御朱印ガールズ
巴瀬 比紗乃
鬼のミイラ
「『鬼のミイラ』やて」
家族でおばあちゃんオススメの火鍋屋に向かっていた。
そんなとき、カーナビに突如として現れた物騒な単語を、思わず声に出して読んでいた。
「あれ? ゆきちゃん、知らんやったっけ?」
父方の実家に久しぶりに帰省して、2日目。数年ぶりの帰省に、おばあちゃんは喜んでくれていた。
「5500円で住職さんが民間から買い戻したらしいんだけどね。民間にあったときは呪いかなにかかあって、悪いこと続きだったらしいのよ。だけどね、祀られるようになった途端に、めっきりなくなったんですって。しかも、その住職さんは昔、本物のの鬼にあったことがあるらしくって。戻ってこられたって、感激してらしたようなのよ」
喜びは如実に声に現れていて、軽快に一語一語が弾かれる。そのリズム感に、いつもなら聞くのも苦手な説明文が、すらすら頭の中に入ってきた。
「見に行くかい?」
「お店から近いの?」
会話を聞いていた父が、カーナビを覗く。
「2分やて」
「先、お昼やろ?」
火鍋を食べに行くことも知らない弟が、お腹が減ったと主張する。
「それはそう」
と笑いながら賛成して、意気揚々と車を降りた。
4種類あった火鍋を5人でシェアして、デザートまで食べて。お腹は満杯で、少し眠気すら感じ始めていた。このときの私は、すっかり『鬼のミイラ』のことなんて忘れて、車の中でお昼寝でもしようと、考えていた。
「鬼のミイラ、見に行くかい?」
「あ、行く!」
フフと笑うおばあちゃんには、きっと何もかもお見通しなんだろうな。なんて恥ずかしさに火照った頬を、またひと笑いされた。
私達は車に乗り込むと、『鬼のミイラ』を祀る【十宝山乗院】というお寺の場所を調べた。カーナビを覗き見る。歩いていくか、車で行くか、と両親と話し合う。結局、駐車場があることが決定打になって、車ごと移動することになった。
エンジンが唸る。
私は楽しみな気持ちと眠気に揺られながら、母と父のあっちじゃないそっちじゃないという小競り合いを聞く。行きたいと言ったのは私だけど、どうしても眠気に逆らえない。
結局2分では辿り着くことはできず、うつらうつらと眠気に負けた頃に、お寺に着いた。
「うおっ! 水溜り!」
「おー、気を付けて降りや」
着地地点にあった水溜りを飛び越えて、砂利の上に着地する。バランスを崩してあたふたしたが、なんとか転けずにすんだ。
砂利を進んで、急な階段を、慎重に上がっていく。私は手すりにつかまりながら、母は父の腕にしがみつくようにして。弟に笑われながらも、登りきった。ちなみにおばあちゃんは、階段を見て、車で待つと言った。私たちも急な階段を前に、足腰の悪いあばあちゃんを無理やり連れ立つ気にはならなかった。
階段を上りきると、小さな平地にたどり着いた。そこには、何の変哲もない一軒家がぽつんとあった。よくよくみると、縁側のようなところの先に神社などでよく見かける3〜4段の階段があり、どうやらそこが入口らしかった。そこには、参拝者への案内があり、左手奥の弥勒菩薩へ先に参拝するよう書かれている。
家族4人であたりを見渡しながら、崖の縁にある背の高い石像に、首を傾げならがも近づく。どうみても仏様だということで、母から父そして私に弟の順に手を合わせた。
私が参拝を終えて振り向いたとき、父と母の姿はなく、森に向かって歩いていた。
「どこ行くん?」
「さあ?」
とりあえず弟と2人ついていく。しかしどう見てもそこには森しかなく、さらに奥に進む母たちにただただ不安になる。
「何探してんの?」
思わず声を掛けると、母は父の腕を掴み直して、こっちに帰ってくる。
「弥勒様や」
「さっきの石像違うん?」
「えー?左奧書いてたで?」
弟の疑問に、母も疑問で返す。当然、ここに答えを持ち合わせている人がいるはずもなく、私たちは渋々あの一軒家に戻った。
境内はまるで親戚の仏間のようで、お寺独特の厳かな雰囲気はなく、親近感が湧いた。『鬼のミイラ』があるはずなのに、異様な雰囲気もない。
目の前にあった仏像の前に、父を先頭に座る。祖父に合掌するときと同じ気持ちになったのは、仏壇に拝むときと同じ座り順だったからに違いない。
いつも通り、最後に顔を上げたのは私だった。「あ、すいません」なんて軽く謝ると、それぞれが立ち上がる。そして誰もいないことをいいことに、各々うろうろしはじめた。というのも、『鬼のミイラ』が見当たらないのだ。
「あ、こっちやね」
1番に見つけたのは、母だった。なんのことはない。右手に祀られていたのが、『鬼のミイラ』だった。
とりあえず、賽銭箱に母が400円を入れ、先ほどと同じように参拝を済ませる。400円は『鬼のミイラ』の拝観料だ。丁寧に手書きされた案内があったのを、母は見逃さなかったみたいだ。
参拝を無事済ませ、私は『鬼のミイラ』を覗き込む。
茶色の塊に、『鬼のミイラ』の姿をはっきりと視認することができない。
「本当に鬼のミイラ?」
「そうやで。ほら、あそこが顔やろ。それで、こうや」
母は空に半円を描いて輪郭を知らせ、自分を抱いて鬼の姿を模して教えてくれた。
首を傾げながらも、もう一度『鬼のミイラ』を眺める。自分で自分を抱きしめながら何分かじっくりと見た後、やっとその全貌を捉えることができた。
『鬼のミイラ』は自身の身体を抱いて、小首を傾げるようにして鎮座していた。
「なんか、忌々しさはないね」
「不気味な感じはね」
かがめていた腰を正して『鬼のミイラ』に向き合う。
顔の大きさから私より大きな躯体をしていたのだろうけど、肉がはがれた躯体に勇ましさはなく、背の高い男性くらいの印象を受けた。
じっくりと眺めて、『鬼のミイラ』を目に焼きつける。
父と弟は飽きを紛らわせるためか、後ろで境内の観察を始めた。
「普通の家やんな」
「奥は居間に繋がってるんやろか」
聞こえてくる会話に私は振り返る。
待たせすぎも良くないだろう。
「帰ろうか」
そばで待ってくれていた母に言う。
「もうええの?」
「うん。おばあちゃんを待たせるわけにもいかんし」
まるで近所の家から帰るかのように境内をでて、車に戻る。
急な階段を降りるとき、母はまた、父の腕を掴んでいた。日頃見ない仲睦まじい姿だが、自分の両親となると、ほっこりすることはなかった。むしろ、落ちないでよと声をかけるくらい、心配が勝った。
「ただいま」
「おかえり。早かったね」
「そう?」
「もっとゆっくりしても良かったのに」
「十分ゆっくりしたよ」
乗り込みがてら、おばあちゃんが手にしたスマホを覗く。
「何してたん?」
「何て、ねえ?」
そこには、最近よく見ているという韓国ドラマが流れていた。
「好きやね。その俳優さん」
「かっこいいやろ~。日本の男なんて目やないよ」
「おじいちゃん、天国で悲しんでるで」
「そんな言われたないわ。おじいちゃん、サユリ好きやったんやで」
「女優さんやっけ?」
「昔の美人女優や。知らんか?」
そう言って父は、車のエンジンをかけた。おばあちゃんは酔ってしまうからとドラマを消して、スマホをしまう。
「そう! 弥勒さん探して森まで行ってんで」
次の目的地「マチュピチュ」に向かいながら、未だ行方知れずの弥勒さまについて話していた。別に答え合わせしたかったわけではなく、母の奇行をちょっと面白く話したかっただけだった。
「左奥って、仏さん、3体おったんやのうて?」
「ん?」
「やて、ほら、境内に」
今の自分の顔は想像したくないが、とても阿呆な顔をしているに違いない。
真相は藪の中だ。……という、ことにしたい。
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