第96話「殺しちゃえば」
「『呪い』さ、あれもう
「「……は?」」
いつもの様に明るく軽く、とんでもない事を言い放った天狗の言葉に固まる二人。
「イ、今――なんと言っタ?」
「いやだからね。魔王国の呪いはさ、もう無いの。ビスツグさんの代でお仕舞い」
少しの沈黙ののち、激昂したクィントラが大声で言う。
「貴様のようナ、どこの馬の骨か分かラん爺いに何が分かル!!」
「クィントラクィントラ、この人がアレなんだ」
「アレだとォ!? ドレの事ダ!」
「……初代魔王の右腕の魔術士だ」
「…………ナ!? このクソ爺いガ……初代魔王の――!?」
ワナワナと震える手で頭を掻き毟り、ブツブツと何事かを呟くクィントラ。
その顔は絶望感と悲壮感に溢れ、怒り心頭のカシロウでさえ同情してしまいそうになる程。
「ごめんねクィントラさん。しかも残酷な事にね、クィントラさんのその推理、ちょっぴり外れてはいるんだけど――」
天狗がそこまで言った時、ふぅ、と吐息をついたカシロウが口を挟んだ。
「や、やはりクィントラが魔王などと無理な話でしたか」
「ううん、逆。間違いなくクィントラさんが魔王になってたね」
カシロウへ首を振って見せた天狗の言葉を聞き、頭を掻き毟るクィントラが手を止めて顔を上げた。
「やはリ! やはリ魔王の後継ぎが居なければ王母キリコが――!」
「実際そうなんだけど、順番がちょっと違うんだ。生前の魔王が次の魔王を決める、決められない場合に限り、血縁関係で決まるの」
ん? とカシロウもクィントラも首を捻る。
二人ともに、分かったような分からないような顔。
「うーん、説明が難しいなぁ……。だから、リストルさんは生前、心の奥ではビスツグさんを魔王に選んでたんだよ」
ふむ、と頷く二人。
タロウとヨウジロウに至っては右から左へ聞き流している。
「で、仮に何かあってビスツグさんもミスドルさんも相次いで亡くなった場合、ミスドルさんはまだ二歳だからね、魔王決められないでしょ?」
「その場合呪いが選ぶのは、魔王の血縁が濃い者から選ばれるんだ」
ようやく納得したらしい二人、同時に口を開きかけたが、続きを話したのは再び天狗。
「だからミスドルさんの両親であるクィントラさんかキリコさん。もしかしたら二人のお父さんに当るタントラさんの可能性も捨て切れないけど、他の二人を殺しちゃえば……、まぁなるだろうね、クィントラさんが魔王に」
天狗の言った『殺しちゃえば』という言葉に、カシロウが鋭く反応した。
「クィントラ……、お前……、まさか……」
しかしカシロウが言い終わらぬ内に、クィントラが大声を上げる。
「爺ィ! ひとツだけ答えろ! 呪いが無くなったのであれバ、次の魔王は誰ガ決めル!?」
「さぁ? 僕には分からないね。みんなで選ぶとか、なんかそんな感じじゃないの?」
相変わらずの軽い天狗に対し、真顔で何事かを必死に考えるクィントラ。
そのクィントラが片手を上げ、その手に魔力をこめてピカピカと光らせた。
「ならバ! やはリ僕が魔王になル!」
「…………そうなるよねぇ」
何か動きがあったらしいと、広間の方へ視線を投げたタロウとヨウジロウへ、天狗が手を挙げて呼んだ。
「タロさんにヨウジロウさん! 暇ならボクのほう手伝って!」
「なんか分からんでござるが承知!」
「おうよ! 儂に任せるんじゃ!」
クィントラの合図を受けて、シャカウィブ北東に布陣していたパガッツィオ軍が動き出した。
その数およそ五万。
「ヤマノさん、二人は借りるよ。ここは任せるから」
天狗の声を合図に、三人は砦三階から真東へ向かって飛び降りる。
当然、三人は落下途中に神力を使い、それぞれ安全に着陸した。
「アハははハハ。五万の軍勢に三人で向かっタよ。オ前の息子も死ヌぞ? アハハはは!」
驚きやら怒りやら、様々な感情が綯い交ぜになったカシロウは顔面蒼白。その血の気の失せた顔を伏せ、クィントラに向けて言う。
「……天狗殿だ、きっと上手いことやる。そんな事よりクィントラ……お前……、魔王になりたいが為に……、リ、リストル様を――」
「僕はリストルを殺してナい」
はっきりとそう言ったクィントラの言葉に、カシロウが面を上げた。
「僕じゃない。僕は
続くクィントラの言葉に、カシロウは唇を引き結びギュッと瞳を閉じた。
「……何故、ビスツグ様を――」
「あの頃の僕は呪いの存在ヲ知らなかったからナ、自分が魔王にナるなど考えてもいなかっタ。だからミスドルを魔王にし、僕は王父にナるつもりだった」
わなわなと、震える手を
「……柿渋の二人組。アレを雇ったのはお前なんだな?」
柿渋の二人組。
一人はカシロウが斬ったハコジ、そして現在ビスツグの護衛についているハコロクの事。
「あァ、そうだ。当然、直接会って指示はしていないがな」
カシロウの手の震えがぴたりと、止んだ。
そしてただ一言――
「…………殺す」
――そう告げたカシロウは二刀を抜き払い、その両手にぶら下げた。
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