25.そして、輝かしき未来へ

 お嬢様とローラン第二王子殿下の婚姻式が大々的に執り行われたのは、私とラルフ様の婚約からおよそ半年後の稔季あきのこと。とても華やかなお式で、私もウェルジー男爵の婚約者として参列しお祝いを述べさせて頂いた。

 王太子妃殿下はご懐妊発表の直後だったため、念のため大事を取られてご欠席だった。


 私たちの婚姻式はその翌年、婚約からちょうど1年後のフェル暦678年の花季はるのことだった。なんか毎回私の誕生日に合わされてる気がしないでもないけれど、嬉しいからいっか。

 会場はお嬢様と奥様のご厚意で、アクイタニア公爵家の大広間をお借りした。


 例によって式には大勢の方々が参列され祝福してくださった。お義父とう様とお義母かあ様であるアルトマイヤー伯爵ご夫妻。アクイタニア公爵家の奥様、旦那様に先輩侍女のご一同。またまた司会を担当してくださったエドモン様に、自主蟄居を解除なさったオーギュスト様とわざわざ休暇を取って駆けつけてくださったベルナール様まで。

 エドモン様とオーギュスト様のお隣には見知らぬご令嬢のお姿があって、何だかすごく安心した。ベルナール様にも早くい方が見つかりますように。

 レティシア様とノルマンド公爵家の方々ももちろんいらっしゃった。レティシア様はお隣に例の大巨人なご婚約者様を伴われてらして、「先を越されたわ」なんて輝く笑顔で喜んでくださった。

 それからシャルル殿下と王太子殿下にお腹を大きくされた王太子妃殿下。ローラン第二王子殿下と、第二王子妃殿下となられたブランディーヌ様ももちろんいらっしゃる。ていうか陛下と王妃様まで当たり前のように参列されててちょっとビビった。

 そして私のお父様とお母様も駆け付けてくださった。おふたりの子供は結局私ひとりだったから、私の将来産むであろう子がリュシオ男爵家を再興することも、もう伝えてある。



 本当に私は幸せ者だ。

 ただの罪人なのに、こんなに幸せでいいのだろうか。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「貴女まだ“自分は罪人だから”なんて思ってるのかしら?」


 披露宴のあと、引き続き行われている舞踏会もたけなわになった頃、中休みにひとりでテラスに出ていたところにお嬢様がいらした。

 呆れたような口調で、扇で顔を半分隠しながらお嬢様はそう仰った。


「貴女はもう、先生の義娘むすめなのよ?なのにいつまでそんな卑屈なままでいるつもり?」


 ああ、そうか。

 お嬢様⸺第二王子妃殿下の仰るとおりだ。私が自分を卑下することは、私を認めてくださったお義母様をも貶めることになっちゃうんだ。


「解ったら胸を張りなさい。貴女はわたくしが見出して、先生が認めた“淑女”なのだから」

「わ、わたくしを“淑女”だと認めて頂けるのですか!?」


 驚いて、思わず声を上げてしまった。

 お嬢様に褒められたことなんて、記憶にある限り初めてじゃないかしら?


「今さら何を言っているの?」


 お嬢様は扇で顔を半分お隠しになり、冷めた目で私を見据える。


「貴女が学び始めてわずか2年あまり。ですがこの2年半で貴女がどれだけ努力していたか、デュボワ夫人をはじめ多数の報告を受けています。もちろんロッチンマイヤー先生からもね」


「そうね、こちらにもアルトマイヤー夫人からの報告が上がってきているわ」


 後ろからお声がかかって、思わず振り返ると王太子殿下ご夫妻のお姿が。妃殿下は身重のお身体を押して参列してくださっていて、わざわざこのために安楽椅子みたいな形状の専用の車椅子を開発なさって、それに身を横たえて王太子殿下が自ら押していらっしゃる。

 お声をくださったのは妃殿下だ。


「そしてわたくしも先年の婚約式と今日の婚姻式に出席して、あの時・・・の無知で無礼な姿とは見違えるようだと皆と話していたところよ」


 そう仰る妃殿下の後ろには、シャルル殿下はじめエドモン様、オーギュスト様、ベルナール様のお姿が。


「そしてわたくしも、実はちゃんと・・・・見ていた・・・・の」


 また別の方向から聞こえてきた鈴を転がすような声に振り返ると、そこにはレティシア様のお姿が。


「あのブランディーヌ様を追い落とそうとした“勇者”がいらっしゃると耳にして、それでお願いしてあの時・・・お茶会・・・加えて・・・頂いた・・・のよ」


 あの時、というのはきっと私が初めてレティシア様にお目もじした、あの妃殿下のお茶会ね。

 それにしても“勇者”かぁ。確かに勇者だったよなあ、私。


「そうしたら意外に良い子だし、まさかの銀加護だしでとっても嬉しくなって!」

「あっ、それであの時いきなり『お友達になって』だったのですか」


 あのですね、そんなの説明されないと普通に分かりませんからね?


「ですから」


 お嬢様が傲然と胸を張った。


「貴女も胸を張って堂々となさい。貴女はもう、わたくしたちが認める“淑女ダーム”なのですよ」


「そうだぞコリンヌ。そなたはもう愛らしいだけの女ではない、立ち居振る舞いの洗練された美しきひとりの“淑女”だ。やはり私の見立ては間違ってはいなかった!」

「いや殿下は普通に鼻の下伸ばしてただけでしたよね?」


 満面の笑みで仰るシャルル殿下。

 それをエドモン様にツッコまれている。そう言うエドモン様も人のこと言えないと思うけど。


「俺はずっと信じていた!」

「ベルナールは優しくしてもらって懐いてただけだろうが。全く、誰にでもすぐ懐くのはやめろと学生時代からあれほど」

「違う、そんな事はない!彼女の心の清らかさに、俺は!」

「いきなり何を言い出してるんだお前。王族の御前で人妻を口説くつもりか?」


 ベルナール様とオーギュスト様は相変わらず。

 相変わらずだけど、変わらない私への態度が本当に心地よい。

 でもオーギュスト様?澄ましてらっしゃるけれど貴方だって人のこと言えませんよね?全部ギレム伯爵からお聞きしましたからね?


「とにかく」


 コホン、とひとつ咳払いして、ブランディーヌお嬢様がまっすぐ私のことを見つめた。


「わたくしと、ジェニファー妃殿下、それにレティシア様」


 名をお呼びしながらお嬢様は左右をご覧になる。

 お嬢様の右に妃殿下、左にレティシア様。


「畏れ多くもお二方に比肩され“三大淑女”などとの過分な評価を頂いておりますが」


 お三方の私を見る眼差しは、どこまでも温かい。


「貴女は“四人目”になれると、わたくしは信じていますからね」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 私たちの婚姻式から2ヶ月後、レティシア様もめでたく婚姻式を挙げられた。お相手はあの大巨人な騎士様ことセー男爵アンドレ様。男爵だそうだけど、ご結婚を機に伯爵位を賜ることになったそうだ。もちろん私とラルフ様も参列して祝福させて頂いた。

 レティシア様の旦那様、相変わらずお会いするたびにものすごく怖いのだけれど、お心はとってもお優しい方だと分かっているからもう平気。


 婚姻から2年後、私は正式にお義母様から認められ、伯爵夫人としてのお墨付きを頂けた。お義母様の指定した期限を半年超えてしまったけれど、それは私が“追試”を志願したからでもある。

 認めて頂けてから正式に旦那様、ラルフ様の継爵への準備が始まり、およそ半年後に旦那様は家督を継いでアルトマイヤー伯爵となった。私も晴れて伯爵夫人だ。

 そしてそれを機に、私は公爵家の侍女を辞した。まだ賠償の支払いは残っているけれど、今後はお義母様の部下のひとりとして、高位貴族の子弟たちを教育する家庭教師クーヴェルナントを務めながら弁済を続けることになる。幸いにも高位貴族のお家からは高い評価を頂けて、契約時から高額の報酬をお約束頂くことも多く、公爵家で働いていた時より月々の額を積み増しできそうなのがありがたい。





「どのような相手であっても、見た目の印象や他人の噂だけで決めつけてはなりません。人の行動や考え方には必ず、その方の積み重ねてきた経験や思想、願望や欲求が顕れるものです。ですから、たとえそれが王侯貴族であろうと平民であろうと、若かろうと老いていようと、必ず相手の真に言わんとするところを汲み、自分の耳目で確かめること。そして善行には敬意と賞賛で、悪行には諫止かんしと叱咤で応えるように。

また、自らへの甘言ばかりを受け容れて忠言を無下にするようなことがあってはなりません。御身を厳しく律して、くれぐれも身分の高い者におもねったり、身分の低い者を侮るようなことのないよう心掛けなくてはなりません」


 わたくしに教えを乞う生徒たちに向かって、いつも最初にわたくしが語りかける言葉です。

 あの時、身分卑しい男爵家の娘だと切り捨てられていれば、今のわたくしは在りませんでした。罪を犯した汚らわしい娘だと侮られていれば今日こんにちのお義母様は、そしてわたくしの存在さえも無かったことでしょう。

 ですからどうか、我が国の次代を担う若者たちにはより良い未来を築き、さらなる繁栄を導いていってもらわなければなりません。


 そして今、わたくしの教え子にはレオナール42世陛下と王妃ジュヌヴィエーヴ・・・・・・・・様の御子である、フランシーヌ第一王女殿下とフィリップ第一王子殿下、それにローラン王弟殿下と王弟妃ブランディーヌ様の御子であるルージュ王女殿下がいらっしゃいます。

 お三方ともまだまだ幼く、本格的な教育を始めるには少々早いですが、わたくしは乞われて殿下がたのお世話係のようなことも務めさせて頂いております。まずは読み書きから、ゆっくり始めましょうね皆様。



 シャルル殿下はレオナール陛下の御即位に合わせて臣籍降下なさり、新たにヴァロワ公爵家をお立ち上げになりました。我が国第四の公爵家の誕生です。

 いまだご婚姻のご予定がないことだけが気掛かりですが、きっとあの方のことですから、すぐに佳い方が寄り添ってくださると信じております。


 レティシア様にもなかなか御子がお産まれになりませんが、あちらはとても仲睦まじいご夫婦ですから案ずることはないでしょう。かつてお誘いくださった加護の研究は手付かずのままですが、落ち着いたら必ず、と幾度もお約束させて頂いております。

 ですがもしかしたら、わたくしたちが一線から退いた老境に至るまで始められないかも知れませんね。何しろとても充実していて、忙しいですから。

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