11.公爵家侍女は目覚めた

 目が覚めると、そこは自室ではなかった。

 やたら豪華で清潔で、こんな部屋で寝たことなんてなかったはず。


 なぜ、こんな部屋で寝ているのだろう。

 どこだっけ、ここ?


 …………いや、待てよ?

 なんか見覚えがあるような…………



 ガバッ、と身を起こす。

 そうだ、ここは公爵家の・・・・客室・・だわ!


「あっ、痛ててて……!」


 慌てて飛び起きたら脇腹がひどく痛んだ。

 なに?なんで痛いの?


 ……あ、そっか。あたし刺されたんだっけ。


「コリンヌ!良かった、貴女、目が覚めたのね!」


 名前を呼ばれて声のした方を見ると、そこには目に涙をいっぱいに溜めて立ち上がったオーレリア先輩の姿が。

 うわあ、その綺麗なエメラルドエメロードの瞳をそんなにうるうるさせてたら、思わず見惚れちゃうじゃないですかー。


 先輩はベッドから少し離れたソファに座って、ご本を読んでいたみたい。テーブルの上にティーセットアン・セルヴィサテが出ているところを見ると、きっと私の看病と様子見のためにずっと傍にいてくれたのだろう。

 何だか申し訳なくて、それ以上に嬉しくなる。


 と、先輩が駆け寄ってきて、何かする間もなく抱き締められた。

 嬉しいけれど、ちょっとそれどころではなく。


「いっっっ!った、痛いです先輩!」

「あっ、ご、ごめんなさい!まだ傷が塞がってないんだったわね」


 分かってるなら抱き締める前に気付いてくださいよ〜!



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後、すぐ先輩が人を呼びに行って、帰って来られた時にはお医者様に加えてお嬢様と奥様まで一緒で、ちょっと肝が冷えた。


「怪我の具合はどう?丸一日近く目を覚まさなかったから、ずいぶん心配したのよ?」

「えっ、私そんなに眠ってたんですか!?」


 心配げなお嬢様の言葉に我ながらビックリだわ。

 いやまあ、何だか陽が高いなあとは思ってたんだけど。


「そうよ。初めての施術だったからもしかして何か失敗したんじゃないかって、わたくし気が気でなかったわ」


「えっ?」


「なに、どうかして?」


「いや…………、もしかしてお嬢様が[治癒]をかけてくださったんですか!?」

「そうよ?まあ最初は現場に駆け付けた青加護の護衛たちが応急処置してくれていたのだけれどね」


 うわあ、まさかお嬢様が自ら治療魔術を施してくださってたなんて。何だか気恥ずかしくて申し訳なくて………………って、待てよ?


「もしかしてそれって、“王子妃教育”で習ったんですか……?」

「ん、まあそうね。わたくしは幸いにも青加護ですから、嗜みとして治療系の加護魔術は全て履修しているの。

でも、ほら、そういうのってなかなか・・・・実習の・・・機会が・・・ない・・じゃない?」

「いや施療院とか行ってくださいよ」

「もちろん、そういう場所でも定期的にお手伝いしているわ。だけれどほら、近しい人で緊急で、となると……ね?」


 いや「ね?」じゃないです。

 確かに、例えば殿下が怪我したりして混乱してテンパった状況下で、どれだけ冷静に施術できるか……なんて練習じゃなかなかできるもんじゃないから、気持ちは分かりますけども。

 でも実験台・・・にはなりたくなかったなあ。


「まあでも、傷が浅くて正直助かったわ。応急処置をやってくれた者たちも『命に別状はない』と言ってくれたし、そういう意味では気を落ち着けて冷静に対処できたから、良かったわ」



 聞けば、シュザンヌ先輩は短剣の扱いにも不慣れだったらしく、力が込めきれずに刃先が筋肉で留まっていて、内臓まで達していなかったらしい。だからあんなに血が出て、死ぬかと思うほど痛かったのに、傷としては軽傷・・なのだとか。

 いや軽傷て言われても。ホントに死ぬかと思ったし。

 まあでも、私だって刺されたのなんて初めてだったから、傷の重い軽いなんて分からないけれど。


「そう言えば、シュザンヌ先輩はどうなったんですか?」

「…………そうね、貴女には知らせておくべきでしょうね」


 先輩はあの後、一度は立ち去ったけれどすぐにあの男たちに捕まっていたのだそうだ。リーダーの男が言っていた「もうひとり」とはシュザンヌ先輩のことだったらしい。騎士たちが突入して私が気を失ったあと、何も知らないままの奴らの仲間が暴れる先輩を拉致してきたらしく、まとめて捕縛されたんだとか。

 あいつら、どうやら私を犯すところを先輩に見せつけた上で先輩も犯そうと企んでいたらしい。そう考えると先輩は私を襲わせるために金まで払ったのに、自分も騙されて酷い目に遭わされる予定だったわけで、なんとも哀れな人だと言うしかない。


 ていうか、そうなるとあいつらは私に自分たちを雇い直しさせた上で、結局私も犯すつもりだったということになる。どこまでも下衆なやつらだし、その悪辣さには改めて恐怖しかない。


 先輩は公爵家からおいとまを出されたあと、伯爵家実家も勘当されて平民に落ちていたらしい。ただし住む家は用意されて仕事も生活資金もある程度面倒を見てもらっていたのだとか。それなのに、その渡された資金であいつらを雇って私を襲わせたのだそうだ。

 本当に、どこまでも自分の見たいようにしか物事を見ない人だったんだなあ。


「今は王城の地下牢で取り調べを受けているはずよ。余罪がないか厳しく詮議されているみたい」


 まあ、余罪はないんじゃないかな。あの人私への憎しみで一杯だったから。


 ちなみに公爵家の護衛騎士たちがあのタイミングで間に合ったのは、私の持ってた通信鏡から入信があったからだった。あの時適当に押しまくったのが幸いにも護衛騎士詰所に入ったらしく、ポーチ越しに聞こえてくるシュザンヌ先輩とのやり取りや男たちに連れ去られる脚竜車の音、それにアジトに連れ込まれてからの会話などが全部筒抜けだったそう。

 ずっと通信が繋がっていたから、発信元を辿ってアジトの場所も容易に見つけられたらしい。

 ちなみに、見てみぬふりをされていると思ってた通行人からも王城の首都衛兵詰所に告発連絡がいくつも入っていたそうで、それで首都衛兵も捜索に乗り出していたのだとか。だからあの時アジトを囲んでいた騎士たちのおよそ半分は首都衛兵だったらしい。小娘ひとりなんて見捨てられて当然だとか思ってたけど、案外みんな優しかったんだなあ。



 救出の先頭に立ったのはラルフ様で、青加護の騎士を呼んでくださったのも公爵家まで連れ帰ってくださったのも全部彼だと聞いて、なんかめちゃめちゃ恥ずかしくなった。

 だってその間ずっと横抱きにされてたなんて、いくら意識がなかったと言ってもヤバすぎるでしょ!しかもこの部屋に私を寝かせたあとも傍を離れようとしないで、お嬢様とオーレリア先輩に叩き出されたなんて聞かされた日には、もう……!

 ていうか、もしかして今この瞬間もその扉の向こうで待機してたりするんじゃない?してそうよね!?


「大丈夫よ、ラルフなら今はお父様が領地の視察に連れて行ってるから」

「あ、いないんですか。良かった……」


「とか何とか言っちゃって。ホントはラルフ様がいなくてちょっと寂しかったりするんじゃないの?」

「ないです。私、あの人苦手です」


 だって人の言うこと聞かないし、なんか大型犬っぽいし。

 まあ助けに来てくれたのは嬉しかったし、駆け寄ってくれて抱き起こされた時はすごい安心したけれど。

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