第五話 帝国門前の怪しい人

 


 帝国、この大陸の中で最も大きな国であり富国強兵を理念として掲げているある意味危なっかしい国だ。


 確かに兵士はかなり強い。アリシアが実際に剣技を教わった師がこの国出身だったという。


 また、兵士だけでなく農民まで強い。


 魔王討伐の旅をしていた際に鍬で大きな猪の首を刈り取ったところを初めて見たときは目を疑った。


 よほど鍛えられているのか、大人子供でも王国よりも戦闘力は高かった。その分のしわ寄せとして格差も王国よりも遥かに大きかった。


 どうして帝国の話を出したのかと言うと、ただいま俺こと行商人さんは帝国の大門で順番待ちをしている。


 この大陸の中で無駄に大きな国をしているだけあって物流量が激しいのだ。


 なんでそんなこと知っているかって?つい癖でだいぶ前から調べていたんだ。魔王討伐が終わったら商人としていずれ足を運ぶと予測していたんだ。


 富国強兵を掲げているだけあって種族の縮図ともいえるこの国は本当に興味深い。


 そこらで農民をやってる人の中に獣の特性を持つ獣人が混じっていたり、怪力自慢の鬼人族がいたりする。


 ここに来るまでに彼らと話をする機会があったが、地方に散っている彼らは弱い方なんだとか。


 まあ、もともと温厚な性格だったり怪我で引退した人とかが集まって農業をしているんだ。


 ここは王都周りのようなのようなドロドロとした感情は少ない。格差はあるが、ある意味すみわけと言った形で完結しているのが良い。


 しっかし、これ本当に待ち時間が長いな。俺の前にまだ十数人も並んでるし下手したら野宿の可能性もあるぞ。


 俺の記憶が正しければ検問はきっちりとしておかないと不純物が混ざりやすいって誰かが言ってたな。


 不純物ってのは…………ま、言わなくても分かるだろう。


 皇帝が恨み買いまくっているということだけは確かだしなー。あの陰険皇帝は賑やかなのを嫌うくせに周りは強いので囲っているから嫌われるんだよ。


 ちなみに、その囲っている人たちと俺は普通に仲がいいです。旅をしている最中は偶に手紙のやり取りをするくらいには、ね。


 そして日が暮れて結局俺は帝国に入ることはできなかった。


 後ろの並んでいた人たちを見たら何時もの事という顔をしていた。


 野宿用のテントはちゃんと持ってるし、整理券を渡されたから明日の朝には入ることができるだろう。


 それじゃあテント建てるか。安全だが売れない外で暗くなったら早く寝る、これが一番だ。


 ぶっちゃけ、今日はまだ何も売ってないから売り上げを計算する必要はない。


 テントを立て終わったら、ゆったりと商品の整理でもしよう。


「そこの少年君、君はどこから来たんだい?」


 テントを建てている途中だが、知らないお姉さんに話しかけられた。


「王国からですよ。後少年じゃないです、この前に21歳になったばかりの大人です」


「えー、本当かなぁ?」


「疑い深いなぁ。ほら、証拠」


 ここぞと言わんばかりに商会で登録したカードを見せる。


「あれま、ほんとだ。でもこのカードって本当に君のかなぁ?」


「めんどくさい人だ…………」


「私の目には15くらいに見えるよ?それに名前だって」


「たまたま勇者と同じ名前だってことはからかわれてきましたよ」


 思いっきり不機嫌な表情を見せて吐き捨てるように言う。


 若く見られるってのはおっさんくらいの年齢しか喜ばないし。こう疑い深い人は本当に嫌だよ。


 変に老けて見られるのも嫌だが、こうして明らかに下心を持って接してこられるのはいい気分とならない。


 ちょっと悪い意味で注目を集めているのもいけないな。


 カードを懐に仕舞ってテントを立てる作業に戻る。


「ちょっと、無視しないでよ」


「今そんな時間ないのでどっかいって貰えます?」


「そんな冷たいこと言わないでよ」


 無駄に近寄って俺の顔の横、耳元まで顔を近寄せてきた


「カードが偽物ってことは黙ってあげるから」


 ……………………?


「いったい何を言ってるんだ?」


 流石に大声で話せないことなので小声で聞く。もはやイラつきを隠さず敬語もやめて、眉をひそめて俺は言った。


 俺のカードは本物なのだが、なんで偽物と?


 意味深げに笑う彼女が何を考えているのか思考を巡らせ、親父のある言葉を思い出した。


『いいかリクト、商人は信用ってのが大切だ。誇張も過小もそんなにしちゃいけない。一番相手にしてはいけないのは詐欺師だ。懲らしめるのではなくあしらえ』


 ああ、親父の言葉が今ならよく分かるよ。


 この場合は何を言われても堂々としながら放置するべき懸案だ。


 俺もまだ若いし下手に反論して術中に嵌るなんてこともあり得る。


 一度信用を失えば取り戻すのは難しいだろう。根無し草の行商人ならなおさらだ。


「ねえったら、また作業に戻らないでよぉ」


 ハイハイ放置しておきましょう。あと妙にぺたぺたとくっつかない。色仕掛けも勇者だった頃に沢山あったし、なによりも何度もループしているせいで耐性は


 それよりも何だかバラバラになって発見されそうな気がするからそれ以上はやめろ。


「噂、広めちゃうよ?」


「ご自由に」


 また耳元で囁かれたがバッサリと切り捨てる。


 あんたを相手にする暇があったらさっさと商品の確認をして商売したいんだよ。


 全く、安全な場所なのに安心して野宿さえできないのか!


「ふーん、いいんだぁ。もう知らないわよ?」


「勝手にしろ」


「…………かわいい顔して強情ね。痛い目見るわよ?」


「そんな脅しなんて、どうってことない」


 ほんと、『世界の半分くれてやるから仲間になれ』っていうささやきを直接脳内に仕込む魔王のほうが何億倍も怖いわ。


 たまに『ファ〇チキください』とか意味不明な言葉を脳内に仕込んできやがるし、妙に頭から離れなくて苦労した。


 フン、と鼻息を鳴らして蔑んだ眼で俺を一で度見た後、彼女は去っていった。


 これから少しの間は俺の悪い噂が流れるだろう。


 港町の件と言い、どうも俺は運に好かれていないらしい。


 半ば自業自得な部分もあると取れるけど俺は話少ないと言っておこう。


 人生山あり谷あり、勇者の山から下りて行商人の山を登り始めたばっかりだ。


 さて、明日も頑張ろう。おやすみなさい…………

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