第2話~屍を越えてゆけ~

 地図で見ても明らかに分かる最北端国家・ノラギア大好国。この国に飛ばされたソラは無事に生きて帰れるのか正直分からない。居場所も分からないからだ。

「お姉さんから居場所まで聞いてくればよかったかな」

 彷徨うこと二時間は経過したという頃、暗くなった森にソラは入っていった。

「ここしかない。だいたいそういう組織って森の中とかにあったりするし」

 進んでいくごとに腐敗臭がすごい。明らかに異質だ。

「何がどうなってんだ。化学物質でもなさそうだし」

 すると、小さな小屋があった。少し不穏な空気が漂っていたが、確かめてみることにした。

「どれどれ……って……なっ……⁉」

 小屋の中には、大小違う瓶があった。その中には

「腸……胃……肺……?」

 腸、胃、肺などの臓器であった。だが、不可解な点があった。不自然に綺麗に保たれすぎている。かと言って、ホルマリン漬けにされているわけでもなさそうだ。

「てめえ誰だ」

 後ろから男が怒鳴った。後ろを見てみると、身長が百八十センチ程度、体重が八十キロ程度のかなりの巨漢だ。髪の毛は散り散りになっている。

「あなたこそどちら様?」

「俺は『D・E・A・D』の四天王スージン・マーンだ」

「『D・E・A・D』⁉」

「ああそうだ。麻薬売買組織だ」

「宣戦布告を申し立てる」

「ほう、兄ちゃん。面白いじゃねえか。生きて帰れると思うなよ?」

「望むところだ。だが、条件を提示する」

「何だ」

「俺が勝ったら、この街から出ていけ」

「……いいだろう。だが、俺が勝てば分かるよな? 今すぐに開戦だ」

 言っても、ソラ自身は何の能力も持っていない。この状態で勝てるかは定かではないのだ。だが、賭けてみる甲斐はある。

「ラードン」

 詠唱と同時に火の玉が向かってきた。流石にソラは焦りを見せた。何もできないと『思いこんでいる』からだ。やってみなければ分からないことも確かに存在する。

「やってみるしかねえ! いくぞ、『トリニトロトルエン』!」

 詠唱と同時に何もかもが燃えた。マーンも。D・E・A・Dの幹部も。森も。火の中でソラは膝から崩れ落ちた。

 トリニトロトルエンとは、トルエンのフェニル基の水素のうち三つをニトロ基で置換した化学物質であり、高い爆発力を誇る。そんなものが今手中で収められていることに恐怖を感じたのだ。

「……本当に使えた……どういう原理だ?」





 街に戻ると、ソラは勇敢な戦士のような目で見られていた。辺りは暗かったがそれだけは真っすぐと見えた。

「そんな目で、僕のことを見るな」

 すると

「ソラ、お前は頑張りすぎだ」

 それは、昼に掲示板の前で会ったエンジだった。髪の色が緑っぽく見えたのは光の関係だろう。

「頑張りすぎなどではない。僕ができる最低限のことをしたまでだ。あ、約束の一万五千ゴールド」

「……すまないが受け取れない」

「何でだ?」

「その三万ゴールド分ソラが働いた。そして、世界にも大きく貢献した」

「僕がこの分?」

「ああそうだ」

「分かったよ。ありがとう、エンジさん」

「会うのはこれで最後かもしれないから一応言っておくよ」

「え……? 何ですか?」

「次は『ラプラス』だ」

「『ラプラス』……? どんな凶悪組織なんですか?」

「『ラプラス』は、全国が認める危険指定宗教団体だ。実態は掴めてないままでな」

「てか、エンジさん、何でいなくなるんすか!」

「私にも……いろいろあるんだよ」

「隠さないでください!」

「……西にウエストランドという国がある。そこで今ノラギアと戦争が起きている。それの手伝いだよ」

「エンジさん……まさか……」

「死を覚悟しなければならない。私は……『女騎士』だ」

 その眼は鋭く、百獣の王ライオンですら竦むようなまっすぐな瞳だった。

「僕も行くっす」

「バカなことはやめろ」

「バカなこと? 誰が決めた!」

「……なん……だと……?」

「エビデンスを出せ! 僕がバカであるエビデンスを!」

「何を言っている! 落ち着け! 目を覚ませ!」

「僕を連れて行ってください!」

「それはできない! 騎士法第三条第一項『一般人を危険地域へと行かせてはならない』に違反している! 違反をすると、懲罰が下されて、仕事も懲戒免職処分だ!」

「……法律……」

「そうだ。法律だ。法によって私たちは縛られるが、法によって私たちが守られているのもまた事実だ。だから、お願いだから、来るのだけはやめてくれないか?」

「嫌だ」

「何でだ」

「逆に、なぜ僕が唯一信頼できる関係にあるエンジさんの最期を見れないままで終わるんですか? できれば最期など来なくていい」

「無茶を言うな」

「無茶を言っているのは重々承知だ。だけど、僕が頼れるのはエンジさんだけなんだ!」

「バカだ! 私ばかりに固執しているといつか痛い目を見るぞ!」

「エンジさん……」

「ソラ」

「はい?」

「屍を……越えてゆけ。その先には未来が待っている。何もできない日があってもいいじゃないか。生きてるだけで強いんだよ。それ以上を求めるのは強欲すぎる」

「エンジさん……」

「私が死ぬのは本当に最後だ。到底最初から殺されるような器ではない。だから、心配をするな。余計なことまで心配されると、私まで心配になってしまうだろう」

 そう言って、エンジさんはソラに微笑み、続けて

「きつくても辛くても頑張りすぎなソラは、私よりメンタルが強くて弱い。ソラは辛いことを心で収めている。もっと人に相談してみればどうだ? 決してラプラスのようにはなるな」

 最後に微笑み、その場を去っていった。

「どれだけ偽っても見えるんだな、あの人。やっぱ僕の師匠だわ」

 より一層エンジに興味を持ったソラなのであった。

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