい所呼び出して悪いね、ささ座って座って」


 アラフィフ一歩手前のナイスミドル檜山は微笑を湛え波佐間をパイプ椅子へと促す。

 髪に少し白い物が混じり始めているがその精悍な顔立ち、仕事をスマートに熟す姿に役場の女性職員達に隠れファンが居る程なのだ。


「いえ、粗方今日やるべき仕事は終わりましたので、それで僕……私にどのようなご用件でしょうか?」


 対して波佐間は二十歳になったばかりのまだどこかあどけなさを残す顔立ちをしている。

 体格もどちらかというと細身で見るからにフィジカルはそんなに良い方ではないのは想像がつく。

 ただ彼は少し特殊な外見をしていた。

 銀の髪に蒼い瞳……これは髪を染色している訳でもカラコンをしている訳でもないれっきとした生まれつきである。

 祖父が外国人だった為そうなったようでこの見た目のせいで学校では要らぬトラブルを招いたりいじめに遭ったりしていたが本人は至ってしたたかに育っていた。

 こちらはこちらで可愛いと女性職員に密かに人気があった。


「いやいや一人称は使い慣れたもので良いよ、堅苦しくない様に自分らしくね」


「……はぁ、恐縮です」


 にこやかな檜山に対し波佐間は後頭部に右手を当て軽く頭を下げる。

 パワハラとは無縁の職場だ。


「実は君に折り入って頼みたい仕事があってね」


「仕事……ですか?」


「うん、本来なら総務に話しを通すべきなんだけどね、害獣被害の調査なんだけど……」


「害獣被害の調査……ですか」


 確かにここ最近町市街地にまで熊が出没して実際町民が襲われる被害が頻発していた。

 とはいえ桧山が言っていた通りこの仕事は住民課の配属である波佐間の管轄外である。

 聡明な檜山がその辺を考慮しない訳が無い、波佐間は首を傾げる。


「時に波佐間君、君、口は固い方かな?」


「えっ? どうしてそのような事を聞くのですか?」


「実はこれから話す事はちょっとばかり公に出来ない案件でね、役場の管轄でこういうのはあまりよろしくは無いのだけれど……それで君は口は固い?」


 ふと檜山の表情が険しいものになり会議室の空気が緊張感に満ちたものに変わったのが波佐間にも分かった。

 桧山から得も言われぬ重圧が発せられるのが分かってしまった。


「……恐らく口は固い方だと思います……多分……いえ!! 固いです!!」


 桧山の圧力に気圧されて初めこそ弱気な態度を見せた波佐間だったが一転凛とした力強い返事をした。

 いつも自分に良くしてくれる上司である檜山を常日頃から人として尊敬している波佐間である、檜山の期待は裏切りたくなかった。


「よろしい、私が見込んだだけのことはあるよ」


 桧山はまた先ほどまでの柔和な表情に戻り会議室の張りつめた空気も一気に和らいだ。


「………」


 波佐間もやっと一息、深く息を吐く事が出来た。


「これを見てもらえるかな?」


 桧山が大き目の茶封筒から何枚かの写真を取り出し波佐間の前にある折り畳み式の長机の上に広げた。

 

「……!! これは……」


 写真を見た途端波佐間は絶句した。

 写真に写っていた物……それは何か大きな鋭い刃物で切り付けられた人や野生動物の死体であったのだ。

 人がバラバラに切り刻まれ血塗れに、熊や鹿に至ってはその巨体さえいくつもの輪切りにされているものもあった。


「うっぷ……」


 そのあまりのグロテスクさに狭間は気分が悪くなり口を手で押さえた。


「ごめんねちょっと刺激が強すぎたかな、でもこれが今、仮名標津で起きている害獣被害と呼んでひた隠しにしているものの実態だ」


「これは一体!? とても人間や熊の仕業では無いですよね!? 信じられないけどまさか未知の怪物!?」


「だからそれを君に調べて来て欲しいんだ」


 動揺する波佐間に対してまるで日常業務に携わっているかのように平然としている檜山。


「あの!! これはもう役場がどうこう出来る範疇を超えているのではないですか!? 警察に!! いや自衛隊に事件解決を要請すべきです!!」


 波佐間は声を荒げた。

 当然の反応である、普通なら誰だってそうするはずである。


「それは出来ない」


「何故です!?」


「これが警察や自衛隊などに知られては日本中が大パニックになってしまうからね」


「えっ……!?」


 波佐間は檜山の言っている事に強烈な疑念を感じた。

 桧山の言っている事は一理あるように聞こえてはいるがこの惨事を隠蔽しようとしている事に波佐間は大いに賛同しかねる。


「まあ聞きなさい、何の策も無くこんな危険な調査に君を駆り出そうなんて思ってはいないよ、君と同じく口の固い人間が数人同行する、君を守ってくれるはずだよ」


「僕はそういう事が言いたいんじゃなくて!!」


「おや、では君はこの事態を放っておくって言うのかい?」


「それは僕の台詞です!!」


 波佐間は大きく肩で息をしている、激昂し過ぎて言葉が出なくなっているのだ。


「分かったよ、君の正義感は私も認める所がある……じゃあこうしよう、この調査を君が行ってくれた後になら私が責任を持ってその調査結果を警察や自衛隊、更には国に報告すると約束しようじゃないか」


「ぜ、絶対ですよ!? 約束しましたからね!?」


「ああ、私に二言は無いよ」


 肩をすくめてみせる檜山。


「分かりました、その仕事請けましょう」


 どうにか怒りを抑え込んで返事をする波佐間。


「ありがとう、必要な物があれば言ってくれたまえ可能な限り希望に添うよう尽力しようじゃないか」


「……失礼します」


 桧山の提案に言葉を返さず振り向きもせず波佐間は会議室を出て行った。


「……さて、ここからどう事態が動き出すか……見物ですね」


 既に窓から茜色の西日の射す会議室で檜山はひとりほくそ笑むのであった。

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異世界が来る!~異世界を繋ぐダンジョンが裏山に出来た話~ 美作美琴 @mikoto

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