第66話 合理的限界突破!

「そこの隠れてる奴ら……時間の無駄だ、早く出てこい」


 これ……僕たちに言ってるよな。そこそこ離れてるけど、やっぱりバレてる感じ?


「……出よう」


 力丸先輩はその場から立ち上がり、茂みを乗り越えて不知火の方へ歩き出す。僕らもそれに続き、不知火の前に移動した。


「やあ、久しぶりだね。私のことは覚えているか?」


「ああ? 知らねえよてめえの名前なんざ」


 確か、力丸先輩は一年、二年の時に不知火と戦ったんじゃなかったっけ? それでこの態度というかことは……そもそも認知されていない?


「まあそれも当然か、私はこれまで、君に完膚なきまで倒されてきた。情けない話だ。だが……それにも蹴りを付ける!」


 力丸先輩が何もない空間から一本の槍を取り出し、掴む。僕がやっている具現化――というよりは、空間に武器を格納しているようだ。


「3人とも、済まない。これは完全に私の我儘だ」


 力丸先輩は槍をぐるりと回し、その矛先を不知火の眼前に向けた。


「私は自分が持っている全ての点を以て――君に挑む!!」


 刹那、森の中に突風が吹き荒れた。力丸先輩が地面を強く踏み締め、地面に跡が残るような勢いで蹴り上げた衝撃でだ。


「冬香ちゃん! 私に掴まって!」


 比奈と冬香はその場に立っているのがやっとな様子だ。地面に亀裂を作りながら力丸先輩は不知火に肉薄した。


 零コンマ何秒かの応酬。――の結果、力丸先輩は不知火を弾き飛ばした。


「やった! 団長が押してる!?」


「いや、そうでもない」


 比奈があげた歓声を、僕はあっさりと否定した。


 あの瞬間、力丸先輩は不知火を槍で突いた。しかし、攻撃は微動だにしない不知火にあっさりと弾かれてしまった。


 力丸先輩は気合いで持ち直し、すぐに追撃を3発打ち込んだが、それらは全て躱された。


 今度は攻撃を受け切った不知火のターンだ。返す刀で力丸先輩を切り付けると――意外にも、力丸先輩はそれを避けずに受けた。


 力丸先輩は斬撃を喰らった代わりに、ノータイムで不知火に反撃をしたのだ。不知火が下がったように見えたのは、ただそれを刀で弾いたというだけ。


「お前、イカれてんのか? なぜ攻撃を避けねえ?」


「正攻法で君に勝つ姿が浮かばなかったからさ」


 そう言った力丸先輩の胴体には斜めの斬撃の跡があり、そこから血が滲んでいる。


「それに――さっきの動き、リミッターを外してるな?」


「……全てお見通しみたいだな。君の言うとおり、私は今、自分の身体的な限界を意図的に突破している。私の加護、【限界突破】でね」


「だが、加護は万能じゃねえ。デメリットなしで使える雑魚能力か、リスクを背負うことで効果が上がる能力――てめえのは後者のタイプだろ?」


「座学も完璧か。……その通り。身体能力の限界を超えれば、その振れ幅が上がるほどに私の体は自壊していく」


 よく見ると、力丸先輩のズボンのふくらはぎの位置にも血が付いている。攻撃は受けていなかったということは――限界突破の反動か?


「完全にハズレの加護じゃねえか。なのに、どうしてそこまでする?」


「確かに、君から見たらそうかもな。だが、私が【限界突破】の反動さえ耐えてしまえば、実質ノーリスクで強くなることができる!」


「そんなことしたところで弱いからハズレだって言ってんだよ、雑魚野郎」


 第二波が――来る!


 力丸先輩が肉薄する。目にも止まらぬ槍さばきで不知火に畳み掛けていく。鳴り響く金属音と、時々彼らの間で発生する光。


「ねえ、冬香ちゃん……今、二人の動き見えてる?」


「全然追い切れないです……音が遅れて聞こえる……!?」


 いや、これ本人たちはちゃんと見えてるのか!? 速さの次元が違う!


 力丸先輩、不知火を化け物みたいに言っていたけど……あなたも大概だぞ!?


 プロの冒険者を凌駕するほどのスピードと執念。これまでの自分の全存在を賭けるほどの槍術。


 飛び散る火花が。かまいたちのような風が。彼の表情が。周囲の沈黙が。それら全てが、力丸先輩を物語っているようだった。


 ――が。


「……先輩の負けだ」


 僕がつぶやいた数秒後、力丸先輩が膝を突いた。


 彼が放った攻撃は、どれも不知火に届いていなかった。不知火は攻撃を軽くいなすどころか、むしろ反撃さえも加えていた。


 強さの次元が、あまりにも違う。


「どうなってる? てめぇ、もうウォッチが起動してもおかしくないはず――」


 不知火と僕は驚き、目を見開いた。力丸先輩の腕を見て。


「てめぇ――ウォッチを外したのか!?」


 ウォッチを外せば、安全装置は発動しない。力丸先輩がどれだけ自分を追い込んでも、それを遮るものは何もない。


 だがその行為には死が隣り合わせだ。


「こうでもしないと、君に勝てないだろ?」


「なぜだ……雑魚のくせにどうしてそこまでする?」


「弱いなりに、証明してみたかったのさ。やれば出来るってことを」


 力丸先輩の目には力が籠っている。あまりの執念に、格上のはずの不知火が気取られているのがわかる。


 次の瞬間、力丸先輩の体から力が抜けていく。気を失った彼の体は、急速に地面に引き寄せられ――、


「まったく、僕らしくもない」


 僕の手に引き上げられた。

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