第31話「魔獣の森の向こう」

 もちろんこれも天狗に教わった話である。


 あらゆる――人族・魔人・獣人・亜人などなど――全ての人の魂には宿り神が憑く。


 しかし獣にも憑く場合がある。


 ただし憑かれた獣と宿り神とは融和せず、調和せず、お互いがお互いを阻害しあって更なる獣と化す。


 その結果、同族以外を喰らい、当然人をも喰らう理性なき化物ケモノとなる。


 タチの悪い事に理性はなくとも知性はある故、魔術を使うケモノという、人にも獣にとっても迷惑千万な存在である。



「宿り神ってなぁ、なんだ?」


 そう問うたケーブに対し、カシロウが天狗から教わった事を簡単に説明する。


 天狗の白虎とカシロウの鷹についてだけ触れ、ヨウジロウの竜には触れずに隠した。今後どうなるか分からない故の念の為に。


「へぇぇ。じゃオラっちにも何か動物の神様がいるっつうのけぇ。イメージ沸かねぇなぁ」


 このケーブの宿り神、毛むくじゃらの猪だとかそんなんじゃない? 知らないけど。


「魔獣、恐ろしいでござるな……けど一度出会ってみたくもあるでござる」

「そうだな。私もそれほど多く出会った事はない。それなりの大物に出会ってみたいな」


「っかーっ! カシロウ――様はともかく坊っちゃんみてぇなチビスケがナマ言ってんじゃねぇ」


 ヨウジロウは現在およそ136㎝四尺五寸、同い年の子らと比べてもかなり小さい。

 故に、チビスケという言葉は言ってはならない。

 本当の事だから。


「……言ったでござるな……」

「チビスケにチビスケっつって何が悪いんでぇ、ベロベロべェ~」


 ヨウジロウ四尺五寸に対してケーブ190㎝強六尺三寸、身長差およそ一.五倍、体積で言えばおそらく倍でかない。


 カシロウとユーコーのそれぞれに似たヨウジロウの姿形は小さくともそれなりに整っており、ケーブは熊のように大きな体にヒゲムジャの顔。


 何もかもが真逆の二人が顔を寄せて睨み合い、そして殴り合うかと思いきや唐突に大声を上げて笑いだした。


 ハラハラと見詰めていたのはナッカとマッツのみ。ヨウジロウの強さ、人好きする性格、それらを知るカシロウとハルさんは一つも心配していなかった。


 ガハハと笑うケーブが言う。


「オラっちの睨みメンチに泣かなかったガキはいねえ。チビスケのクセに大した坊っちゃんだぜぇ」


 アハハと笑うヨウジロウも言う。


「ケーブ殿はデカスケ過ぎるでござる! ここまでデカスケだとそれがしの事をチビスケ呼ばわりするのも頷けるでござる!」


 ガハハアハハと笑ってはお互いの肩やら尻やらを叩き合う二人を他所よそに、カシロウらが四人で苦笑いで見詰めあった。




「魔王国軍は何軍だ?」


「んあぁ……オメエら覚えてっか?」

「「今は九軍っす!」」


 どうやら双子の兄弟らしいナッカとマッツが、瓜二つの顔で元気に声を上げた。

 髪の毛を剃っていなければどちらがどちらか分からなかっただろう。



「九軍ならクィントラの所か」


 魔王国軍は七軍、八軍、九軍の三つで構成される。


 一から六軍は元々存在しない。

 下天の下位、四青天の者が軍を率いると決まっているが、カシロウに軍を率いる才はため現在は十軍も存在しない。


 平和な世の中である事もかんがみて十軍は解体され、再編成の運びとなったのだ。


 カシロウが不意に、腕を組んで何事かを考え込んでいる。


「なんでぇ、クィントラっつったら下天の序列九位様だろ? なんかあんのけぇ?」


「あ、いや、クィントラの事は別にどうという事はないのだがな。その魔獣の森の件、森の向こう側がアルトロアだというのが少し引っ掛かったのだ」


「何か気になる事がありやすか?」


 そう尋ねたハルさんにカシロウが答えた。


「関係ないとは思うのだがな、アルトロアは十二年前に『無から産まれた勇者』が現れた国だ」






● ● ●


 天狗の里を立ってちょうど十日目の昼過ぎ、出発時よりも倍の人数となったカシロウ一行が予定通りにトザシブ北門へ辿り着いた。



「よぉ。そろそろ着く頃だと思って今朝から待ってたんだ」


 門の外、門柱に背をもたれかけさせ、組んでいた腕を解いて二本指を額にあてた男、ディエスが片目を瞑ってそう言った。


 良い奴だがいちいち気障きざなポーズを取るのが玉に瑕だと評判の男である。


「ほう? ゆっくり歩いて来たのによく今日だと分かったな」

「嘘ですよ。ディエス様は五日も前から毎日ここでお待ちでした」



 あっさりと門衛にネタばらしされるディエス。


 暗部である天影てんえいにあって唯一、ちまたの者からも顔とキャラクターを認知されている男でもある。



「……あー、まぁ、ホントはそうだ。というのもな、リストル様がお待ちだからだ」

「分かった。すぐに参内さんだいする」


 ディエスの言葉でカシロウ、月代を一撫でし、御勤めモードの凛とした表情を作った。


「ハル、悪いが手筈通りケーブたちの事を頼む。出来るだけ早く住まいを探すようにする」

「合点でさ」


「じゃあデカスケ殿、ナッカ殿、マッツ殿。またでござる」

「デカスケ言うんじゃねぇ。冗談言ってねぇで早く行け。お袋さんが待ってんだろ」


 喜色満面で手を振るヨウジロウに、元山賊どももにこやかに手を振り返した。



「じゃ、あっしらも行きやすよ」

「おう頼まぁ、ハルの兄貴!」


 驚く事にケーブ、頭頂部を除いて十二年前と変わらぬ巨体とヒゲムジャの顔からは全く察せられなかったが、なんとハルさんの一つ下の現在三十一歳。


 歳を聞いてカシロウ以下、皆が大声を上げて驚いたが、ナッカとマッツが二十八と聞いた時には「そんなもんだろうな」との反応でより一層にケーブが怒ったものだった。



 「あぁ、そうだ!」と離れ行くカシロウが声を上げて振り向いて――


「ケーブ! お主はとりあえず髭を剃ること! 良いな!」


 ――そう大声で続けて足早に去って行った。


「……寒くて嫌なんだよな……」

「諦めなせぇ。剃るかカシロウ様の友人辞めるかだ」

「……わあった、剃りゃ良いんだろ」






⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎



 城下を小走りに駆けて半刻ほど、魔王城を囲む堀を渡る橋に差し掛かった頃、ディエスが走るのを止めた。


 三人ともに息に乱れなどは当然ないが、ここから走って橋を渡る事は禁じられている。


 ディエスが行儀良く歩きながらカシロウへ問いを投げた。


「なぁおい。さっきの可笑おかしな髪型の連中って山賊じゃないのか? 仲間にしたのか?」


「ん? そう言えばオマエは森で出会ったらしいな。案外悪い連中ではないようなんだ」


「あん時は面頬めんほお上げてたから俺ってバレなかったらしいな」


 首の辺りにずり下げていた面頬を指差してディエスがそう言う。


「オマエ、絶対に面白がってただろう?」

「まあまあ良いじゃないの。丸く収まると思ってたワケよ、俺ってば」


 そうディエスが言い終えた頃、橋を渡り終えて魔王城の大門へ辿り着いた。

 大門に立つ門衛に手を挙げ、大門脇にしつらえられた鉄扉てっぴを開けて貰い中へと歩む。


「ではヨウジロウ。私はディエスとともに魔王様の下へ向かう。ひと足先にユーコーに顔を見せてやれ」

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