第55話「三段目」
昨夜まではトビサ率いる
実は毎夕行われていた打ち合わせはトビサが出席しており出た事がなかった。
なので夜回り開始後一刻ほど、トミー・トミーオの班に
「おいヤマノ。今夜の南町はワテクシが回るでヤンスよ。オマエは東町でヤンス」
辻斬りが現れた翌晩は大抵、その町にトミーオが投入される。
その犬顔の良く利く鼻が役に立つとの思惑故だが、今のところは何一つ成果は上がっていない。
「申し訳ないがトミーオ殿。今夜も南町は私に回らせて頂きたい」
頭を下げながらも、絶対に認めさせると、一歩も譲らない気迫のこもった声でカシロウが言う。
「オマエ昨日やり合って逃げられたらしいでヤンスね? それでも?」
「それでもです」
「このワテクシの腕が信用ならないでヤンスか?」
「信用はしておりますし、恐らくそう相性も悪くない。しかし――」
カシロウはトミーオから視線を外し、数歩離れて様子を伺う
「奴は彼らの命から狙います。南町は私にお任せ下さい」
人影の者どもと天狗の間に視線を彷徨わせたトミーオが
「総合力なら間違いなくそっちが上……、分かったでヤンス」
そう言って人影に向かって東町への移動を命じた。
「ところで南町に現れるんでヤンスか?」
「恐らくきっと……。勘ですが」
「……勘でヤンスか。ま、何にせよ早く片付けたいでヤンスね」
背を向けたトミーオが、片手を上げてそう言いながら東町への方へと歩き去った。
「ヤマノさんは良い上司が多くて良いよねー」
「まこと自分でもそう思います」
「さ、南町には他にも人影の子たち居るんでしょ? 僕らが先に出会わなきゃね」
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎
それから一刻半ほど回って幾つかの人影グループに合い、辻斬りを見付けても挑まずに警笛を吹くよう伝えた。
そして日付が変わるまでもう半刻という頃、昨夜と同じ常夜灯の側に佇む
常夜灯は魔術の灯りを揺らめかせ、その人影が作り出す影を長く大きく映し出している。
天狗に掌を向けて踏みとどまらせ、カシロウが一人歩みを進めた。
「待たせたか?」
「いや。さっき来たところだ」
「なら良かった――――さ、やろうか」
静かにそう言って、カシロウは腰の
「実はヤマノさんが寝てる間にちょっと調べたんだよ」
張り詰めた空気を破る様に天狗が声を掛け、さらに続ける。
「その人の正体ってね――」
「ダナン殿でしょう? ダナン・イチロワ、神王国パガッツィオの勇者の」
「あら。なんだ気付いてたの。せっかく調べたのに」
「確信には至っておりませんでしたが、あの構え、実にダナン殿が取りそうな構えなんですよ」
「……さすがヤマノ先生。バレちゃいましたか」
ダナンの剣はカシロウに比べると
それはなんら悪い事ではないのだが、カシロウの思い描く
「その下段も恐らくまやかし、虚実の虚でしょう?」
「…………息苦しいんで
「どうぞ」
お互いに剣を納め、ダナンは覆面をくるくると剥ぎ取ってゆく。
現れたのはサラサラの髪に糸の様な細目。間違いなくダナン・イチロワその人であった。
「自慢の髪型がペッタリしちゃうから嫌なんですよね、コレ。やっぱり息苦しいし」
「何故このような事を繰り返したのか――もうそんな事はどうでも良い。さあ、やろう」
腰の刀に手を伸ばし、そう言うカシロウの声をダナンが遮って言う。
「いやいや聞いて下さいよ。お願いだから」
「………………なぜだ。なぜ辻斬りを繰り返す?」
「あ、聞いてあげるんだね」
天狗がチャチャを入れるが気にしない二人。
「貴方が強いから、ですよ。貴方を超えるにはね、少〜し足りなかったんです。だからどうしても辻斬りが必要だった」
はぁ、と深い溜め息のカシロウ。
「訳の判らぬ事を……」
「判らない筈がないでしょう。僕には分かる、貴方も相当に殺してる筈ですよ。殺せば殺すほどに強くなるものなんですよ、人って」
「何を――」
「ま、一理あるかもね。剣術も格闘術も、使い方によっては魔術も、突き詰めれば人殺しの技だからね」
反論しようとしたカシロウを遮り、天狗がダナンの発言を肯定する。
二人の声を無視するように、マントを翻したカシロウが
「私が殺したのは一人だけだ。そして今夜、それが二人になるというだけの事。さぁお喋りはお終いだ、抜け」
「…………僕はどうかな? もう何人斬ったか覚えてもないや」
ニヤついた笑みを浮かべたダナンがそう返して剣を抜き、今度は構えずダラリとそれを片手にぶら下げる様に持った。
「ヤマノさん、糸目の彼の宿り神、『狼』だよ。気をつけて」
「狼? 僕が? そっちも訳の分かんない事を、だね」
不意に、消えることのない魔術の灯りを湛える常夜灯の灯りが、風に吹かれたかユラリと揺れて一層夜闇を強くした。
逆手に持ち替えた
ギィンと音を立て、カシロウの背後でダナンがそれを弾いた。
「おー! 今夜は見えてる! 凄い凄い」
剽げて見せたダナンが大きく飛び退いて――
「でもちょっとね、まだ甘いんじゃない?」
――そう言ってペロリと舌で唇を湿らせた。
背中側から真横に斬り裂かれたマントを解き、風に吹かれるに任せてそれをカシロウが
「お気に入りのマントを切られてしまった。新しいのをお主に買って貰わんとな」
「何言ってんの。自分だって穴開けたクセにさ」
そしてその場で、いきなり斬り結ぶ二人。
共に動きも剣も、常人の速さではない。
カシロウが横薙ぎに薙いだ剣をダナンが半歩下がって避け、ダナンが打ち下ろした剣を左手から作り出した『鷹の刃』で受け、再び斬り返す。
シッ、シシッ、と剣の走る音と、たまに弾ける金属音のみが静まり返る南町に繰り返される。
そうして少し、一間半(≒2.7m)ほど距離を取った二人の様子は、無傷のダナンとそこかしこを浅く裂かれたカシロウの姿。
「やっぱりさ。ちょっと行って何人か斬ってきたら? もう僕のが上だよ、間違いなくさ」
「……そうかも知れぬな。しかし余計なお世話というヤツだ」
体の動きはあの、カシロウが斬った
斬ると見せて斬らず、斬らぬと見せて斬る、即ちそれは
さらには魔術さえも使い
「もう長引いたって飽きちゃうだけだからさ、とっとと僕に斬られるか、何人か斬っておいでよ。真面目な話さ」
「その選択肢からは選ばん。私はお主を絶対に斬る」
「……あっそ。ならもう終わりにしよっか」
興味なさげにそう言ったダナンの片手が黒く染まってゆく。
「鷹の目なしではやはり届かぬか…………」
そう漏らしたカシロウ、深い溜め息を溢してから、こう続けた。
「トノ…………トノの力を、私に」
『……………………!!』
カシロウにしか聞こえぬトノの雄叫びと共に、カシロウの右頬――かつてヨウジロウに斬り裂かれた古傷が勢いよく赤く染まる。
ダナンに裂かれた傷から蒸気を上げつつ、カシロウの肌が
「…………なんなんだよ一体!? とりあえずこれでも喰らえ!」
ダナンの手から黒い球体が打ち出され、蒸気を上げて立ち尽くすカシロウに命中――
――スィン、と軽くカシロウが
かはぁぁぁ――口から蒸気を吐いてカシロウが言う。
「ダナン殿、この姿になっても手加減は出来る」
「はぁ? そんなもの――」
「しかし…………せぬ! 悔いて死ね!」
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