第97話「何度でも」
カシロウにしてみれば当然だった。
リストルを殺したのは僕じゃない、そう言ったクィントラの言葉を疑った訳じゃあなかった。
しかしそれでも、リストル暗殺の発端となったのは間違いなくクィントラ。
ただ殺すぐらいでは飽き足らぬ。
細切れに斬り刻んで、その存在を消し去りたい程の憎しみに溢れ返っているし、実際にそうすべく、カシロウは二刀を抜いた。
そして再び口にする。
絶対にそうすると、己れに言い聞かせる様に。
「クィントラ、私はお前を殺す」
「アハは。出来ルものならどウぞ」
イチロワが残した神力はまだまだクィントラの体内にある。
対してトノの神力はほとんどない。
カシロウは
そしてそれを、クィントラも分かっているらしい。
それでもカシロウは言う。
「お前は絶対に殺す」
クィントラは少し不快げな顔をする。
そっと片手を上げ、籠めた魔力で指先から小さな氷片を飛ばした。
造作なく、振り上げた二尺二寸でそれを砕いたカシロウだが、いつもと違う手応えを覚えた。
常ならば、カシロウの剣は魔術を『斬り裂く』が、ただ単に二尺二寸の重みで砕いた手応え。
トノの神力が使えないとは、こういう状態かと合点のいったカシロウ。
それでも、特にやる事は変わらないと、両手に二刀をぶら下げて歩を進めた。
クィントラの剣術の腕はそこそこ、魔術の腕は相当、そんなクィントラだからこそ気付く。
氷の
「風か……光や闇デも良いナ」
そう呟いたクィントラは、歩み来るカシロウへと魔術を放つ。
カシロウ目掛けて飛んだ風の刃、ギギギィンと不快な音を上げつつもカシロウはそれを弾く。
「風はダメか。ナらば――」
カシロウ自身の影から飛び出した闇の
「ぬ――?」
そのままカシロウの脚や腹に刺さる刺。痛みはないが、体の重みが増した。
そこへ炎弾が襲う。
影に縫い付けられたカシロウは避けられない。
己でも「無駄かな?」と思いはするも、カシロウは二尺二寸で炎弾に斬り付けてみた。
予想通りに、手応えなくスルリと炎を素通りした。
水平に薙いだ二尺二寸の勢いそのままに、くるりと回って己の背を晒して歯を食いしばる。
ドォンと見事に直撃し、爆発の余波や砂煙が舞う一瞬、カシロウはぐっと脚に力を籠めて上へと跳ぶ。
刺さった
「クそっ! 躱しタか!」
二尺二寸をサーベルで受けたクィントラがそうボヤく。
「いや全く躱せてない、背中が痛くて堪らんぞ」
正直にそう告げたカシロウは、二尺二寸でサーベルを斬り付けたままで、床に足が着く前に二尺をクィントラの腹へと突き入れた。
「……ヌぐぅっ――」
背中からブスブスと煙を上げながら、クィントラの右脇へ深々と突き刺さった二尺を、にじるように左脇へと進ませる。
「――ぎァぁあアアぁっ!」
「大丈夫、まだ死なぬから。ただでは殺さん」
クィントラの絶叫を聞きながら頃合いを図るように進ませて、カシロウは不意にその手を止めて二尺を引き抜いた。
「イだぁ――っ、イダぁイよぉ――っ」
そんなクィントラの言葉を無視する様に、腹の傷は勝手に引っ張られて塞がってゆく。
「イチロワの神力がまだかなりある、という事だろうな。ひと苦労だが、それならば――」
カシロウはいつもよりも血の気の失せたその顔で――
「何度でも斬り刻んでやれるな」
――そう言って凄惨に笑った。
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
三階から飛び降りた天狗、ヨウジロウ、タロウの三人は、五万の軍勢と少し離れて対峙していた。
対峙と言っても向こうは全く気付いてもいない。
象の行く手を阻む相手が蟻だったらば、象もそれに気づかないのと同じである。
「さてと、リオさんももうすぐ来るだろうから、ちょっとだけ足止めかな。じゃ頼むねお二人さん」
「承知でござる!」
「儂に任せよ!」
少し距離を取っ二人は同時に軍へ向けて駆け、少し手前で跳び上がった。
それぞれ頭上で重ねた両掌に神力を溜める。
地面にそれを叩きつけ、直径十丈(約30m)、深さ五丈(約15m)ほどのクレーターが二つ出来上がった。
「二人とも良い仕事するねー」
「そうでござろ!」
「そうじゃろそうじゃろ!」
五万もの軍勢ともなると、突然行く手に大穴が出来たとて急には止まれない。
先頭の数百人ほどはあっさり穴に落ちてゆく。
「……ああ、ちょっと深すぎたかな? 人死にが出てないと良いけど、ま、出てもしょうがないよね」
天狗がいつも通りあっさりと、軽い口調でそう言った。
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