四章*父と子

幕間③「前世の天狗」

 天狗はもともと、この世界の魔人族として生まれた。


 とりとめてどうという事もない、能天気に生きた一度目の生を終えたのち、改めて赤子として生を受ける。

 その地は剃った頭の上で髪を結ぶ連中のいる、明らかに先の世界とは異なる不思議な世界。


 どうやら己は、前世の記憶を持ったままに異なる世界で生を受けたらしいと悟る。


 さらにどうやら魔人族ではなく人族になったらしいが、それでも魔力や魔術は問題なく使える。なんなら前世よりも魔力効率は高いらしいと気付くに至った。



 前世では普通だった自分の力が、どうやらここでは普通でないと幼くして気づいた天狗は、『それなりにさとい子供』程度のフリをして、時に隠れて魔術でズルや悪戯をしつつ過ごした。



 しかし天狗が生まれた家は、特別に貧しい訳でも豊かでもない、普通の農家。


 村の子供達を発信源として、変わった子供の噂が流れ、回り回って両親の耳にも入る事となる。



 それはウチの子の事ではなかろうと、両親が一笑に付した頃、大雨で流された橋をこっそり魔術で掛け直しているのを村の者に見られてしまう。


 そして村中の者から神童だとおだてられた天狗は、マズいことに少し調子に乗った。

 事あるごとに魔術を使い問題を解決していったのだ。


 ある時は暴れ牛を取り押さえ、またある時はひと突きで大岩を粉砕し、またある時は何もないところから水を出して飲んでみせた。



 とうとう不気味に思われた天狗は、遠い大和の寺へ入れられる事になる。



 二度目の生を送る天狗にとって、それはそれほど辛い事ではなかった。

 両親や兄弟と、なんとなく一歩も二歩も距離を置いて生きてきたから。



 そして天狗、なんの不満も覚えずに寺での修行の日々が始まった。


 やはり一向に苦ではない。

 日々のお勤めに加えて魔術の研鑽に努めた天狗は、ふとある時、己れの中に何者かが住う事に気付いた。



 その何者かは、自分の魂に住み着く神様らしい。



 その神は何も言わないが、それでも毎日心で語り掛けたおかげか、寺での暮らしが十年ほどになった頃、なんとなく神と何かが繋がった気がした。


 その日から、少しずつだがその神の力――神力と名付けた力――を借りられる様になった。


 己れの魔力とどう違うのか、よくは分からないが根本的に違う事は分かった。

 しかし扱い方はそう難しくない。



 さらに十年ほど経ったある日。


 いつもの様に坐禅で精神を集中させ、魂に住む神へと語り掛けていた。

 すると不意に、自分の三倍はあろうかという白い虎が目の前に現れた。



 天狗はそれを見て、ひとつも驚かずに微笑んだ。


 ――ようやく出てきてくれたんだね。


 天狗の思いはそうだったが、共に暮らす他の僧侶たちはそうはいかない。


 師も同僚の僧侶も、悲鳴を上げて逃げ惑った。



 その結果、『外法による幻術を使う者』として寺を破門。



 しかしそれでも天狗は、生まれた時から一緒の『白虎』がいればそれで良いと、あっけらかんと笑って寺を後にした。


 置き土産とばかりに悪戯心に火をつけて、魔術を使って寺近くの池の水を竜の姿へかたどらせ、空高く飛び立たせて寺の者どもの度肝を抜いた。




 その後の天狗は、自由に、闊達に、思うがままに生きた。


 時には市井しせいの者を助けたり、権力者たちをみたり。


 主には自分と白虎が成長する事と、絆を深める事。

 その二つだけを念頭に置いたその後の数十年、彼は彼なりに満足に生き、死んだ。





 そして三度目の生。


 また再び赤子として生を受けた天狗。

 産声を上げる事よりも先に行った事は、その魂に白虎がいるかを確認することだった。

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