Fender Telecaster
ノーネーム
第1話 六本の狂ったハガネの振動
俺は「串田秀太(くしだ しゅうた)」。23歳。ひきこもりだ。
今日も部屋の中で、PCにキーボードを繋げて、作曲をしている。
細々と。こまごまと。鍵盤を叩く。
その行動を続けるうちに、画面上にトラックの層ができ、音が重なっていく。
そこに、気持ち、抑えた声でマイクで歌を吹き込む。
「いつか~、あの星空を~、見上げるよ~。」
…よし。あとはミックスをすれば、完成だ。今日も一曲、リストに曲が増えた。
PCから目を離したその時。電話が鳴った。俺は階下に向かう。受話器を取る。
「もしもし。ああ、お袋?どした?」
────────。
それは‘‘おじさんが死んだ‘‘という、唐突な報せだった。
しばし、俺は放心状態になった。少し経ってから、正気を取り戻す。
「おじさん…」
それから、あっという間に葬式の日になった。
俺は喪服を着て、葬式場に並ぶ。焼香の時。棺桶で眠る叔父を見る。
おじさん。俺に音楽を、はじめて「ロック」を教えてくれた人。
ガキの頃、家に遊びに行くと、よくギターを鳴らして、
「俺はDのコードが好きなんだ。」と言って、笑っていた。
俺にギターを教えてくれた人。感謝してもしきれない。
焼香を終える。やがて、葬式は佳境に、おじさんは火葬場に運ばれた。
少し経って、俺は家族とおじさんの骨を拾う。
おじさんは死んだ。と同時に、俺の中のロックも死んだ。
葬式は粛々と終わり、帰宅する。二階に上がり、部屋に閉じこもる。
俺は喪服姿のまま、扉にもたれかかって、アコギをかき鳴らす。そして歌う。
泣きながら歌う。嗚呼、あなたがくれたのは、花、と。
それから少し経った四月の春の日。俺は、おじさんの住んでいたアパートの部屋に、
遺品整理の目的で、お袋と行った。
部屋には、漫画本と大量のCD、レコード。
「兄さん、子供の頃からホントに音楽、大好きだったからね。」
お袋が言う。部屋の奥、窓際。カーテンが揺れている。そこに。
「お前にやるよ。」
おじさんの字で書かれた紙が貼られた、一本のテレキャスターが、春の陽射しを受けながら、
ギタースタンドの上に置かれていた。
「これ…」
「いいさ。もらっときな。」
「…」
俺は、おじさんのテレキャスターを手に取る。おじさんがよく弾いていたギター。
ジャーン、と弦を軽く弾く。…ああ。あの音だ。おじさんのギターの音だ…
涙がぽつり、と出る。整理も終わった頃、テレキャスターをギターケースに納めて部屋から出る。
階段を降り、駐車場へ。川沿いのアパート。桜が舞う。俺は空を見上げる。
ロックは…まだ…
家。赤いテレキャスを脇に置き、じっと座る。おじさんが死んだ。俺の中のロックスターは、死んだ。
俺に遺されたのは、古びた赤いテレキャスターだけだった。
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