二章*魔王国騒乱篇

幕間1「前世のカシロウ」

 天文十九年(一五五〇年)。

 山野やまの 甲士郎かしろうは美濃のそれなりに裕福な農家の次男として生まれた。


 長じるとともに、次男ゆえ父祖の田畑を継げぬ事を理解し、己の生きるすべを求めて勉学も武術も真剣に打ち込み、そしてある出会いを経てからは武術――特に剣術に傾倒していった。


 その出会いとは、彼が十を少し過ぎた頃の事。


 ある高名な兵法家に教えを受けた男が、自国へ戻る際、山野家にしばし逗留した。


 京を東に越えて、男が何故美濃まで足を伸ばしたのか定かではないが、僅かな期間ながらその兵法家に甲士郎は師事した。


 その際、甲士郎に剣の才を見出した兵法家は、またの上洛京行きの際には美濃まで足を伸ばす事を約し、西国へと戻った。


 そして、甲士郎が十五を少し過ぎた頃、再びやってきた兵法家に教えを乞い、彼のいない五年の独学による研鑽を披露し、その腕を讃えられた。




 美濃のお城に新たにやってきた武将、彼を一目見た時から、山野 甲士郎はこの人に仕えると心に決めた。


 父母には剣で武功を上げてみせると誓い、その武将にも許され、甲士郎は一心不乱に槍を、剣を、振るった。


 馬には乗ったことが無かったため、いつまでも徒士かちではあったが、時は戦国時代、活躍の場には事欠かなかった。



 あるじは巧みな槍巧者で、武芸に長けた者を気に入る性質たち。戦場で幾度も功績を上げた甲士郎は、主から二本の和泉守兼定いずみのかみかねさだたまわる。


 破格の褒賞である。



 甲士郎はさらに励み、主の為に生き、死ぬと、心に決めた。




 ――が。




 甲士郎が二十歳になった年、最後の戦を迎えた。


 それはを守る為には譲れない、一千対三万の、勝ち目のない戦さ。



 主も、甲士郎も、死力を尽くし戦ったが――







 

 ――鬱蒼うっそうと茂る森の中、はぁはぁと荒い息を吐き、つんのめる様に甲士郎は大地に転がった。


 木々に隠れ、甲士郎はズタズタになった鎧を脱ぎ捨てて正座し、荒い呼吸を鎮める為に目を閉じた。



「…………はぁ、はぁ、はぁ、……ぐすっ、はぁ、ふぅ、ふぅ、……ふー、ふー」



 呼吸の落ち着いて来た甲士郎は目を開き、ゆっくりと腰の刀を抜き払って刃を見つめる。


「殿から頂いたこの兼定かねさだ……、お役に立てられず……、誠に……」


 両の瞳から堰を切ったように涙を流し、そう呟いた。


 僅かの間そのまま、涙に濡れた瞳で刃を見つめていたが、彼の耳は軍馬のいななきを遠くに聞いた。


「殿の働きによりあの方も首の皮を繋いだ事でしょう。兼定かねさだと共にこの山野 甲士郎が、殿の黄泉路へとお付き合い致します。しばしあの世でお待ち下さいませ!」



 甲士郎は自らの腹に突き入れた刃を、微動だにせぬ表情のままで真一文字に横へ引いた。



「…………殿、お命……お守りできませんで……、……ま、誠に…………」





 そこで意識は途切れ、次に目を開いた時には魔王城上空、魔王リストル即位式の真っ只中であった。

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