第100話「天狗と呪い」

 そう強くはないがズキズキと痛む頭に顔をしかめたカシロウは、ベッドを降りて雪駄を履いた。


 扉を開き隣室を覗くと、手酌で酒を呷る天狗が一人。


「もうこんな時間ですか」


 窓の外に目を遣ると、すっかり日は落ちていた。


「よく寝てたねヤマノさん。なんてったって二晩徹夜だったからしょうがないよねー」


 クィントラを斬ったあと。

 砦内の詰所で適当に見繕った寝室。そこで仮眠を取ったカシロウ。


 なかなか寝付けなかったカシロウだったが、クィントラの事やリストルの事、そんな色んな事を一旦脇に置いてユーコーの事だけを考えてみた。


 すると意識の中に佇むユーコーはやはり可愛いらしく、いつの間にか眠りに落ちて、気付けばすっかり日も落ちていた。



「どれくらい寝ていましたか?」

「えーと、今は日が落ちて一刻くらいだから、二刻ほどだね」



 天狗の話すところによると、リオの部下が手配したシャカウィブの街の人足たちによって砦内のゴタゴタは片付いたらしい。


 主にカシロウらが殴り飛ばしたりタロウが斬り殺した兵士たちの後片付けだったが、ヨウジロウやタロウもそれを手伝って、今はすっかり疲れて眠ったそう。



「ヤマノさんもお腹空いたでしょ? 街で買って来た酒の肴みたいなものしかないけど、一緒にどう?」


「ええ、頂きます。シャカウィブの料理は未体験ですから」





「さ、ヤマノさん、も一つどうぞ」

「あ、これはかたじけない」


「どうだいお味は?」


 そこそこ、というよりはしっかりと食べたカシロウに天狗が尋ねる。


「そうですね……そう、煌びやかで繊細なトザシブの料理に比べて野趣溢れる味――非常に力のある料理です。調理のレベルで言えばトザシブですが、素材そのものを活かすシャカウィブも捨てがたい。どちらの方が旨いかとなると……そう、食べ慣れたトザシブ料理か物珍しさも手伝うシャカウィブ料理か悩むほどに――」


「分かった! 気に入ったのは分かったからそこまでそこまで!」


「え? あ、すみません、旨いものには目がなくて……」


 喋り過ぎを悟ったカシロウは頭を掻いて、そっと鳥の手羽先をひとつ摘み上げて口に入れた。


「これも旨い……大雑把な味付けながら、甘辛いタレに皮目をパリパリに焼いて――」


 カシロウ、それをじっと見詰める天狗の視線に気付いて再び頭を掻いた。


「元気そうで安心したよ」



 そう言えば酒を入れたせいか、目覚めた時の頭痛はどこかへ行ったようだと顳顬こめかみを押して確認するカシロウへ、居住まいを正した天狗が仕切り直すように言う。


「――さ、それじゃ約束通りに話そうか」


 カシロウは一瞬ほおけたような顔を晒したが、思い当たって手羽先の骨を皿に戻して指を拭った。



「ヤマノさんが忌まわしいと言った魔王国の呪いはね、僕の古い友達――初代の魔王に請われて僕が張ったんだ」


 これまでに聞いたいくつかの話から、恐らくそうだろうと考えていたカシロウは特に何も言わない。


「初代魔王はさ、ビスツグさんやリストルさんと違ってね、強かったんだ――」




 ――あの頃、魔人や獣人は虐げられていた。

 大した力はないが、とにかく数の多い人族に。


 それを憂いた心優しき一人の魔人族が立ち上がり、彼の魔術は下手くそだったけど、その類稀な膂力りょりょくをもって人族を押し返した。


 そして彼に賛同し共に戦った者たちは、彼を初代魔王に選んだんだ。


 そうして魔王に収まった初代魔王は、途端に不安になった。


 『自分亡きあとの魔人族は誰が守るのだ?』と。


 彼の右腕と呼ばれる男がいるが、その右腕は魔王国に愛着がある訳でなく、魔王の友人として個人的に力を貸してくれている。

 魔王の代わりに魔王国を守ってはくれないだろう。


 なので魔王は右腕に頼んだ。


『外患はともかく、内憂だけでも取り除いてやりたい。なんとか知恵を貸してくれ』



 知恵を絞った右腕は『魔王』という存在に対して魔術を行使する。


 それは恐ろしく複雑だがとても小さな、シミや黒子ほくろにしか見えない程の魔術陣。


 魔術陣の効能は大雑把に言って二つ。


『魔術陣の刻まれた者の子は、一人しか存在しない』

『魔術陣の刻まれた者が、心の奥で選んだ者に魔術陣は受け継がれる』



 その魔術陣は、初代魔王のカリスマと人望を集めたもの。

 よって受け継がれた者が、自動的に魔王として崇められる事になる。


 今回リストル・ディンバラ五世から、ビスツグ・ディンバラ六世へと、その魔術陣が受け継がれたように――――





「魔王国の呪いの経緯は、まぁ、そんな感じだよ」


 そっと手を伸ばし、天狗がカシロウの杯に酒を満たして言う。


「……なるほど。確かにそう聞くと腑に落ちます」


 初代魔王のカリスマと人望。

 これがどの程度のものだったか、リストルからビスツグへの魔術陣の受け継ぎを体験したカシロウも自ずと理解できた。


 カシロウは満たされた杯の酒をグッと空けて続けた。


「しかし何故、呪いは無くなったのです?」

「それは簡単、僕が消したからだよ」


「何故……、それが今なのです?」

「それも簡単。初代との約束でね、最初からこの辺り――大体十回の受け継ぎで消すつもりだったんだよ。魔王国も初代や僕に縛られ続けるのは健全じゃないから」



 軽くそう言う天狗に、カシロウも思うところがない訳ではない。


 リストルを失った悲しみに浸る間もなく行われた、国民の心を瞬く間にビスツグで占めさせた魔王継承。


 あまりにも理不尽な魔術のせいで、のたうち回った己の心。


 それを『予定通りに消した』と言い捨てる天狗に、どうしても己れのが取れない。



 再び酒を呷り、少しでもと思考を麻痺させたカシロウが言う。


「今後はどうなるとお思いですか?」


「無責任に聞こえるだろうけど、そこまでは僕には分からないよ。トザシブに戻ったらこの事ウナバラさん達には報告するから。まぁ、普通に、なるようになるしかないよね」



 カシロウには天狗が言うように、はっきりと無責任に聞こえた。

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