第112話「色々考えるカシロウ」

 キリコが出て行くと言ったのはこれで三度目。


 一度目はビスツグが魔王に即位した日。

 二度目はクィントラ事件の直後。


 今回はどうした事かとカシロウが近付くと、カシロウの視線に気付いた三名が各々表情を変えた。


 キリコはただ嫌なものを見る目で、ビスツグはホッとしたような目でカシロウを見、ハコロクは逆に表情を消した。


「一体どうなされました?」


「おおカシロウ! 王母さまが出て行くと仰っておられるのだ。お前からも王母さまに申し上げてくれ」



 なぜ王母キリコがまた出て行くと言い出したのか。

 それが分からぬカシロウは言葉に詰まる。


 キリコはビスツグから、今まで通りにこの王城で王母として住んで欲しいと申し出られ、納得して住んでいたはずだった。


 ――それがなぜ突然に?


 とカシロウは黙って首を捻る。



わたくしはやはりこの者と共に一つ屋根の下で住まうなど出来ません!」


 キリコはハコロクを指差してそう喚き立てた。

 ハコロクも己の顔を指差して言う。


「へ? ワイでっか?」


「そうよ! あの頃、まだリストル様がご存命だった頃、ミスドルの枕元に何度も石を置いて行ったのはこの者に違いないの!」


 キョトンとして見せたハコロクだが、内心は冷や汗が滝のよう。

 ここにビスツグしか居なければそうまで慌てはせぬが、最もマズいカシロウが居る。



「そのような事はありませぬ! お義母かあさま、ウノを呼びますので一度落ち着き下さりませ」


 ビスツグはそう言ってウノを呼び、少しの間も空けずにウノがその姿を現した。


「ウノ、お義母さまを部屋へお連れしてくれ。お疲れの様なので付き添っていて欲しい」


「畏まりました。さ、キリコさま、こちらへ」


 ウノの事は心から信頼しているらしいキリコ。キッと一度ハコロクを睨み、魔王の間を後にした。


 そして残された魔王とハコロク、それにヤマノ親子の間に嫌な空気が流れた。


「……義母かあさまも難しい立場ゆえな……」


 なんと言っても魔王国簒奪を目論んだクィントラの実妹であり、さらにその子を産んだ元魔王夫人であり現王母。


 訳の分からぬ程に難しい立場なのは間違いない。



「……いえ。それよりもミスドル様の枕元に石というのは?」

「ああ、それも柿渋だ。父リストル暗殺の数日前から毎夜の如く現れては小石を置いていったそうだ」



 リストル逝去の報せに衝撃を受けた魔王国では、この話題を知る者は実は少ない。


 二白天と三朱天、それに警護のウノら天影たち。

 ウナバラらでさえ、後日ウノから報告を受けて知った程である。



「その様な事が……」


「皆が辻斬り事件に奔走していた時だった。父は皆に相談せずにウノを義母かあさまに付け……、そしてその晩に……な」



 カシロウはあの夜の衝撃を鮮明に思い出せる。


 辻斬りダナンを斬り捨てたのとほぼ同じ時、リストルの死を悟った。

 しかし、その後の事は朧げにしか思い出せない。


 あの夜あまりにも引っ掻き回されたカシロウの心は、情報を遮断してしまっていたから。




「ところでカシロウ、何か用事だったか?」


「え……、あ、ああ、昨日はわざわざお時間取って頂いたのにすみませんでした。ビスツグ様に声も掛けずに退室してしまって……」


「なんだそんな事か。良いよ気にしてない。今日は現場? 道場?」


「現場です。ではこれから向かいますので失礼致します。ヨウジロウ、しっかりな」



 はいでござる! というヨウジロウの声を背に聞いて、カシロウも魔王の間を後にした。

 そのまま城下南町を抜けて現場へと歩く。


 その間、カシロウはあの日に想いを馳せる。


 最後にリストルと言葉を交わした朝。リストルが死んだ夜。額に穴の空いたリストルの死に顔。


 己は何故あの日、もっとのか。


 あの日カシロウは、打ちひしがれて足も手も思考も止めた。


 後悔は止まないし、今更という気がせぬでもないが、それでもカシロウは思考を始めた。



 ――リストル様は鉄針で眉間を撃ち抜かれて亡くなった。


 ――ちょうど己らは辻斬り事件に奔走していた。


 ――その数日前からミスドルの寝室に柿渋が現れては小石を置いた。


 ――ウノはキリコの部屋の警護に回された。


 ――柿渋は当初、長身と短身の二人組。長身の柿渋は己が斬り捨てたが、短身の柿渋には逃げられた。


 ――短身の柿渋を追ったヨウジロウは、なにか不思議な力に捕まって動けなくなったらしい。


 ――『手が足りぬ』とリストル様は嘆いておられた。



 現場で仕事を始めても、どんどんと記憶を遡るカシロウ。曖昧なところは曖昧なままで、それでも止めずに思考を続ける。



 ――嘆いたリストル様に、急に現れた天狗殿が柿渋とよく似た訛りで話すハコロク殿を紹介した。


 ――それに斬りかかるウノ、それを止めた私。


 ――ウノは確かこう言った。『姿形や声音を変えるすべもございます』と。


 ――ウノは私同様にリストル様を厚く信奉していたが、私と違って天狗殿とは初対面。



 現場で支給された弁当をただ漫然と食い、思考を続ける。

 


 ――ウノと言えば、史上最年少の天影。

 智も武も相当なもの。しかし忠誠厚き男ゆえ呪いの影響も大きい。


 ――天狗殿と言えば、あれほど頼りになる人はいないが、あの軽い性格で時にひどい肩透かしを喰らわせる。そして何より魔王国の呪いの大元。



 午後の作業も始まったが、カシロウは集中力の大半を思考に回し、現場仕事はぼんやりとこなした。



 ――ハコロク殿と言えば、柿渋と同じダグリズルの一部地域の田 舎訛りを話し、忍術を使う。

 柿渋に逃げられた日の夜に天狗が連れてきた。


 ――忍術を使うのは、ハコロク、柿渋、それにオーヤ嬢。




「なんじゃカシロウ。晩飯に誘いに来たくせにずっとぼんやりしおってからに」


「……え? あ、ああタロウか。すまん、そうだったな」



 カシロウは現場終わりにお宿エアラに顔を出し、タロウをヒルスタに誘っていた。

 しかしそれでも考える事を続けていたためたしなめられた。



「何をそんなに考える事があるんじゃ?」


 カシロウはタロウへ相談した。

 何か糸口がある気がして続けた思考について。


「……ふーん。で何が引っ掛かってるんじゃ?」


「引っ掛かってるという程ではないんだが、そう毎夜の如く王城に忍び込めるものか? とかな」



 カシロウが思考の中で気になったひとつがそれ。



「誰かが嘘ついてるとか、何か勘違いしてるとか、そんな可能性もあるかも知らんな」


「……嘘や勘違い?」


 タロウはヒルスタの料理に舌鼓を打ちながら話す。


「これも美味いな……。そう、例えば王母キリコ。石を自分が置いていたらどうじゃ?」



 ――有り得る。自作自演でウノを警護につかせ、そして柿渋を引き込んでリストル様を……。



「例えば天狗ジジィ」


「なに? 天狗殿か?」


「かの御仁は魔王国の呪いを断つために来たんじゃろ。有り得ると思わんか?」


 ――有り得…………ない。


「いや、天狗殿は辻斬り事件で私と一緒に王城の外だったし、天狗殿がリストル様を殺めたとは考えられない」


「ならハコロク殿か? 実は柿渋の正体を知ってる……いや、実は三人目の柿渋だったりしてな」



 ――それは流石に……、いや……、有り…………得る、のか?

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