第56話「悪夢」

「ダナン殿、この姿になっても手加減は出来る」


「はぁ? そんなもの――」

「しかし…………せぬ! 悔いて死ね!」



 ドンと地を蹴り、ひと息で間合いを詰めたカシロウは

 前のめりのカシロウの額がダナンの胸にドスンと当たり、ダナンが数歩後退あとずさる。


 片手で胸を押さえたダナンが呻く。


「ぐぅっ――、は、速い!」


 額をさするカシロウが己れを罵る。


「初めて与えたダメージが頭突きとは我ながら…………、!」



 カシロウの口調がなんだかおかしい、と明白あからさまな警戒を示すダナン。

 先程と同様の黒い何か――魔力か神力か――を両の腕、肘から先に纏わせ剣を構える。


 対してカシロウ、引っ込めていた左手の『鷹の刃』を再び作り出し、二刀を構える。



「赤くなったのもそうだけどそれもなんなのさ! 貴方は魔術使えない筈でしょう!?」


「教える義理などない。内緒だ」


 ダナンは言いながらも両腕に集めた力を剣に籠め、二度三度とその刃を振るっては刃を飛ばした。


 スィンスィンと二刀を軽く、再びカシロウが振るとダナンの飛ばした黒く輝く刃がパキパキと全て折れてゆく。


「ヨウジロウのアレと似たようなもんか。みんな器用なことで羨ましいわ」


 天狗は当然、カシロウもヨウジロウも、どうやらダナンも、身に宿る宿り神の神力をそれぞれ使う。


 しかしカシロウはどうにも神力の扱いは不器用で、かつてヨウジロウが飛ばしまくった神力の刃の様な、神力を放つ、飛ばす、そういう使い方が全くできなかった。

 自分から離れるとともに、グングンと萎んでしまうのだ。


 なので先日ウナバラに言った、『少し派手なヤツ』こと『鷹の刃』、『かなり派手なヤツ』ことコレ、『鷹の翼』である。



 正確には『鷹の翼』なのだが、語感が悪いのでカシロウは翼と呼んでいる。


 鷹のあの力強く強靭な肉体に、神力を循環させる事でカシロウの体を疑似的に近付けるワザ。

 酸素を多く取り込む故に、その体は赤く染まり、体温がグンと上昇する。


 力も、速さも、比べるのが馬鹿らしいほどに跳ね上がる。



「うぉぉぉ!」


 左に握る鷹の刃を頭上にかざして走り寄る。

 ダナンが飛ばす刃をそれで弾き、ダラリと持った兼定二尺二寸を突き入れるも防がれる。続けて左の二尺を横薙ぎに振る。

 ダナンが大きく跳び退いてそれをかわす。



「その剣から飛ばす刃、案外と攻防一体。なかなか良いな」


「そうでしょ? しかもコレね、僕の魔力じゃないらしくて疲れないんです……よ!」


 ダナンが言い終わりに合わせて、再び神力の刃を飛ばし始める。

 カシロウも素早く左右に体を動かし、避けられるものは避け、剣で受けるものは受け、グイグイとその間合いを詰めてゆく。


 十二年前ヨウジロウが飛ばした刃よりもダナンの刃の方が僅かに鋭いが、カシロウの動きはあの時の比ではない。

 全く危なげなく進み、その間合いを消して残り一間いっけん(≒1.8m)。


「ほらほらほら! もうの兼定が届くぞ!」


 明らかにカシロウの様子がおかしい。

 それはダナンだけでなく、天狗も、さらにカシロウ自らも気付いている。


 これはカシロウに棲むトノが表出しているに過ぎない。決して力に溺れたカシロウの頭がおかしくなっているなぞという事はない。



「いい加減死ねやぁ!」

「――ひっ」


 迫るカシロウに怯むダナン。カシロウの振り下ろした剣を掻い潜る様に転がって避け、背を向けたままで数歩駆け、思い出した様に振り向いて剣を構えた。



「その赤いのなんなのさ⁉︎」


 服の下まで全身真っ赤なカシロウ。かはぁぁぁ、と再び口から蒸気を吐いた。


「何ってオマエ、決まってるだろ。奥の手だ」


 ドン、とまた地を蹴り一気に間合いを詰めたカシロウ、今度もまた少し行き過ぎて、剣を振るにはいささか近過ぎた。


 だから兼定を握る右の拳でダナンの頬をぶん殴った。


「ぶべぇっ!」


「……ぶべぇってオマエ――――だっせ」


 殴り飛ばされ堀の手摺りに背をぶつけたダナンを追って、カシロウが駆けて間合いを詰める。


 背をぶつけながらも体勢を立て直したダナンがヒラリと手摺りの上に立ち、腰を沈めて剣を構える。


「でやぁぁあっ!」

「おりゃさぁぁ!」


 掛け声とともに振り下ろされたダナンの剣は鷹の刃で受け止められて、続けて斬り上げられた兼定二尺二寸がダナンの肉を裂いた。


「ぎぁぁぁっ!」


「ちっ、まだ浅いか」


 大きく声を上げ、そのままダナンが手摺りの上を数歩駆けて跳び、地に降り立った。


 痛ぇよ痛ぇよとダナンは呻きながら剣を地に突き立て、左腕からダラダラと流れる血を右掌で押さえて治癒術で癒す。



「くそっ……! こんなはずじゃ……せっかく毎晩斬りまくって追い越したはずなのに……」


「何人殺そうが変わらんさ。己れを強くするのは、ただ鍛錬のみだ」


 かはぁぁぁぁ、と先程よりも長くカシロウが蒸気を吐いてさらに言う。


「もういいだろう。諦めて死ね」

「うううるせぇぇぇ! ちょっと黙ってろ!」



 治癒の光をたたえていた右掌はいつの間にか、真っ黒に輝いていた。

 そして右手を掲げて振り下ろす。


 ドォンという音ともに爆風、土煙り。

 そう大きくはないがカシロウの視界を奪うには充分な爆発が起こる。


 カシロウは土煙りを抜けてダナンが襲ってくるだろうと警戒したが、一向に姿を現さない。


『…………!』

「おうさ!」


 赤い体をさらに赤く染め、覚悟を決めて土煙りへ飛び込むと、大声を上げて家々の扉を叩いて回るダナンの姿。



「誰でも良い! 出てこい! 出てきて僕に斬られろ!」



 カシロウの胸からトノが顔を出し、カシロウの顔を見上げてくちばしをパクパクさせた。


『……………………』

「……まさに。見ておられませんな。とっとと終わらせましょうか」



 気持ちが少し萎えたのか、カシロウの体の赤味がやや薄れていた。

 雪駄を踏み締め、指先に力を込める。


 キン、と音がしそうな速度でって、ダナンのすぐ側に姿を現し兼定二尺二寸を抜き打った。


 ダナンの絶叫と共に、その左腕が肘より少し上で千切れて飛んだ。


「……ぐぁぁがぁぁあ!」


「それはトビサの分。次は殺された者たちの分だ」


「……な、ななな何が悪いって言うんだよぉ! 弱者は強者の為――、僕のために存在するんだよ!」


 かはぁぁぁ、と蒸気を吐いたカシロウが言う。


「……ならば私より弱いお主に頼む。私の為に死んでくれ」


 驚いた顔のダナン。

 その頭の天辺てっぺんから胸の下辺りまで、気がつくこともなく、カシロウの兼定が既に通り抜けていた。



「ダナン殿――。やはり、殺したからって強くなるとは思えないな。少なくとも私は、そう思う」



 ふぅぅ、と吐息を吐き、カシロウは兼定を引き抜き血振りを一つ。鞘に納めると同時、ダナンの体がドサリと崩れ落ちた。



「ヤマノさん、ご苦労様」


 天狗がそう声を掛けたその時、カシロウがカッと両眼を見開き両手で頭を抱えてうずくまった。



「え――? どしたのヤマノさん? 大して怪我とかないでしょ?」


 蹲るカシロウは応えない。

 ただ苦しそうに頭を抑えて震えるのみ。


 しばし呻いたのち、ゆっくりと顔を上げたカシロウの顔は涙に濡れて……――



「…………たった今、リストル様が魔王ではなくなりました」


「どゆこと?」


「リストル様が…………、お亡くなりに…………なられました――」

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